後姿の初恋
「あーちょっともう、勝手に私の服着ないで! っていうかサイズ合わないんだから!」
「ウエストは何とか同じの着れるんだよー? 君と僕で合わないのは、バ・ス・ト」
「うるさいなあ!」
私のフレアスカートを着てお弁当を詰めている髭切を見つけ、私は声を上げた。しかし髭切は気にもせず鼻歌交じりに菜箸で卵焼きをお弁当箱に押しこんでいく。もう入らない、潰れてしまうぞ、せっかくふわふわそうな卵焼きなのに。
「あー、ウィンナー使っちゃったの? 私が明日の料理のとき使おうと思ってたのに」
「今日そこのスーパーが安くなってるから帰りに買って帰ろうよ。戸棚のお菓子もなくなっちゃったし」
「いや、お菓子溜め込みすぎ」
二人で並んでテーブルの前に座り、朝食を前にしていただきますと手を合わせる。早々に食べ終えた髭切が自分の鞄をガサゴソとしていて「おお、そうだ」と声を上げた。
「渡すの忘れていたよ、これあげる」
「何?」
ひょいと指で摘まんで、何か細やかなものを渡される。きらきらとしたチェーンと可愛らしいハートのワンポイントのネックレス。見たことがある、これは髭切の勤める会社のアクセサリーだ。この間宣伝のために首だけ写るモデルをやったとかで写真を見せられた。
「なにこれ」
「僕とお揃いー、ちゃんとつけてね。はいこれ箱」
にこにこっと笑って髭切は自分の胸元を指した。そこには確かに同じものが提げられている。満足げにビロードの小箱まで私の手に置いて、髭切は鼻歌交じりに鞄にメイクポーチなどを放り込んでいった。
「……ありがとう、高かったでしょ、これ」
「ううんー、大した問題じゃないよ。だって僕お給料がいいところ選んで就職したから。言ったじゃないか、君一人食わせる分には困らないようにするって」
そんなこともあったなあと私は目を閉じる。今覚えば、貴金属に親近感が湧くというのはそういうことか。そりゃあそうだろう、鋼だったのだから。くつくつと肩を揺らしていると、同じように髭切もふふふと笑いだす。
ああいけない、そろそろ行かなくては。私は慌てて朝食を食べてお皿をシンクに置く。もらったネックレスを留めて、髪を流した。寝室の箪笥からハンカチなどを抜き取って鞄に入れると、同じように寝室に入ってきた髭切が、同様にタオルハンカチを手に取りながらうーんとベッドを見下ろした。
「ねえ、広いベッド買おうよ。僕と君とじゃ狭いよこれ」
「えぇ? でもこの部屋にはあれ以上大きいとちょっと」
「じゃあ引っ越そうよ、大きいベッドが入る部屋。それから一緒にお化粧が出来て、料理も。あと並んで靴が履ける玄関がいいよ。今は代わりばんこだし三和土も狭いし」
家賃がいくらあっても足りなさそうだ。私はくすくす笑って鞄を肩から提げた。確かに今は交代でないと靴が履けない玄関でこの間買ったばかりの靴を履く。だがこの靴、ややヒールが高い。しかも華奢なのだ。だから留め具を嵌めると髭切がこちらに手を伸ばす。私はそれを握って立ち上がった。
「今度の土日は不動産屋さん巡りかなあ、それは弟も連れて行ってあげようね。きっと見たがるよ。防犯がどうのこうのって」
「それはそうかも、近くがいいとか言ってね」
「あはは、きっと言うねえ」
カツンカツンと鳴る二つのヒールの音。歩幅のせいか、ちょっと先に髭切が進む。
ふわりふわりと金色の髪が揺れて靡く。それに紺色のセーラー服と、白い上着が重なった。それにハッと、息を呑む。
「どうかした?」
くるっと振り返った髭切は、私と同じリップグロスを塗った唇でにこりと微笑んだ。やっぱり何も、変わらないなあ。
「……ううん、好きだなあって思っただけ」
一歩踏み出して隣を歩く。
私は今日も、恋をしている。
了