🎸演奏配信者の💀と地下アイドル🐙
帰宅して、風呂に入ってケアをして。軽い食事を摂りながらパソコンの前に座る。最近買ったこのPCデスクは動画を見る時間が長くなったお陰で姿勢も腰もやられるから渋々買ったものだ。それでも、座り心地に拘っただけあって長時間パソコンを眺めていても疲れずに済んでいる。砂糖の入っていないストレートティーを啜りながら、慣れた手つきでタッチパッドをなぞった。開かれたページに、思わず頬が緩む。さあ、今日もひとりのためのライブの始まりだ。
手元しか映さないこのギタリストを見付けたのは偶然。たまたま好きなピアノ奏者が彼とオンラインコラボをした時の動画を上げていて、その魂を直接触れられるような音色に総てを掴まれた。胸の奥の弦に触れられるような。かき鳴らされるような。エレキギターとはこれまで縁はなかったけれど、こんなにも綺麗な音が紡げるものかと聴き入った。煩いだけの楽器だと誤解していた。
一曲弾き終え、動画が次のものに移る。ここ最近新しい動画を上げていない彼の作品たちを、もう何度観たかわからない。けれど、このギターを聴かないことには一日が始まらないし終わらないくらいには、この音色に夢中だった。
事務所の社長から提示された企画書にまず難色を示したのはアズール。それから、リドル。カリムは首を傾げたまま企画書をまだ読み込んでいる。
「コスパがいいとは思えません」
アイドルが楽器に挑戦、などと。あまりに使い古された企画に表情を歪めた。
アズールは、地下アイドルとしては中堅所のアイドルだ。赤髪童顔のリドルと、銀髪爛漫なカリムの三人。活動を始めてもう二年が過ぎた。そろそろもう一段階上に行きたいと言うのは、本人達も事務所も同じ意向だけれど。
そのための企画がこれか。上達するのならいいけれど、ギター一本弾けるようになるのだって一朝一夕では無理な話だ。ドレミの歌を弾けるようになるレベルならまだしも、この企画の最終目標は「三人での演奏でフルライブ」である。それを鑑みて、少なくとも10曲は弾けないと成立しないだろう。何年かかるんだと首を振った。
「同意です。それに練習中の楽器なんて聞かせられたものじゃない。それを定期配信だなんて」
誰がズブの素人の楽器練習動画なんて観るものか。結果があった上で努力の経過を編集で観せるならまだしも、絶対に中弛みしてマイナスの評価が増えるだけだ。
「楽器の演奏は無理でもさあ、ライブ一本俺達が作り上げるってのはどうだ?」
企画書から顔を上げたカリムが言う。集中したアズールとリドルの視線を気にせず、社長に向かった。
「よくあるじゃん。CD手売りしてどんだけ売れたみたいなの。ああいう感じでさ。バンドメンバーからステージスタッフまで全部自分達で揃えて、ライブの内容も曲も、全部自分達で考える。チケットも手売りの方がいいかも知れないな。でもそれも、特典の内容とか自分達で考えて、作る」
「まあ……それなら楽器を習得するよりはじかんがかからないね」
「さっ、賛成です!」
社長とメンバーの間に置かれたローテーブルを両手で叩くようにして身を乗り出したアズールが一際大きい声を上げる。興奮している様に目を丸くしたリドルとカリムに気付いて、こほんとひとつわざとらしい咳払いをした。
「総て僕らの手作り、いいじゃないですか。歌う曲の選曲から振り付け、権利処理まで総てセルフでやりますよ!」
ダンスは苦手だけれど、歌に演技に事務処理は得意だ。鼻息荒くしたアズールに何がしかの可能性を感じたらしいメンバー達が頷く。
「その途中経過を編集して動画配信しましょう。ライブの実施は一年後。一年間動画を見続けてくれた人にはインセンティブをつけて……」
リドルがあれこれと話し始める隣で算盤を弾いた。黒地事業にするのは当然として、もうひとつ。
(彼を、絶対にバンドメンバーに呼ぼう)
顔も知らない、声も名前も分からない、知っているのは、ギターの音色とそれを奏でる右手の甲のやや下辺りにある、小さなドクロのタトゥーだけ。余りにもヒントが少な過ぎて到底見つけ出せるとは思えないけれど。
「絶対成功させましょう」
アズール・アーシェングロットは、人一倍諦めが悪かった。