顔が好き書類整理のために居残っていたヴィルが思い切り溜息を吐き出したものだから、つい顔を上げてしまった。不機嫌に歪められた美しい顔を観察していると、処理を終えた書類をばんと掌が叩く。
「レオナのやつ、絶対許さないわ」
本来、彼がやっているのはレオナの仕事であり、珍しく言いくるめられて体よく押し付けられてしまったのだ。気付いた頃には既にこの会議室からレオナは姿を消していた。
「珍しいですね、ヴィルさんが言い負かされるなんて」
「言い負かされてなんていないわ! 考え事をしてたところに付け込まれたのよ!」
きいと声を上げる彼を流しながら自分のノルマも終える。面倒なだけで特段難しいという訳ではない対応だ。書類の端を整えて立ち上がる。
「提出は僕がやりますよ」
「結構よ」
気遣ったつもりだったけれど、何か誤解されたか。なんて。何を探られたか分かっていたけれど、口には出さない。
「ったく、だからあいつに関わりたくないのよ」
「その割に、レオナさんの顔好きですよね」
何度か、顔を褒めていたのを聞いた気がしてそう言うと、会議室に鍵をかけたヴィルがぱしりと長い睫毛を瞬かせた。
「まあ。それとこれとは話が別だし」
「そういうものですか」
「あら、あんただって。随分イデアのこと褒めるじゃない」
揶揄を込めてと言うよりは、心底同じであろうと言うスタンスの切り返しに、今度はアズールが目を丸くする。確かに褒めるけれど。別に顔だけを評価しているわけではないしな。頭の後ろでくるりと考えて、まあ、でも。
「そうですね。イデアさんはカッコいいですからね。それこそ、レオナさんに負けずとも劣らない」
「はいはい、ご馳走様」
うんざりとそう言って職員室へと向かう背中についてアズールも歩き出す。何かまずいことを言っただろうか。何か続けるべきかと考えている間に、ヴィルの方から化粧水の話を持ち出されたから、そちらに乗ることにした。
中庭の端で猫達に餌をやっていると、ふと背後に人の気配がした。滅多に人が来ないこの場所に来るのは、アズールか、シルバーか。どちらにしてもイデアが満足するまで話し掛けては来ないだろうから放っておく。
「あんたが生身でいるの珍しいわね」
「ひぇ!? ヴィ、ヴィル氏!?」
「あんたの猫?」
「ちが、これ、学園の、そそその、」
「野良猫なのね」
まともに取り合わないように見えて、察しがいい彼は上手く話せないイデアの発言も汲んでくれた。これ以上答えなくて済むことにほっとして、再び猫達に向き合う。イデアから言わせてもらうと、こんな片隅の薄暗い場所にヴィルが来ることの方が珍しいと思うのだけれど。
「さっき、西校舎の方でアズールが告白されてたわよ」
「は…………?」
何の前触れもなく落とされた爆弾に、思わず低い声が出た。隣に座った横顔を凝視するけれど、彼は全く動じずに猫を眺めたまま続ける。
「断ってたみたいだけど。あれで案外モテるのね」
断っていた、と言うのに心底安堵してから、案外モテる、と言う褒め言葉を拾い上げた。そう。ヤクザだなんだと言われているけれど、彼はあれでモテるのだ。だから心配になることもある。
「まあ……アズール氏は美人さんですからなあ」
「あら。あんたがそんなこと言うの珍しいじゃない」
「拙者だって褒め言葉くらい知ってるでござる」
大袈裟に驚いて見せたヴィルに唇を尖らせて答えると、悪かったわと笑った彼が立ち上がった。
アズールには、ヴィルとは違う未完成の危うい美しさのようなものがある。と、イデアは思っている。美しさにこだわるヴィルからはどう見えているのだろうかとふと気になったけれど、特に言及はしなかった。
じゃあねと手を振って校舎に戻って行く背中を手も振らずに見送る。どこかに行く途中に何となく立ち寄ったのだろうと片付けて、おやつの続きを待ち望む猫達に向き合った。
廊下を歩いていると、正面からケイトが歩いて来るのが見える。こちらに気付いた彼がひらりと手を挙げた。
「やっほー、ヴィルくん」
「あんた歩きスマホはやめなさいよ」
思わず小言を口にすると、苦笑した同級生が手に持っていたスマホをポケットにしまう。ふと窓から見える中庭に視線を走らせたケイトが、あ、と小さく声を上げるものだから、つられて視線の先を見た。中庭のガゼボに移動したらしいイデアと、その先に、アズール。合流したのかと思いつつ、何となく二人を眺める。
「なかよしだよねえ」
「ほんと、さっきもお互いの惚気に巻き込まれたわ」
「のろけ?」
聞き返したケイトがヴィルを見ながら首を傾げた。そ、と短く返事をして肩を竦める。
「お互いの顔面偏差値を褒め合ってたわよ」
そりゃ、お付き合いするには性格の一致や趣味の一致等、外見以外の部分での評価でくっ付く事が多いのだろうけれど、外見だって好みがある。少なからずそれが好きで恋人になることもあるだろう。彼らは傍目から見て、破れ鍋に綴じ蓋、と言ったところか。互いに性格に難はあれど、そこが上手く噛み合っていて、且つ、人に漏らすほどに外見が好みとあらばまとまるのは必然かと納得した。
「あはは! オレもよく聞くよ〜。早く付き合えばいいのにね!」
「…………えっ?」
今なにか、恐ろしい言葉を聞いた気がする。
付き合えばいいのに? 誰と誰が? いま、ガゼボであの人嫌いの引きこもりの左手が、触れようものなら対価を要求されそうな銀糸の髪に触れているというのに? 早く付き合えばいいのに、ということは、今はまだ、付き合って、ない……?
余りの混乱に呆然とした。そんなヴィルの様子に気付いたケイトが何かを察して苦笑する。不思議だよねー、と呟いたそれには、嘘でしょ、としか答えられなかった。
ちょっと聞いて欲しい。
毎日毎日かっこいい(かわいい)って言ってるのに、いであずは付き合ってない。
本当は裏で付き合ってるんじゃないかな……
#二人が付き合ったらパーティーしよう #shindanmaker
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