TO麺×$ 14俺達のバンドはそれぞれ担当が決まっている。誰かに任せてしまうと当事者意識が薄れて愛着がなくなるというトレイの信念によるものだ。
新しい音源にしろライブにしろ、まずは全体ミーティングで方向性を決め、それを元に総合プロデュース担当のトレイがテーマを決める。そこから作曲担当の天才作曲家イデアが必要な分だけ新曲を書き下ろし、言葉選びが独特な作詞担当のマレウスが歌詞を書く。俺は、その世界観を作り込むための衣装や大道具のデザインをやっていた。それらを最終的にトレイが再度まとめ直して、本番に望む。これが俺たちのいつものながれだった。
別にデザインの勉強をしていたとか知識があるとかではなく、服や建築物が好きだと言うだけのざっくりした理由で押し付けられた仕事だが、それなりに満足している。作詞も作曲もできなくはないが、もっと上手くやれる奴がいるならそいつがやるに越したことはない。時々書きはするが、舞台装置を考えている方が楽しいなと思ってからはやらなくなった。
ドラマーと言うのはステージ上の最奥から全体を見渡せる。俺の、俺たちの創った世界に酔いしれる観客を眺めるのは気持ちが良かった。
「うん、いいんじゃない?」
事務所の白い長机に広げられたデザイン案から顔を上げたケイトが頷く。実際発注するのはこいつなので、実現可能かどうか、予算内に収まりそうかのチェックをするのだ。
「この前の白い衣装はもう発注したよ。ツアーの新衣装はあれだけでいいよね?」
「ああ、ホールの方で二着増やすと予算もギリだろ」
基本的にそうそう新しい衣装を作ることはしないが、ツアーや大型のライブ、音源リリースが重なるタイミングで一気に作ってしまうことは少なくない。俺の質問にうーんと唸ったケイトが眉を寄せた。
「そうだねえ……銅鑼のレンタルやめたら作れるかも?」
「嘘つけ、あれはそんなに高くねえだろ」
「あはは、さすが、知ってた」
レンタルが大して高くないのは知っているけれど、そろそろ所有しておきたい。トレイが来たら相談するかと笑ったケイトにふんと鼻を鳴らす。
「おはよう」
「あ、トレイくんおはよー」
事務所に到着したリーダーにひらりと手を振る。これだけ曲者揃いのこのバンドをよくもまあ纏めているものだとその手腕には感服するが、こいつ自身中々に食えない性格だ。毒を以て毒を制すというやつかと大きく欠伸をして、トレイ以外には来る様子のない事務所をちらと見回す。
「残りはどうした」
「お籠り期間だよお」
ノートパソコンを開いたケイトの返事に納得した。作曲家様は、元々人嫌いという事もあって創作期間中は完全に引き篭る。一切の連絡も情報も得ず、ただひたすらに自分の世界に篭るのだ。同じく、作詞家様も創作活動と言う名で姿を消す。どこにいるのかは誰も分からない。とにかく、この二人が創作期間に入ってしまうとそれが終わるまではどうしようもないのだ。最早世捨て人。俺も大概勝手だの我儘だの言われるが、あの二人の比じゃない。
「あっ、トレイくん、地方局だけど出演枠取れたよ! 詳細来た!」
「へえ、すごいな!」
「でしょー」
褒めてと言わんばかりのケイトを素直に称え、詳細の共有を始めた二人を眺める。顔が広いとは言え、ケイトは不思議なくらいに人の縁を持っていた。ラジオ局、テレビ局、ライブハウスにスタジオ。芸能界というのは七割が人の縁、つまりコネだ。そんなものと言えばそんなものなのかも知れないが、人付き合いが得意でない俺からすると不思議だった。俺の視線に気付いたケイトが笑った顔のまま振り向き、首を傾げる。
「……お前マクラでもしてんのか」
「ぶん殴るよ」
スッと真顔になって右手に拳を作ったケイトに、ハンズアップで降参の意志を示した。隣で笑ったトレイがノートパソコンを引き寄せて、表示中の番組詳細を確認する。
「カイワレ野郎なんかはテレビ嫌がんじゃねえか?」
「どうかな」
とにかく目立ちたくないんだと、幾度となくステージに立っていても尚そんな事を言っているような男だ。地方局とは言えテレビとなると断固拒否だと首を振りそうなものだけれど。
「最近少し前向きだからなあ」
笑うトレイにふうんとだけ返す。そう言えば前回のライブの後、あいつの姿見てないな。
「ま、全員揃ってた方が見映えがいいしな」
「イデアは顔もいいからなあ」
お前が言うか、と思いつつ、それ以上はもう口を開くのはやめておいた。せいぜい本番バックレられない事を祈ってないとな。内心で考えて、舞台装置のラフを描き始めた。
どうもそれは、杞憂に終わったらしい。そしてお篭もり期間終了のタイミングを見計らって出演を捩じ込んだケイトの手腕にも舌を巻いた。
「嫌がるかと思ったけどな」
「いいい嫌だけどしゃべんなくていいって言うし、すす座ってるだけなら……」
以前は。そんな事すら嫌がっていた気がするけれど。そもそも新曲だって、ツアーには不要だと言っていたような気がする。それが急に、ツアー用に一曲を含めたアルバムを作ろうと言い出した。どう言う風の吹き回しなのやら。
「そういや、お前の女に会ったぞ」
「は……? そんなのいませんが……? どうしたのレオナ氏幻覚見た?」
「あぁ?」
人を食ったような言い方に凄んで答えると、ひぇと頼りない声を上げて肩を縮める。狭い移動車の中では決して逃げられやしないのだが。ふんと仕切り直して話を続けた。
「あのメガネの銀髪。いつも騒いでんだろ」
「ああ……僕の女なんかじゃないよ。そんなんにしていい娘じゃない」
「知らねえけど。ジムにいたぞ」
「……そう。頑張ってるんだね」
後半は殆ど聞こえないくらいの独り言。なるほど、テレビだの何だの、普段はやりたがらないそれらに奮起しているのはあの女のせいかと納得する。
残念だが、良くも悪くも俺には俺を左右するような女には会ったことがない。けれど、そういう事もあるのだと知っているし、否定はしない。少なくとも、今こいつがあの女によって俺の利益になるような行動をするのならば大歓迎だ。
「そんなに言うならさっさと口説きゃいいじゃねえか」
傍に置いておきたいと思うならそれが一番早いだろうに。軽い気持ちでそう言うと、軽蔑するかのように顔を顰められ、重たい溜息を長々と吐き出された。
「はぁーーー……これだからパンピーは……いいですかなレオナ氏、拙者はそんな俗世的な感情でアズール氏を応援している訳ではなく、もっと崇高な気持ちで」
「あーーーいい、もういい、聞きたくねえ」
緩く頭を振りながら始まったそれは絶対に長くなるそれだと知っている。最後まで聞く気も起こらず途中で無理矢理に打ち切った。
「ジムのトレーナーと仲良くしてたぜ」
なんて揶揄ってやろうかと思ったが、この調子では相当面倒なことになりそうだからやめておく。不服そうに窓の外へ目をやったイデアは暫く流れる景色を黙って見ていた。
ふと、その横顔を盗み見る。何を考えていたのかは考えずともわかった。目を細めたその顔は世捨て人と言うにはあまり人間的で。短くはない付き合いの中で見た事がない表情をしていた。