TO麺×$ 23流れ出した聞き慣れたクラシックに深呼吸をして、円陣を組む。メンバーにスタッフ、その場にいる全員の顔を見回したクローバーが発した「行くぞ!」と言う号令に、一人欠ける事なく、怒号のような返事をした。最前列の客には聞こえているのだろう。
その声に一層盛り上がった声に導かれるように、両耳の後ろに編んだ三つ編みを手で跳ねて、黒のレザーパンツに同じ素材のジレを羽織ったキングスカラーが舞台袖から歩き出した。
ツアー最終日。他の会場よりも少し大きい会場は、満員には少し足りなかったけれど、合格ラインだとダイヤモンドが言っていた。メンバー唯一の真っ白い衣装のクローバーが白いハットで顔を隠したまま踏み出す。会場が沸いた。
シュラウドは、人前が苦手だと言う。ライブ中も決して前には出ないし、喋ることもしない。けれど、本番前は誰よりも落ち着いて見えた。長い蒼髪の左側を細かい編み込みで持ち上げた髪型はピアスだらけの左耳を強調し、こちらを見た月の瞳を見送る。内側が紫色の黒いローブを沢山の声が彼を呼んだ。
クラシックが止む。会場が暗くなり、ドラムのカウント。ギターとベースの音。俺を呼び込む叫ぶような沢山の声。頭に着けたのは悪魔の証。ここは悪魔の宴。ステージに渦巻く何色もの光の中へ、黒のジャケットと黒のパンツ。編み上げた黒のブーツで踏み入れた。
ツアー中のセットリストは基本的に同じものだ。一曲目に代表曲。それから挨拶を挟んで、比較的ポップな曲調を三曲。これらを演ると、客はみな笑顔になる。それが嬉しくて手を振った。悲鳴を上げた前列の客に少し笑って、奏でられる音に酔い、歌う。ここが小さなライブハウスでも大きなホールでも関係ない。僕のための演奏と歓声で、この世界はできあがった。
『こんばんは、ようこそ夢の世界へ』
マイクスタンドに両手をかけてぽつりと語り掛ける。あちこちから反応が上がり、話を続けた。
『今日で遂にツアーファイナルです。今日来てくれた方、一緒に回ってくれた方、どうもありがとう』
ここまで。クローバーが用意してくれた台本の通りに告げると、ホールからもありがとうと言う声が飛ぶ。それには手を上げることで答えて、水を飲むのに後ろに下がった。代わって前に出たクローバーが話し始める。
「あっちーなー」
ドラムセットの前でストローをくわえると、キングスカラーが衣装の前合わせをぱたぱたと動かしながら呟いた。これまでの会場よりも確かに暑い。客の熱量が高いのか、会場の空調か。彼に頷いてから振り向くと、大勢の頭が海のようだった。
MCを終えて、次に「暴れ曲」を三曲。これを演っている時、シュラウドはとても楽しそうだ。ヘッドバンギングが好きなのか、派手な音が好きなのか分からないけれど。
『もっと来いよ!』
後方から檄が飛ぶ。誰がこう言った煽りをやるのかは特に決めていないけれど、何となくキングスカラーがやる事が多かった。彼に答えるように更に盛り上がった観客が長い髪を振り乱してリズムに乗る。音を楽しみ、一体化しているように思えて、この光景を見るのが何よりも好きだった。
派手目な曲の後は、休憩を挟んでバラード。ミディアム。汗だくであった客たちもほっと一息ついて、そのままMCに入る。MCはその日のその気分で話す担当を決めていた。今日は、随分と機嫌がいいらしいキングスカラーだ。ドラムセットの向こうで颯爽と立ち上がった瞬間、割れんばかりの歓声が響く。
その隙に袖に一度帰って、身支度を整えた。衣装、メイク、喉の調子。蜂蜜を少し舐めてからステージに戻り、チューニングをしているシュラウドの前にしゃがみこんでキングスカラーを見上げていると、前方から「マレ様可愛い」と言われたので、更にきゅっと縮こまった。きゃあと上がったそれを気にせずにシュラウドを見上げると、心底嫌そうな顔と目が合う。
「あざとい」
マイクを通さない小さな声で呟かれて、つい笑ってしまった。そのやり取りにまた声が上がり、キングスカラーに見付かる。
『俺様が話してんだろーが』
『すまない』
素直に謝って立ち上がった。そろそろ終わる頃だ。次の曲は僕とシュラウドだけのギター弾き語り。ステージ中央に用意されたイスに腰を下ろし、向かい側に座ったシュラウドと目を合わせた。
アコースティックギターは得意じゃないと言っていたけれど、楽器の類が全般苦手な僕からすると充分だ。決して客席の方を見ず、ひたむきにギターを弾く手元に視線を落とす。照明に照らされた横顔が綺麗だ。客席からは恍惚とした溜息が零れ、演奏が終わると同時に拍手が起こる。ギターを片手に立ち上がったシュラウドがそのままアンプ前に戻り、いつものギターを抱えた。セベクが椅子を片付けに走って来て、キングスカラーとクローバーも持ち場に戻る。
ああ、楽しい時間が終わってしまう。残すはあと二曲。他と比べて少ないのか多いのかは分からない。けれど、ライブハウスの薄い空気とスモークに僕の喉がこれ以上は耐えられなかった。
全員が揃ったところで、再会を約束する優しいナンバー。ロックバンドがやるには可愛らし過ぎて嫌だと最後までキングスカラーはゴネていたけれど、客受けは間違いなくいい。クローバーの作曲センスの勝利かと思うと少し可笑しかった。
クローバーが、シュラウドが、時折キングスカラーが、紡ぐ音符に僕の言葉が乗る。そうして世界が作られる。ここにいられてよかったと、最後の音を唇に乗せた。
アンコールは、シュラウドのリクエストで「暴れ曲」と、タイトルにバンド名が入った「お約束の曲」。この曲を聴くと終わってしまうんだと言う気がして悲しいと書かれたファンレターに、僕もだと思った事を思い出す。けれど、始まりがあれば終わりがある。終わったらまた、始めたらいい。そんな想いをこの場にいる同志たちに伝えるために、歌う事しかできない僕は今日も歌を歌うのだ。
アンコールを終え、それぞれを呼ぶ声に答えながらピックを投げたり、スティックを投げたりする。僕は投げるものがないから、空っぽにしたペットボトルを客席に投げ込んだ。以前中身が入ったまま投げたら、客が濡れるとクローバーに叱られてから空にするようにしている。
『ありがとう』
『また来いよ』
クローバー達が口々にファンサービスを行って、僕もそれに便乗した。手を振って、感謝を伝える。楽しかったなと労った。
ふと、右手側で人が動く。下手には、いつも一言も発さずにピックをばらまくように投げてさっさと袖に引っ込んでしまうシュラウドしかいないはず。だけれど。
「……ありがとう」
零した声に、一瞬その周辺だけがしんとなった。上手側にいた二人と、その周辺は気付いていないようだけれど。ピックを何枚か投げたシュラウドがぺこりと頭を下げて袖に引っ込んだ。ざわめき、それから、悲鳴。
「い、イデ様がしゃべった!?」
「聞こえた!? ねえ今の!!」
「イデアァァ!!」
急激に盛り上がった下手側を不思議そうに見たリズム隊に笑って、客席に手を振りながら楽屋に逃げ込むシュラウドの背中を追い掛けた。