TO麺×$ 30色んな事を考えた。アイドル、という物に触れてからまだ数か月。それでも地下アイドルと言うのは活動がほぼ毎週だったり隔日だったりでかなり密度の濃い数か月だったように思う。
最初は、間違いなく見ているだけでよかった。ステージの上で、上手くもない歌とダンスを披露して、それでも一生懸命に輝いていた、希望や生命力そのものの煌めきが僕にはとても眩しかったから。ふと落とされたアズール氏の青い眼がフロアから呆然と見上げていた僕を見て、汗が伝うその頬が笑った瞬間。柄にもなく心臓を貫かれてしまったんだ。
「デュース氏はさ、何をモチベにリドル氏を応援してるの」
明かりを最小限に絞った自室のパソコンデスクにべたりと頬を張り付けて、パソコン脇に置かれたタブレットに向かって話しかける。通話中、と表示されたそこにはデュース氏とジャミル氏の名前が表示されていた。
『モチベ?』
「んー……」
かちかちとマウスをいじる音がする。ネットサーフィンでもしているらしい。アルバイトをこれでもかと詰め込んでいるデュース氏にしては珍しくリラックスタイムなのかも知れない。そんな時間を邪魔しちゃって申し訳ないなと思いつつ、今日はどうしても誰かと、否、彼らと話がしたかった。
『何ですかね? やっぱ応援したいからしてるって感じっすかね』
「……見返りは求めないの?」
金と時間を使って、見返りを求めないのか。レオナ氏の声が頭の中に蘇る。その疑問は分からなくはないのだ。きっと、僕だって第三者として見たらそう思うし、自分を応援してくれているファンに対してそう思う事はある。
『見返りって言うか……毎回必ずライブに行って顔を覚えてもらって、俺は貴方を応援していますよって信用してもらえたら、例えば10人しか見てない配信があったとして、向こうからは誰が見てるかわかんなくても、この10人の中に絶対あいつはいるだろうって思ってもらえる気がするんすよね』
バンドとしての配信はあまりやったことがないけれど、それは少しわかる気がした。逆に、大勢すぎて誰が来てるか分からないようなイベントにだって、いつも最前で一生懸命僕を呼んでいるあの辺りのファンはきっと今日も来ているんだろうと思う事はある。ファンへの信用とでも言うべきか。
『そしたら、どんなに動員少なくてもちょっと心強いかなって』
『お前優しいな……』
『えっ、そうっすか? 単なるエゴですよ』
苦笑したデュース氏は、謙遜している雰囲気はなかった。ジャミル氏のちょっと驚いたようなそれに同意する。
「握手会とか行って、認知されて、……デュース氏はガチ恋にはならんの」
『う~ん? ならないっすね。俺ほかに好きな子いますし』
『初耳だな、何だ青春か?』
『茶化されるから言わなかったんですよ』
ご尤もだ。途端に身を乗り出した(であろう)ジャミル氏のうきうきとした声にデュース氏がうんざりとする。そうか、他に好きな子がいてもアイドルは別腹で応援できるのか。それはそうか。デュース氏は、自分の生活と、オタク活動ときっちり線引きが出来ているタイプらしい。そう思うと、僕はダメだなあ。ゲーミングチェアを思い切りリクライニングさせて、天井に向かって溜息を吐き出した。
『で、どうしたんですか?』
「……ジャミル氏はカリム氏を好きになんないの?」
『なりませんね』
『言い切った……』
『そもそも好みじゃないんですよ。俺、スレンダーな美人系が好きなんで』
「何でカリム氏のファンやってんの」
『好みと推しは別じゃないですか? それに……いや俺の話はいいんですよ』
そう言えば。ジャミル氏を引き込んだのは確かに僕だけど、なぜあの三人の中でカリム氏を選んだのか、一緒になって通うようになってくれたのか、詳しく聞いたことはなかった気がする。引っ込められてしまった話の続きが気になったけれど、ジャミル氏の手元でテーブルに置かれたらしいコップが小さく音を立てた。
『何か話したいことがあったんじゃないんですか』
「……んー、」
改まって聞かれると話し辛い。だって、デュース氏もジャミル氏もきちんと自分を持って、スタンスを守ってオタ活をしている。それは分かっていたことだけれど。もしもここで、ガチ恋かも知れない、だなんて相談をしてしまったら、そんな線引きもできないのかと思われてしまわないだろうか。
『ガチ恋なんて馬鹿のすること』
ジャミル氏の少し鼻にかかったような声にどきりとした。思わず息を止めて、ゆっくりと身体を起こす。画面は変わらず名前しか表示されていないから、向こうで彼がどんな顔をしているかは分からなかったけれど、ついそれをじっと見詰めてしまった。
『先輩は以前そう言ってましたけど、俺はそうは思わないですよ』
いつの間にかデュース氏のマウスを操作する音はやみ、ジャミル氏の部屋で流れているらしいダンスミュージックだけが耳につく。
『例えそれが擬似的でもそうでなくても、好きという気持ちには変わりがないでしょうから。ファンなんてやってる以上、どんな形であれ恋をしてるんだと思いますよ。好きだから追い掛けて、応援するわけですし』
ジャミル氏の声は、凪いだ海のように静かに押し寄せ、引いて行く。それがひどく心地よくて、椅子の上で膝を抱えた。誰かに肯定して欲しかったのか。いや、どちらかと言うと、ガチ恋勢を馬鹿にした以前の自分を否定して欲しかったのかも知れない。
『相手に迷惑かけなきゃ、どんな風に好きになろうと別にいいと思いますけどね』
『俺もそう思うっす』
「好きに、」
ぽろりと零したそれは、くしゃくしゃにした飴玉の包み紙のようにテーブルに落ちて無様に転がった。掠れた音はきっと、画面の向こうで二人が拾ってくれているだろう。
「好きになること自体が迷惑ってことは、ないのかな」
だって、あんなにきれいに輝いているものなのに。アズール氏も、リドル氏もカリム氏も。僕みたいな汚れたものが触れてしまったら濁ってしまうんじゃないだろうか。
『そんなわけないでしょう』
『考え過ぎっすよ』
呆れたと言わんばかりの二人の言い方は思ったよりも軽くて、沈みかけた思考を引っ張ってもらうには十分だった。軽く笑ったデュース氏の溌溂とした声にほっと息を吐く。
『お渡し会行きましょう、俺いつも一人で寂しいんすよ。バイパー先輩も一緒に』
『俺はいい』
この流れだと、仕方ないなと言ってくれてもよさそうなのに。決して自分を曲げないのはジャミル氏のいい所だと少し笑って、前向きに検討します、と答えておいた。
通話を終えて、手にしたスマホにメッセージを打つ。送った直後、すぐに返事が戻って来て思わず笑ってしまった。
『先輩、やっと自覚したんだな』
『今まで接触避けてたの、マジにならないための逃げかと思ってたのに違ったんすね』
まあ、でも、良かったんだと思う。ガチ恋とやらを馬鹿にしていたイデア先輩がアズールを見る眼はひどく優しくて、好きなんだろうと言う事は早々に気付いていた。何か事情があって認めたくなかったんだろうと放っておいたわけだけれど。
「さて、どうなるかな」
鼻歌交じりにパソコンに向き合い、先刻撮ったばかりの映像を呼び出した。通話の前に撮っておいた新作だ。最近ヒットした数曲を詰め込んだ動画。そう言えば、そろそろ仕事の振り付けもしなきゃな。どんなダンスにしようかと考えながら、最終チェックをして慣れた手つきで動画サイトの投稿ボタンを押した。
【ジャノメ】ヒット曲メドレー【踊ってみた】