TO麵×$ 46 豪華絢爛という言葉がぴったりだなと思ったのはこれが初めてかも知れない。開け放たれた大きな扉の向こうにざわめく人々もそれぞれ綺麗に着飾っていて、つい圧倒されてしまった。慣れないヒールが柔らかな絨毯の床を踏みしめて僕をその場に止まらせる。息苦しさを誤魔化すように思い切り深呼吸をしてから、「行きましょう」と言葉に力を込めた。
事務所の新体制発表会は、都内有数の大きなホテルの宴会場で一時間後に行われる。必ず出席するようにとヴィルさんからお達しがあった際、そんなに大々的にやるものなのかと驚いたけれど、同日、ネージュさん達の事務所も同様に新体制お披露目会をやるらしいと知って納得した。
いちいちヒールが沈む絨毯を踏み締めながらタレント控室に入る。衣装はヴィルさんが用意してくれた三人色違いの膝丈のバルーンタイプドレスだ。
フロントがレースになったキャミソールに、ふんわりとしたボレロ。リドルさんはワインレッドで臍の前に手のひらほどのリボンが付いている。カリムさんはややシルバーのホワイトドレスで、背中にリボンが付いていた。そして僕はオーシャンブルーの右腰にリボンの付いたドレス。それにそれぞれドレスと同じ色のアンクルストラップがついたポインテッドトゥのピンヒールは足が綺麗に見えるからと履かされたはいいものの、不慣れなバランスが未だにやや不安だ。
それでも、控室として当てられた小宴会場の中ではそうも言っていられない。
「あの人、この前のドラマに出ていたね」
「あっちは昨日のクイズ番組にいたぞ」
「こ、こった中にいでいんだが……」
肝の据わったリドルさんはこの状況でも怯むことなく辺りをさり気なく観察し、パーティーに慣れているカリムさんも平然と周囲を見回しては楽しそうに声を上げた。その後ろで真っ青になっているのは、今日初めてタレントとして立ったエペルさんだ。元々色白の顔が紙のようになり、林檎のように膨らんだ赤いスカートの裾をぎゅうと握り締めている。
「皆、今日から同じ事務所の仲間ですよ」
エペルさんを励ますためににこりと笑って背中を叩いた。仲間、などとは正直思っていない。ここにいるのはライバルだ。とは言え、同じ事務所の所属タレントというのはバーターの仕事も入りやすいし、合同イベントなどの企画も打ちやすい。知名度のあるタレントが揃っているのは願ってもなかった。
「結構人が多いんですね」
「あはっ、あの女優この前スッパ抜かれてた人だあ」
「フロイド!」
周りに人が少なく、ざわめく中での発言とはいえ誰がどう聞いているか分かったものではない場所で不用意な発言は厳禁だ。物見遊山気分のフロイドの脇腹を肘で打つ。う、と短く呻き声が上がったのと同時に「おおい」と呼ぶ声がした。
「みんな似合ってるね~、さっすがヴィルちゃん」
手を振りながら現れたケイトさんが正装ではなく、濃紺のテーラードジャケットとVネックのカットソーに、敢えてデニムのパンツにスニーカーであるのは現場での動きやすさを重視した結果だろう。知らない人達と慣れない環境に囲まれた緊張感が少しだけ溶けた気がした。と、同時に。
「ケイトさん、ここにいて大丈夫なんですか?」
ネージュさんの事務所の方へは行かなくていいのだろうか。彼女の本業はあくまでイデアさん達のバンドのマネジメントであって、僕らのサポートは副業なのに。質問の意図を汲み取ったケイトさんが緑の瞳をすいと細めて笑った。
「大丈夫だよ、時間ちゃんと見てるし」
「……そうですか」
彼らも、今日同じようにこんな風な豪華な会場で新体制お披露目の壇上に登るのか。僕らが在籍するヴィルさんの事務所とネージュさんの事務所は実質的にライバル関係となる。彼女の事務所に所属するタレントとは今後、仕事上はさることながら、個人的な関わりすら制限されることがあるかも知れない。表立って敵対することはなくとも、事務所の方針やカラーが似ているとなればそうなってくるのは致し方のないことだ。交流が自由に行えなくなるということは、それは例えば。噂の通りネージュさんの事務所に彼が所属した場合、僕らのライブへの参加を禁止されるようなこともあるのかも知れない。ふと、イデアさんのいないライブを想像して慌てて頭を振った。
今はそんなことを考えている場合じゃない。あと三十分もしたら僕らもたくさんのカメラの前で、ヴィルさんの事務所の所属タレントとして挨拶をしなくてはならないのだ。
「挨拶は覚えて来たかい?」
「ばっちりだぜ!」
リドルさんがカリムさんに確認するのに目をやって、一度下腹に力を込める。登壇する所属タレントは全員一分間、自己紹介の時間が取られている。僕らのように知名度の低いタレントはその一分間に全力を懸ける必要があった。
突拍子のないものでなくてもいい。何かインパクトを少しでも残せたらと自己紹介文を作ってくれたのはエースさんだ。彼はこういったことを随分と器用にこなしてくれる。今日は控室には入らず、取材陣の後方から記録用の録画を頼んでいるから、既に大宴会場の方でスタンバイをしてくれているはずだった。
「……?」
カリムさんの手に握られたカンペに目をやりながら、ふと覚えた違和感に眉を寄せる。一体何だったかと考えかけるのと同時に控室にアナウンスがかかり、僅かなそれはすぐに霧散してしまった。
『お疲れ様です、みなさん。今日はよろしくお願いします』
上座のマイクスタンド前に立ったのは烏の濡れ羽色の髪をした、すらりと背の高い男性。直接会うのは初めてだけれど、ヴィルさんから話は聞いている。
「あれが社長さんだが?」
「エペルさん、言葉遣い」
「あっ、すみません」
お国言葉を指摘すると慌てて口を塞ぎつつ、精一杯背伸びをして上座の様子を伺った。社長を囲むように作られた人だかりで社長がよく見えなかったらしい。エペルさんが後方から背伸びを何度か試みているその隣で同じようにカリムさんも全身を伸ばしていた。
『これだけのタレントが揃っているのは実に壮観ですね~! 非常に感動しています。これからあなた方は同じナイト・レイヴン・コーポレーション……NRCの仲間となりますので、お互い切磋琢磨してこの芸能界を盛り上げて行きましょうじゃありませんか!』
サングラスをかけているせいで目元がよく分からないけれど、胡散臭さだけは十分に伝わって来る。朗らかに笑った口許とは対照的に、この場にいる人間全部を品定めしているような視線の動きに思わず肩を竦めた。賞賛か社交辞令かわからない拍手に包まれながら、一段高くなっていたところから下りた社長がそのまま控室を出て行く。
『では、これから大宴会場へと移動します。立ち位置については壇上横で指示がありますので、そちらに従ってください』
代わりに壇上に上がったスタッフの指示に従ってぞろぞろと移動し始めたタレント達を追うように、僕らもその場から移動を始めた。
急ぐ必要もない。あちらこちらから聞こえるタレント達の雑談を何となく聞きながら足を進めた。歩き始めてすぐ、隣を歩いていたジェイドの胸元に下がっているスタッフパスが何となく目に付く。そう言えばフロイドもちゃんと下げていただろうかと後ろに付いて来ているはずの彼を振り向いてから、はたと気付いた。
先刻の違和感の正体。社長が話し始めたせいで一旦片隅に追いやってしまったそれを再び引っ張り出して考える。
そうだ、そもそも。タレント一人または一グループに対して配られた控室にも出入りできるオールアクセスの関係者パスは二枚だけだった。それを双子に充ててしまったものだから、エースさんはオールアクセスのパスではなく、取材用のパスを別途申し込んだのだ。だとしたら、ケイトさんが控室にまで入って来れていたのは何故なのか。彼女の事だ、もしかしたらどこかに手を回して都合してもらったのかも知れない。それこそ、ヴィルさんに特別発行してもらったとかも有り得るだろう。けれど、何故そこまでして。
「そろそろかなあ」
一歩前を歩いていたケイトさんが時計を見て小さく呟いた。溜息交じりのそれが何を意味するのか僕には分かるはずがなかったけれど、何だか妙に落ち着かなくなる。不穏にうねる気持ちを押さえながら、意を決して口を開いた。
「……ケイトさん、今日ってケイトさんのパス」
「あ」
言い終わるよりも先に短く声を上げたケイトさんの視線の先。頭上から降って来た「おやおや」という可笑しそうなジェイドの声が肩に跳ねた。