終わらない緊張「実際のところ、どこまでなにをしたの?」
突然のプラチナの言葉に、冬悟は酒が回って元々回らない頭をさらにポカンとさせて返事に戸惑った。
深夜の2時という、普通の人なら就寝している時刻でも、案内屋にとっては仕事始めかこれからが本番という時間である。
夜更かしになれた三人の集合時刻は23時で、正宗の家に食材を買い込んで押し掛けた。久しぶりに三人の予定が空いており、唯一の既婚者であるプラチナは妻の澪が治療の手伝いに出かけるというので暇を持て余し時間があれば飲む仲ではあるが、泊まり込みしてまで宅飲み、というのは珍しかった。
正宗が料理をしている間、最近の陰魄の出現地域や発生箇所、イレギュラーな案内などについて話しているうちに日付が変わり、空き缶の数が増えてきて、ワインボトルも一本、二本と転がり始めた頃、プラチナは数枚のディスクを取り出した。
よくわかっていなかった冬悟はそれまでと同様にプラチナの好きなようにやらせていたが、突然の選択肢にようやく疑問を浮かべた。
「えーと、一応年齢で選んで持ってきたんだけど」
「なにを」
「女子大生と、OLと、熟女」
「最後のだけちがくないか?」
「え、それ、なに?」
「AVだけど」
正宗の作る焼酎の梅割はうまい。だが、一口含んでいたために盛大に吹き出した。
「あー! もう! 汚い!」
「おま、なに、そんな!」
「で?」
「実際のところ、どこまでなにをしたの?」
「ここで大人しく吐いておいたほうが身のためだぞ」
「正宗まで!?」
もういい年の男三人が集まって、なにを男子高校生のような会話をしなくてはならないのか!
「やっぱり好みは把握しといたほうがよかったかなー。じゃあ、動画で見よっか」
「いやいやいやいや! そうじゃない! そこじゃねーから!」
「姫乃も経験なさそうだし、しっかり事前学習しておいたほうがいいぞ」
「そうそう。ヒメノちゃんを不安にさせないためにも」
「勝手に想像してんじゃねーよ!」
「あれ? それとももう済んでる? 意外と我慢が利かなかった感じ? あんなに年齢差にこだわってたのに?」
「黙れ!」
「あー。これはまだだな」
「うるせー!」
あーあー! 聞こえなーい! と両耳を塞ぐが、プラチナが笑いながらその手を引きはがそうとしてくる。
冬悟のほうが力があるので、ようやっと片腕だけである。
「じゃあ、女子大生のにしようか。臨場感あるでしょ」
「余計なお世話だ!」
大騒ぎする当の本人を放って映像は無慈悲に流れ始めた。
*
「……」
「いや、悪かったよ……」
「これは、そうだな」
「……一応、補足するけど、こんな風に手荒に扱ったらダメだからね? 本人の同意があっても、これは特殊なプレイだからね?」
「当たり前だろ! いくらオレでもわかるわ!」
流れたら流れたで各自なんだかんだ目線がそちらに行ってしまい、一応終わったものの、いまいち流れに乗り切れないまま一本を無為な気持ちで見終わってしまった。
冬悟は初めて見た特殊な映像に最初は口を開けて見てしまったものの、最終的には押し黙ってしまい気まずい空気感の中、ディスクを取り出すプラチナが乾いた笑い声を上げた。
「……ロマンポルノのほうが良かったかなぁ?」
「いや、別に、そういうの、いいから。ほんと。放っておいてくれ」
「いや、そんなわけにはいかない。
しっかりと知識をもって望むべきだ。なにか事が起きてしまってからでは遅いんだぞ!」
「正宗、お前酔ってるだろ! いいの! オレたちにはオレたちのペースがあるんだから! お前らも大人だろ! 大人しく見守ってろ!」
「ええ〜、めっちゃ気になるぅ〜、超恋バナ聞きたい〜」
「お前のはただの野次馬根性じゃねーか!」
髪と同様に白い顔が赤いのは酒のせいなのか、映像のせいなのかわからない。
「で、チューはしたの? 大人のチューした?」
一瞬、押し黙った冬悟の様子を見て、プラチナと正宗は瞬時に悟った。
「ごめん、まだ君たちには早い段階だったかな……」
「むしろそのままでもいいんじゃないか……」
「だからいちいちコメントしなくていいっつーんだよ! バーカバーカ!」
思わず頭を抱えてしまった冬悟を見て、少しだけ正宗は胸が痛んだが、隣でまだワインを勢いよく飲んでいるプラチナはそうでもないらしかった。さっきの反応もこうなると嘘くさい。
「お手ては繋いだ? でも肩抱いたり、ベタベタくっつくのは付き合う前からだもんね〜。粘着質な接触がなければ大丈夫なんじゃないの〜?」
「ヒメノはどうなんだ」
「……それ答えなきゃいけないわけ?」
「答えなくてもいいけど、いろんな方法で知ることもあるから、今後は背後に気を付けたほうがいいかもね」
「それ脅しっていうんですけど! わかってます!?」
「まあまあ、ここは経験豊富な既婚者様にお話を伺おうではないか、なあ、冬悟」
「え、オレほぼほぼ身内のそういうの聞きたくないんだけど」
「うるさい、延々と十年以上聞かされてきた俺と同じ目に遭えばいいんだ貴様も」
「正宗、目的が変わってる」
「ひどい正宗くん! そんな風に思ってたなんて!」
「思ってる」
「現在進行形だ!」
ちょっとトイレ、と正宗が席を立った。
ついでにビール、とプラチナが声をかけた。
「ヒメノちゃん、緊張してんじゃないの?」
「……なんでわかるんだよ」
「そりゃ、そうでしょ。女の子のほうが不安なもんだよ」
「アイツもか?」
「そりゃそうでしょ」
「ふうん」
もう飲みきってぐちゃぐちゃな梅だけになってしまった元梅割を箸でつつきながら冬悟は溜息をついた。
「……大人って、もっとスマートなもんかと思ってたぜ。
お前みたいに」
「……澪ちゃんの前の俺、スマートに見えるの?」
「むしろ滑稽だろ」
「そうかも。あ、オレもビール」
戻ってきた正宗がプラチナと冬悟にビールを渡し、同じように溜息をつきながら答えた。
「えー、でも、緊張してるのかわいくない?」
「うっわ、ドS」
「Sじゃないでしょ! それがいいんじゃないの!」
「なんか、かわいそうになる」
「ヒメノはそうかもな。澪はちょっと、強気だからな、緊張してるくらいでちょうどいいんだろ」
ぽりぽりと乾燥し始めたキュウリの漬け物をかじりながら、昔なじみとしては思うところがあるのだろう正宗がしみじみと呟いた。
その声に、二人にしか聞こえない大きさで冬悟が呟きを重ねた。
「いつか、その緊張は取れるわけ?」
「取れていい緊張と、良くない緊張があるんじゃない?」
ふふふ、とにやけた顔でそういいながら結婚指輪を見せてくる。
「あー、はいはい。ソウデスネー」
「あ、こら、俺今ほんと良いこと言ったから! ちゃんと覚えておきなさい!」
「参考程度にしておくよ」
「参考になるんならな」
「……二人とも塩対応……」
そうして三人のいつも通りの夜が更けていった。