本日は荒天なり走る閃光、
鼓膜を破壊するような衝撃音、
脳天から、突き刺さんばかりの不快な空。
煩ぇと、
反抗はしてみたが、結局屈伏した。
耳を塞いで逃げ込んだ。
「……だから、なんでだよ」
またかと云えばそれまで。
土方はのぞいた栗色に顔を顰めさせる。
来る頃だとは思っていた。
故に背後には気を配っていたし、いつ来ても良いようにと、布団まで敷いてやったんだ。
なのにだ、なかなか現れなかった待ち人は少し、用を足しに行ってる間に訪れて、律儀に敷いた布団を元の場所へとしまいやがった。
そして狭く、暗く、加えていやに湿っぽい其処に身をひそめやがるから、土方としては腑に落ちない。
「此処が一番落ち着くんでさぁ」
向ける背がそういった。
眼には愛用のアイマスクをつけ、光を遮断している。
無論、土方の姿も眼に映すことはない。
「俺のことは構わず仕事しろぃ土方」
上司に向かって仕事しろはないだろうと、こめかみをヒクつかせる。
だが何も無理矢理引きずり出すこともない、本人が良いというなら良いのだろう。
「わかった、好きにしろ。止んだら出てこいよ?」
仕事が残っているのも事実だ。
土方は襖に手を掛けた。
明かりを遮り、陰になっていく栗色の頭がこくり、小さく頷くのを見届け、たん、と隙間なく閉めた。
部屋に明かりがついているとはいえ、障子を突き刺す光は眼を眩ます程だ。
土方は文机を前に腰をおろすとちらり、押し入れに眼を向ける。
このまま大人しく寝入ってくれれば良いと思いながらも、この騒音のなか、そいつは無理か、と胸中呟く。
沖田は雷が苦手だ。
というのは一連の流れでわかるとは思うが、このプライドの高い男。
苦手だと、土方相手に認めたのはそう昔の話でもない。
前に、屯所内全ての電気が落ちた。
それはもう酷い雷で、バリバリと、身体を芯から奮わすほどの雷鳴が響いていた。
灯りがないのは不便で、土方は緊急用の大きな蝋燭を取りに、手探りで部屋を出た。
カッ、と光る一瞬の閃光を頼りに廊下を歩いていると、そいつは居た。
シーツを頭から被っていた為その姿をみた土方は胸中、ギクリとした。
まさかそっちの類いかと。
しかし、やたらふらふらと歩く二本足が眼に入り行く先々壁にあたまをぶつけている。
小さく上がる悲鳴じみた声は疑いようもなく沖田のもので。
総悟? と、背後から声を掛けるとぐるりっ、勢いよく振り返り、土方はギョッとした。
カッ、と光がうつしだした人物が、
ぎょろり、生気のない眼を向けたからだ。
それもそのはず、沖田の瞳は隠れ、あの描かれたアイマスクの眼が土方を見詰めている。
「何してんの、お前…」
「は? なにが?」
「なにが、じゃねェよ。歩きながらンなもんつけてんなよ」
馬鹿なのか? 知ってるけども、と土方は気味の悪いアイマスクへと手を伸ばす。
その瞬間、ズドォン、と耳許で大砲でもぶっ放されたかのような衝撃を受けた。
恐らく、近くの木にでも落ちたのだろう。
頭や手が痺れを覚える程で、ぅおっ?! と、声をあげ、咄嗟に身体を竦めてしまう。
だがそれと同時に、土方は実際、身体にも衝撃を受けていた。
痛いほど身体を締め付けられ、
否、これは抱きつかれているといった方が正しいのか。
被っていたシーツがはらり、下へと落ちて。眼が使えないなか、身体から伝わる震えに土方は頭の思考が停止する。
だが、いま自分は冷静でいなくてはいけないと、これだけは理解した。
「……何してんの…お前……」
「……は、 なに、が……」
なにが、じゃねェよ。
思えど口にはせず、先程と同じやりとりになりそうな流れを土方はねじ曲げる。
返るその声は、いやに震えていたのだ。
長年近くに居たつもりだが、こんな一面は見たことがない。聞いてもいない。
考えてもみれば雷の時にこいつと一緒に居たことがあっただろうか。
光景を思い出せない。そもそも、その場に居たら気付くだろう。
沖田が雷の類いを苦手とすることに。
そいつが訪れる度に気付かれぬよう部屋に逃げ込んでいたのかと思えば笑えてくる。
そうと分かればやることは一つ、
ここは日頃の仕返しに茶化してやるしかないだろう。
にやり、内心ほくそ笑む自分が居た。
が、薄くひらく唇のなか、カチカチと歯を鳴らし。
「近藤さ…の、部屋……どっち、…です…」
今のでかい落雷に方向感覚を失ったらしい。どこに向かっているかと思えば、やはり其処かと。土方としては面白くない。
「……」
「土方、 さん…?」
近藤ならば、此処で沖田を茶化すような馬鹿な真似はしないだろう。
土方は床に落ちたシーツを拾い、栗色の頭にバサリ、被せ直す。
ぅあっ?! と驚きの声をあげる沖田の肩を強く掴み、自分の身体から引き離すと壁に押し付けるよう乱暴に座らせた。
「いいか、耳塞いどけ。一分で戻る」
云うと、土方は目当てのものを取りに行き、手元をぼわり、照らす。沖田のもとへと戻れば蹲ったままの白い物体が土方の気配に気付き、勢いよく頭を出した。
膝を折り、沖田の目線に合わせ顔を照らす。ぐしゃぐゃになってしまった髪を軽く撫ぜ、先程まで気付かなかったがじっとりと湿った悲しげなアイマスク。
そこにそっと指を這わせるとピクリ、沖田が震えたのがわかる。
「総悟、これからは俺の部屋に来い…」
つまらない嫉妬を覚え、小さい男だと土方は自覚する。
胸中自嘲がもれるなか、沖田の手を引いて土方は自分の部屋へと連れていった。
沖田が土方の言葉に頷いたかは分からないが、現にこうして、空が荒れた日は土方の元へとくるようになった。
押し入れのなかではあるが。
好きにしろ、とは云ったが、雷鳴がとどく度に押し入れのなかから ガン、ゴン、と頭を打ち付ける音がするから気になって仕事にもなりやしない。
「だぁっ、うるせェ! もうちょい静かにしろや!」
向かって怒鳴り付けると、すっ、と小さく襖が開いた。
横たえたままの沖田の眼、否、アイマスクの眼が隙間から土方を捉える。
怖ェよ! と内心ビビる男に沖田は小さく、終わったんですかぃ? と問う。
「……」
どうやら、仕事が終わるのを待っていたらしい。
背後で怯えている様を見られたくなかったのか、プライド高い沖田は精一杯の虚勢を張る。
「寝るんなら布団敷いてやっても良いですぜ?」
当然、終わってなどいない。が、沖田が眼からぐいりアイマスクをずらした瞬間、ずざーっと土方は机の上を一掃する。
「あぁ、丁度片付いて寝ようとしてたところだ」
確かに机の上は片付いた。
その下は悲惨なことになっているが。
荒くなる天候についにはチカリチカリ、部屋の電気も怪しくなってくる。
どのみち仕事続行は無理だろう
土方は息を吐いて、荒天が晴れるそのときを待つ。
「寝るか、一緒に」
予報をみれば、明日は晴天なり
了