どちらかが我慢をするのなら「土方さん、白髪みーっけ」
抑揚のない声が、頭をゴン、と叩く。
たぶんに、そいつは気怠げな表情を変えずに。
かくれんぼして遊んでやってたわけでもないのに、してやったりな声が土方に掛かり、どこか嬉しそうでいるから、あっそ、気にしてませんよべつに。
そういう態度で示したつもりであった。
「抜いてやりましょうか?」
無言を貫けば伝わるわけもないのだけど。
髪をつんつんと摘まれ遊ばれる。
それができる位置にいま、土方の頭がある。
沖田の見下ろす視線の先、土方は自身のつむじを晒しているのだ。
世間一般でいうところの恋人同士に自分達をあてはめるなら、夜の営みの後に付随するピロートークといえるこの時間。
抱きしめられている、いや、締めつけられている沖田にその認識があるわけもなくて。
高めた熱を吐きだすだけ吐きだすと、じゃあ俺はこれでと、とっとと自分の部屋に戻ろうとするから。
デリバリーを頼んだんじゃねェんだよ俺はと、土方は手を伸ばし、ホールドしたのだ。
故に、沖田はしぶしぶ男に付き合わされている状態にある。
そんなわけ、布団から抜け出そうとした身体は今は土方より高い位置にあり、片肘で身体を支えて土方に抱き枕のように扱われている。
こんなみっともない姿を部下達に見られたら終わりだろうな。
云うまでもなく、鬼の副長としての威厳がだ。
「あぁ、でも、こういうのって抜いたら増えるんでしたっけ」
つづく言葉はやはりどこか楽しそうで、今にもプッツリと抜きそうな勢いに(え、そうなの?)内心突っ込むが、ここで狼狽えるのも馬鹿らしい。
このまま口を開かせれば、もうアンタもいい歳ですよね、そう云われそうで。
への字に閉ざしていた口を開き、土方は切り返すことにした。
「書類が片しても片しても減らねえんだ。仕事ばかり増やしてくるどっかのバカのおかげだろーよ」
責任転嫁でしかない。
しかし心当たりのある部下はすっとぼけてみせこの話題は終わる、そう思っていったのだが、何気なく放った言葉がすとんとヤツの胸に落ちたらしい。
指先の動きがとまると、頭上に落ちてきたのは至極まともなものだった。
「まぁ、ちいとアンタにちょっかいかけすぎた節はあるんで。これを機に控えやしょうか?」
は? なんて?そう 浮かぶ疑問に沖田の云った意味を考える。
ちょっかいを控えましょうか。
って、いやいやおかしいだろ、その提案。
てめえの匙加減を俺で決めろってか。
「土方さん?」
そいつは助かる。
たぶん、今後の自身のことを思えばこう返すのが正解なのだろうが。
「......」
しかしそうは答えない土方を、沖田は不思議に思ったのだろう。
「......お前、俺いじんのが生き甲斐なんだろうが」
「はい?」
「そいつが無くなるとストレスになんだろ......」
ぼそっと口を突いて出たのは、鬼の副長どころか土方十四郎らしくもない、馬鹿みたいに不貞腐れた言い草で。
「だーかーらぁ!」
背中に回した腕に力を加えて誤魔化すしかなく。
「ちょ?! いてェって!」
そのままずるずると元いたなかへと引き摺りこめば、沖田は抵抗しながらも布団のなか溺れるようにもがもがと沈んでいく。
「若白髪で俺より先に真っ白になられちゃ眼もあてられねえから」
やめろ。変に気を使うのは。
土方のその声が遠くに聞こえのは、沖田は再びしっかり男の腕のなかにおさまってしまったからで。
胸板に押し付けられた顔をぷはっとだし、今度は土方を見上げる形で不服を訴える。
上司としてその答えも問題じゃねぇの? と。
「いいんだよ。度が過ぎりゃあ足腰立たなくなるまでかまってやっから」
「へっ、白髪こさえた人が無理しなさんな......って」
鼻で笑い返せば、沖田はしまったと口を閉じる。
「あ、うそうそ」
やだその目つき。ちょ、ウソだっつってんだろィ!?
歳は重ねたくねえなぁ。
思うも、このさ先、歳相応に髪の色が変わりきったとき。
お前が傍にいてくれるならそれでいい
そんな、まるいことを考えるのはまだ早いか。
「ぎゃああ?! まじムリ! 勘弁してくだせェ!!」
だからいつまでも部屋に残りたくねえんでさァ!
そんな沖田の叫びは、届きやしないのだ。
了