春、麗らかなさんさんと降り注がれる日差しは大地や木々にとけ込んで。
江戸一帯を暖める役割を真っ向と果たしていた。
土方はここ暫くそんな喉かな天候に見舞われ、日々平和な日常を送っている。
暇なのかと訊かれれば否定は出来ないが、かと云い役職上何か問題が起きたら起きたで面倒ではある。
縁側で胡座をかき、爺臭くも猫のように背を丸め庭を眺めている土方は落ちそうになる目蓋でゆっくりと瞬きを繰り返し。
大きく口を開くと誘われるがままこれまたでかい欠伸を外へと放つ。
副長がこんな気を弛めていて良いのかと思うかもしれないが、この男、やるべき事はキチンとこなしている。
本日ぶんの書類は昨日片し終え、見回りも午前中のうちに行い、接待を夜に控えてはいるがそれまでの時間はぽっかりと空いている。
どう使おうと誰も咎めやしないのだ。
緩やかに吹く風は小さな花の頭や草木の先を可愛がるように撫ぜ、吹き抜けていく。
つい最近まで屯所の廊下も氷をはったように冷えきっていたが、その面影も日を積む毎に薄れていき、今ではすっかりと春らしくじんわりとした木の温もりを放っていた。
(...ぁ~、駄目だ。ねみい)
このまま昼寝をするのも悪くはない。
土方は片腕を枕代わりにし、身体をごろりと横たわらせた。
床に触れた処から包まれるように伝わる熱にパタリ、抗うことをやめ目蓋を綴じる。
先程、咎めるものは居ないと云ったがちょっかいをだす者が居ないとは云っていない。
土方を視界に入れるや否や、近づくものが一人居た。
そいつは愛刀の菊一文字を腰から下げ、土方の背後に立つ。
土方は眼を綴じたまま動かない。
否、正確にはピクリと眉を動かした。
己を見下ろしている存在には気付いているが、相手をするのは面倒だと踏んだため狸寝入りをしているのだ。
「土方さん」
生地の擦れる音。距離が縮まる事で背中の温かさが増す。
すぐ背後で腰を下ろしたのがわかる。
案の定、振りとはいえ土方が寝ているにも関わらず構うことなく話し掛けてきた。
「暇なら甘味屋いきやせんかい? 近くに新しく開いた店があるんでさあ」
「……」
甘味を好まない土方を何故誘うのか。答えは判りきっている。
つい先日もファミレスで飯を奢ってやったばかりで、最近甘やかしすぎだな。
土方はそう思案し返事を返さずにいた。
「ねえったら。行きやしょうよー」
身体を大きく揺すぶられこれでは眠気も引いていく。
子供染みた行動を起こす部下にほとほと呆れるが、最後には根負けして甘やかしてしまう困ったループに土方は終止符を打つことにした。
「行きたきゃ一人で行ってこい。俺ァ寝る」
最後は強めた口調で云えば、揺さぶりはやんで。
「なんでい、人が折角誘ってやってんのに」
子供らしさは何処へやら。
付き合いわりいなと、上司を蔑んだ眼で見る沖田は心底使えねえと云った顔で息を落とす。
育て方を間違えたな。
そう土方が後悔をしても今更仕方のない話だ。
「お前さあ」
土方は身体をごろんと転がし仰向けになった。
自分をつまらなそうな顔で見下ろす沖田と視線が合う。
手を持ち上げ、伸ばしたさき、首もとを絞める真っ白なスカーフを掴んだ。
逃がしはしないといったように。
そして確信をもったやけに優しい声音で問う。
「仕事は?」
意地悪く薄い笑みを向ければ、沖田は鬱陶しそうに顔を顰めて視線を外した。
「甘味屋ついでに行くとこでさあ」
普通は仕事のついでに甘味屋だろうと、呆れる土方はそのまま掴んだスカーフを思いっきり引っ張るから。
いっ?! と痛みに声を上げる沖田は無理やり顔を引き寄せられ。
そのまま、唇に軽く触れる程度のキスをされた。
「ってェよ!? つか、 何してんでィ!」
「ぁー、暇つぶし?」
鼻と鼻のあたまがふれ合う至近距離で土方を睨み付ける沖田に、土方は悪びれもせず答える。
それどころか、
「平和すぎんのも考えもんだな」
「...っ、」
頭が腐り溶けそうだと土方はぼやき、沖田の口を再度塞ぐ。
もう既に腐ってやがる。
沖田は胸中思いながら、土方に近付いたことを後悔していた。
土方は汗ばんでいく沖田の額を見、誰の口調を真似てか言葉を放つ。
春だねぃ、と
ゆるり、口許を綻ばすから。
対して口をへの字に結ぶ沖田は、春に呑まれた土方は質が悪いと
恨めしげな顔で季節を憎んだ。
了