鬼の拠り所はあたたかき人のなか縁側をぺたりぺたりと歩いていた。
降り注ぐ日差しは柔らかく、木がじんわりと暖かいことを足の裏が教えてくれる。
手には奇妙な絵が描かれたアイマスク。
今日は、と云うより 今日も、と云った方が正しいだろう。日差しの所為か何時もより明るみを帯びた栗色を揺らし、沖田は場所を求める。
云うまでもなく、昼寝をする場所をだ。
薄く開いた口許から鼻唄を流す沖田はとても気分が良さそう。
「、あり?」
そんな鼻唄が不意に止んだ。
パチクリ、瞬きをする沖田は足をも止めていた。
場所は丁度土方の自室の前、見慣れた黒髪を見つけたからだ。
相手は沖田に気付いてはいない。
というよりも、何時も瞳孔を開かせているその瞳は柔らかそうな目蓋の裏側に隠れてしまっている。
珍しい、
自分だけでなく、鬼までも眠らせるか。
土方は年季の入った柱に身を凭れ、庭を背後にすやりすやり、小さな寝息を立てていた。
隣に置かれた灰皿には未だ煙を出し続ける煙草が一本放置されていた。
眠りに落ちたばかりということか。
沖田はジリっと煙草の火をを押し消して、此処が火事になったら真っ先にあんたが疑われるな、と一人呟いた。
相当疲れが溜まっているのか、綴じられた目蓋の下にはうっすらと隈が出ていた。
起こすつもりはないが沖田はそっと中指で目蓋の下をなぞり、労るように撫でていた。
「、ん」
ピクリと一瞬眉間に皺が寄り、沖田が小さく「ぁ、」と口に出した時にはしっかりと土方の目は開かれていた。
バチリ、沖田と目が合うと土方は更に眉間に力を入れた。
眠りを妨げられ少々不機嫌な声音で、何してんだよ、と土方は云う。
沖田は相変わらず大きな瞳に土方を映し
「顔、酷いですよ?」
質問の答えにならない言葉を吐き出してきた。
喧嘩売ってんのか?! と怒ろうとしたが沖田の指先が未だ土方の目の下に触れている為云うのをやめた。
「あんた、ちゃんと寝てやす?」
「……」
そう云ってまた緩く黒ずんだ痕を沖田の指に擽られる。
いま寝てたんだけど、等と頭の中で呟いてみるが悪気のない沖田を前にしては土方も口にはしない。
言葉を濁すように「あぁ」、と土方が云うと、沖田はそれを信じた訳ではないが、なら良いんですけどねぃ、と柄にもなく表情を柔らかくし微笑んだ。
「こんな処で寝てると襲われちまいますぜ?」
俺とかに。ニィと口許を上げる沖田に土方は余計な世話だと欠伸を噛み締め身体を上に伸ばす。
土方は離れていく沖田の手を弛く掴み、
「どうせ襲いにくるんだったら夜にしろよ」
沖田同様に意地悪く笑う土方だが可愛さの欠片もない。
何処ぞのエロ親父かあんたはと、沖田は呆れるように溜め息をついて
「闇討ちになら喜んで行くんですけどねぃ」
まあ首を洗って待っときなせえと、物騒なことを云ってくるから。
土方は 相変わらず可愛くねぇなお前、と云いたげに顔をしかめさせる。
だが、
不意に頭をぐん、と勢いよく引寄せられた土方は、目の前の沖田の胸に顔を強く押し付けられ、流石に動揺した。
前のめりになり体勢的に少し辛かった。
が、そんなことは気にしていられない。
「さっさとその隈けして、あんたから来てくだせえ」
耳に寄せられた唇が綺麗に型どったのはそんな言葉で。
顔を上げれば可愛いというには余りに言葉不足で、稚拙でいて、綺麗だと云った方が断然しっくりとくる沖田の微笑みがそこにはあった。
「すぐ消すから、少し膝貸せや」
「甘えんじゃねえ」
一本の太い柱を間に挟み、
背中を合わせた二人。
そこに流れるのは柔らかな時間。
場所は陽のあたる暖かい縁側でのこと
鬼をも眠らす拠は一つの、ではなく
一人のひとの許であった。
了