英雄にもなりきれない男達そいつの動きはなんだか妙だ。その男と組まされ市中の見廻りをするのは二回目。
沖田は、気配を小さくし背中に隠れるよう着いてくる部下を怪訝に思った。
(なあにビビッてんだか)
その態度が沖田に対してではないのは承知。だからこそ問題なんだ。
入隊して間もない隊士が怯えているのが、市中に散らばる人の目であることに。
「あっ、沖田のにいちゃんだァ」
不意に耳をついた声に目線を向ければ、たった、と駆け寄る小さな男の子。 その顔は笑顔だ。
沖田も覚えのある顔におぉ、と軽く手を上げたとき。
「やめなさい!」
子供の手を強く引き止めたのはその子の母親。
肩を跳ねさせ目を丸くさせる子供の手を引き足早に沖田達の前を通る女はかたちだけ会釈をするものの、真選組を良くおもっていないのは見てわかる。
今に実感したことではない。
沖田は気にしていないが、ただ、一人は違ったようだ。
あからさまに女に背を向け、顔を見られないようにしている。
肩を小さくする姿がなんとも情けない。
「……」
思うことがある沖田は浅く溜め息を吐いた。
するとビクッと肩を上げ男は勢いよく沖田を見る。
良い大人が上司でもある子供の顔をうかがって頬の筋肉を固くさせているから不憫でならない。
「た、隊長、っ、自分は…」
慌てて云い訳を考える顔は血の気が引いて青くなっている。
「あんたさあ」
思ったことを口にした。
男の耳には酷な言葉に聞こえたかもしれない。
「向いてねーよ。うちに」
ヒュッ、と男が息を呑んだ。青ざめた顔は石のように白く変わっていき、叩けば音でもなりそうな程強張っていく。
どんな夢や理想を描いて真選組にはいってきたのかは知らない。
だがこの男は英雄になれることを信じ、今この場に居る。
親族に敬られ、民衆に好かれ、そんな輝かしい己を胸の内で期待して。
それが現実はどうだ。
どんなに腕がたとうと頭が回ろうと、此処に居れば男がありたいと願う自分の姿から遠退くばかり。
沖田はそいつが不憫に思えてしまった。
「御上の為だなんてうわべだけ。此処に居れば殺人集団の一員として見られるってのが、まだ判らねえのかィ?」
隊士はその晩、屯所から姿を消した。
土方は当然、昼間の男の様子を沖田に問う。
「何かかわった動きはなかったか」
さぁ? 特に、と小首を傾げて見せた。
ぽりり、無意識に頬を掻く癖は表情を崩さぬよう小さな痛みを与える為の仕草だと土方は知っている。
「俺も捜しやしょうか?」
「いや、いい。この件は山崎に任せてある」
「....そうですかぃ」
ここでの沖田は信用に足らないということだ。
「だが、山崎が連れ帰れば斬るのはお前だ」
そんなことは百も承知している。
沖田は土方の眼を見ずに、「へい」と畳に言葉を落とした。
逃げるなら上手く逃げ切りなせえ。
こいつァ鬼ごっこだ。
期間はその首が繋がっている間。
捕まれば殺される。狩る鬼は、俺でさァ。
どうせあのまま隊に残っても士道不覚悟と判断されるか、戦場で命を落とすかだ。
ならばと、生き残る可能性を与えたまで。
「罰なら、いつでも受けますぜ」
沖田は白い手を持ち上げ、つと、土方の手へと重ね、指を絡めとる。
身体を寄せ首元にスリリと頭をすり付ける仕草。
戯れ程度に熱を共有するその行動を、土方は卑怯だと思った。
気分が悪い。胃液を熱くさせ、反って肝が冷えるくらいに。
土方が沖田の身体を引き剥がしたと同時に、ガンッ、と鈍い音があがった。
ここまで感情的になったのは久しい。
それでも、その頬に拳を一発入れて許してしまえるのだから、仕方がない。
駄目な上司だと、つくづく沖田には甘い自分が嫌になる。
「もういい」
溜め息をまじえて放たれた声は、先程までの淡々と尋問をしていた上司のものとは異なり。
いつもの調子で、呆れながらも子供を見離せずにいる男の声色だった。
ニン、と持ち上げられた切れた口端をぐいりと手の甲で拭い。
沖田は土方に向いて、深く、頭を下げた。
畳に影を落として、
「ありがとうございます」と。
隊士のその後の消息を沖田は知らない。
自分の手で首を跳ねることはなかったからだ。
うまく逃げ切れたのか、他の者が手を下したのか。
英雄にもなれなければ悪人にも徹底出来ずにいる。
望んで鬼であろうとする自分達には、なんとも煮え切らない話だ。
了