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    なんて安あがりな誕生日
    「俺、今日誕生日なの」

    そう恥ずかしげもなく言った男は、土方と歳が同じくらいだと思った。正確な歳は知らない。

    一瞬なにを言われたのか分からずに、え? 俺に言ってやす?? と、頭のなかそんな疑問がわいて左右に目を配らせてみたが、顔をじっとみられては聞くのも野暮で。
    沖田は小さな会釈と共に答えた。

    「そりゃあ、おめでとうございやす」

    突然だったのでぎこちなくうわべだけの言葉になってしまったが、これで満足だろうか。
    沖田は急な来客を前に手にしていた団子を腰の横にある受け皿へといったん置いた。
    すると仁王立ちでベンチに座る沖田を見下ろしていた眼がつつつ、と着いてきて、団子をのせた皿が受けとめる。

    あぁ、なるほど。目当てはこれか。

    「旦那ぁ、いい大人が子供にたかろうってんですかい?」
    「まだ何も言ってねえだろうが。通りすがりに見知った顔がいたからちょっと誕生日の報告をしただけですー」
    唇を尖らせ語尾を伸ばしてみても可愛くもなんともない。
    「そうですかィ。じゃあもう祝いの言葉はやったんで用はねえですね」
    「まあそう言うなって。俺ら友達だろー? 団子くらいご馳走してくれたっていいんじゃないの?」

    こちらから行くと厄介ごとはごめんだと煙たがるくせに、こんな時だけ友達であることを主張する。随分と調子のいいことだ。
    しかし何度も世話になってるのも事実。何よりここで押し問答するより折れたほうが早いだろうと沖田はため息を吐き諦めることにした。
    断りもなく隣に腰掛ける坂田。
    そちらには目をくれず、正面の河のせせらぎを眼にしながら食べかけの団子を口へと運んだ。
    この店のモチモチとした団子の噛みごたえはやはり他よりも頭一つ飛び抜けている。

    客が増えたことに気付き店内からパタパタとお茶を運んできた店員に「みたらし三本と〜 餡子を三本、それから」「以上で。あとお勘定頼みまさぁ」勝手に注文を始める男にストップを掛ける。
    「ケチケチすんなよ。けっこう貰うもん貰ってんだろ? こちとら昨日の夜からなにも食ってねえんだよ」なんて不服を投げられるから、これはもうカツアゲの現行犯でしょっぴいてもいいような気もする。

    「あんま金は持ち歩かない主義なんですよ」
    「あぁ、いつも土方に出させてるもんな、お前」
    「へい。もう少しで野朗が迎えにくるから今日も奢らせようと思ってたんですが」

    旦那がいるお陰で、今日は財布の口が固そうだ。

    「迎えに、ねぇ」

    ゆるく口端を持ちあげて笑う男もわかっているようだ。
    自分が沖田と一緒にいると土方の機嫌がすこぶる悪くなることを。

    「なんです?」
    「なに、随分甘やかされてるなあと。沖田くんは毎日が誕生日みたいだね」

    これは皮肉ととって良さそうだ。少なくとも言われた沖田は気分が悪い。
    しかし追加の団子がやってくると坂田の眼はそちらに奪われるから、横目でじとりと睨みをきかせても効果はなく。
    大口あけてがっつく坂田に続いて沖田も粘りけのある団子をもくもくと咀嚼し飲み込んだ。

    「そうでもありやせんよ。実際誕生日なんて奴からは何も貰っちゃいやせんし。......つぅか、貰うどころか奪われた?」

    河の水面から空を仰ぎ、歯切れの悪い言葉を続ける沖田は次の団子をくちゃくゃと噛んでいた。
    坂田は餡子をたっぷり纏った団子を頬張り ふぅん? と横の青年を眼でなめる。

    「奪われたって何を? まさか金じゃあねえだろ?」
    「えぇ、まぁ、旦那と違ってあのひと金には困ってやせんから」

    でもまぁ、強いられたのが団子ならまだ可愛いかったかもしれやせんね。
    そう言った顔は奪われたという割に男を責めてはいなくて。
    なんというか毒気が抜かれている。

    「ちぃと貞操をね、奪われたんです」

    空から人々の足が行き交う地面に落とされる視線は当事者意識などまるでないようで。
    その事実をまだ受け入れていないように見えた。
    団子を喉に詰まらせ胸を拳で叩き盛大にむせ返えす坂田のほうがまだ現実の重みを受け入れているのではないだろうか。

    「なんだそれ。与えられたんじゃなくて?」

    苦しげに咳を洩らしながら目端に涙を浮かべ、念のため確認をすると、きょとんとした丸いガラス玉がこちらに向けられた。

    「俺が野郎の身体なんざ求めると思いやす?」
    「......」

    いや、いつもその曇りなき眼で追い求めてたよねぇ。
    身体もろともアイツの命を。

    しかしそんなつもりなど微塵もなかったというのなら、沖田のいう「奪われた」は語弊ではないらしい。

    「なに、君たち付き合いだしたの?」
    「んな訳ねえでしょ。気持ち悪ぃ」
    「へぇ。じゃあ土方の野郎はバッサリ振られたってわけね」
    内心動揺はおさまらないがざまあみろと言わんばかりに歯を見せる坂田に、沖田は男の体裁をフォローするように付け足す。
    「......振るもなにも、あの人のはそういうんじゃありやせんから」

    事実そうなのだ。
    愛の囁きなんて当然なくて、互いに酒が入っていたからそのときは熱に浮かされていた。
    頭が朦朧とするなか肌に触れてくる行為はひどく乱雑で、キスだって、強く歯をぶつけられ碌なもんじゃなかった。
    お世辞にも、女が悦ぶそれとは思えない。

    「仕事が立て込んでたとかで溜まってただけでしょ」

    人の主役の席で酒飲んで箍を外して、

    「ほんと、ひでえ野朗でさぁ」

    思い返すと胸がつきりとし、茶を口にし小さな痛みを押し流した。
    隣を見ると唇の端に餡子をつけた坂田が眉を顰め訝しげにこちらを見ていた。

    「沖田くんさぁ」
    その声は呆れきっている。
    「いや、野郎の言葉が足んねえってものあるけどよぉ」
    「なんでィ?」
    「鈍感すぎって言いてーの」
    「はぁ......」

    意味がわからなかった。責められる義理はないし、況してや口に餡子をつけてる大人に言われたくはない。

    だが確かに、鈍ってはいた。
    らしくもなく自分の懐に入るのを許しすぎた。
    この男も、土方も。
    覗き込んできた眼が至近距離まで近づき、言葉を綴る。

    「そういえば俺も、まだあげてなかったな、プレゼント」

    団子じゃ割に合わねえけど、まあ受けとれや。

    そんなことを言われ、にっといたずらに満ちた顔が近づく。
    「ちょ、なに」非難の声は聞き入れられず、逃げようにも腕を掴まれそれも敵わなかった。
    ほんの一瞬だけ唇に触れる感触に思わず眼をつむる。
    鼻腔から感じる香りだけで口のなか甘みが広まった。

    「......なんのつもりでィ」

    隊服の袖でゴシゴシと口許を拭い、何事もなかったかのように茶を啜る男と少しの距離をとる。

    「だぁから、プレゼントって言ったろ?」
    「子供みてえなチープなキス、誰が喜ぶってんですかィ」
    つかアンタ、口に餡子ついてやす。言えば「まじか」と。
    よっ、と腰をあげ立ち上がる坂田は気付けば皿の上を綺麗に平らげていて。こちらを見て、ごっそうさんと笑いながら赤い舌がちろりと口端を舐めるから、なにに対してだか、と内心突っ込みを入れる。
    やはり与えられたというよりなにかを奪われた気がする。
    不服を訴えたかったがスカーフの下がやけに熱くなるのを感じ喉奥で押し止めた。
    たぶん、このひとはモテる。
    「じゃあな。ちゃんと仕事しろよ?」
    万年無職がえらそうに。余裕のある態度が尚に腹立つから、この熱は悟られてはならないと、背中を向けひらひらと手を振って去る坂田を沖田は黙って見送った。

    すると、今度はひどい悪寒を感じた。一体なんだというのだ。

    「はぁ、今日はおちおち昼寝もできそうにねえや」

    影が掛かり、坂田が現れたときと同じように男は目の前に立ち塞がり自分を見下ろしている。
    しかしその見下ろす形相は死んだ魚のそれでない。
    いつも以上に鋭利な眼光を、怒りと共にひしひしと一身に浴びせられる。
    「あー、土方さんも食べやす?」
    へらりと笑ってみるが空気は変わらない。
    どうやら団子をご所望ではないらしい。
    職務を放棄してこんなところで油を売ってたのだ。
    怒るのは当然だと思うが、殺気を放つほどのことか?

    「いらねぇ。さっさと仕事に戻れ」
    「へい、って、土方さんはどちらへ?」
    「あァ? 野暮用だよ」

    てっきり仕事に無理やり連れ戻しにきたかと思ってたのに、どうやら向ける殺気の対象は自分ではなかったようだ。
    柄に手を掛け、坂田が行った方へと足を向けるから、思わず上着の裾を掴む。

    「ちょ、ちょ、ケンカしに行くならまた今度にしてやってくだせぇ。あのひと今日は誕生日らしいんで」
    「おい.....まさかそれでキスでもくれてやったってのかよ」

    やはり見られていたか。足をこちらに向けさせると片膝を地面について、手を伸ばし隊服の袖もとで乱暴に口許を拭われる。
    これでもかってほどゴシゴシと擦られて痛い。
    餡子でもついているのだろうか。

    「俺がくれてやったのは団子だけでさァ。あれは俺へのプレゼントらしいです」
    「はぁ?」
    「プレゼントを浮かせるために身体で払ってくれたんです。あんたと一緒」
    「いやいやいや」
    ちょっと待て⁈ なんでアイツと一緒になる⁉︎
    「少しモテるからって今どき俺をプレゼント〜 なんて今どき寒すぎ」
    「そういう意味で抱いたんじゃねえよ⁈」
    「あれ、違うんで?」

    あれからお互いにあの夜のことは触れていない。
    もちろん身体に触れ合う行為もあの晩だけで。
    現実味がなく、今こうして唇に押し当てられている土方の手の甲の熱が、あの夜自分を抱いた同一人物のものだということが未だに腑に落ちない。

    「好きなように解釈してくれて構わねえと思ってはいたけどよ......」

    よく分からないがヤンキー座りをして地面に盛大にため息を落とす土方は全面的に否定したいらしい。

    立ち上がり、頼んでもないのに二人分の団子代をバインダーの上に乗せて「もういい、仕事しろ」と。
    投げやりな口調でこの話を終わらせ行こうとするから。
    その背中を追って「ちゃんと言葉にしてくれないと分かりやせーん」行為の後、こわくて聞けなかったことを軽口にのせて聞いてみるが、
    「ヤツに吹っかけられたみてえになっから絶対に言わねぇ」
    「ふはっ、そりゃ残念」

    どうやら旦那からの贈り物は不発に終わってしまったようだ。

    それにしても、なんて安上がりな誕生日だろう。





    2018.10.10
    銀さんhappy birthday!
    とこれでも祝う気持ちで書いたんです。
    Yayoi Link Message Mute
    2019/01/19 13:20:07

    なんて安あがりな誕生日

    【土沖】銀誕話
    だれも付き合ってませんが一応土沖です。
    ##土沖小説

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