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    芽吹く想いを眠らせて
    沖田は首を反らし見上げた。

    「いつまで其処に居るつもりだ」

    沖田を上から見下ろす男が云った。

    「何処に居ようと俺の勝手でしょ」

    反らした首を戻し、沖田は目を伏せて返した。
    沖田の背中に立つ土方は、沖田の旋毛に向かい息を落とす。

    「そりゃ勝手だがな、部屋の前に居座られちゃ良い迷惑だ」

    自室の前、廊下に腰を下ろす沖田に気付いたのは小一時間程前だった。気配で沖田だと分かり、入ってくるかと思いきや何時まで経っても動く気配がない。
    土方は首を傾げ、疑問に思うが、自分から戸を開けてしまうのも何処か癪に感じ、暫くはそのままにしておいた。

    だが唐紙に映る影は尚も動こうとはせず、痺れに負けた土方は結局、開けてしまったのだ。

    「なんか用があって来たんじゃないのか?」

    「別にあんたに用なんてありやせんよ」

    庭先を見つめ答える沖田は、投げ出した足をぷらぷらと揺らす。

    (じゃぁ何で此処に居るんだよ…)

    土方は踵を返し部屋へと戻る。
    沖田は上半身を捩り、振り返れば

    「入るんなら入れ」

    戸を閉めずに、土方は云う。沖田は視線をやや下に落とし、間を置いてから、こくりと一つ、頷いた。



    「ちぃと寝付きが悪くて…」

    書類整理の途中であったのだろう。
    机の前に座る土方の背に、沖田はポツリと、言葉を落とす。
    それから腰を下ろし、

    「昼寝ばかりしてるからだろ」

    返ってくる言葉に、違いねぇ、と小さく笑った。


    静まり返った部屋に、筆を走らせる音だけが響く。
    沖田は膝を抱え、背を丸めただじっと座っていた。
    茫っとした視線は畳を見据え、何を切り出す訳でもなく。

    土方の背中にはじっとりとした汗が吹き出てきた。

    (なに、この気まずい空気…)

    何時になく口数の少ない沖田に気を取られ、集中力が削がれていく。可笑しな話、チョッカイを出された方がましだと思えてくる。

    適当な話題でも振ろうかと、土方が口を開いた時だった。

    「気ぃ、散りやすかぃ?」

    と、控えめな沖田の声が部屋に響いた。

    「…分かってんなら、…」

    出てけよ、とは云わない。
    沖田の目を見たとき、一瞬、揺れたのを見たからだ。

    「ぁー…、分かってんなら、布団にでも入っとけ…」

    言葉を濁すように気ぃ散る、と一言付け足せば、沖田は少し呆気に取られたようで。

    「……ぁ、…、へぃ…」

    目をぽかりと開かせ、滅多に御目にかかれない顔をしていた。


    書類と再び向き合った土方の耳に、ゴソゴソと、布団を取り出す音が入る。
    部屋に入れたのは自分だが、こんなつもりではなかったのにと。土方は小さくかぶりを振った。

    (…仕方ねぇだろっ、…)

    あんな顔をされては出ていけと云えない。
    土方は自分に云い聞かせるように心中強く吐いた。
    とは云え、自分と沖田は同衿共にするような仲でもない。

    (…徹夜、だな)

    一人考え、無難な選択をすることにした。



    「土方さん、」

    呼ばれ、どうした? と後ろを見れば、沖田は敷いた布団におずおずと足を入れて、

    「…良いんですかぃ?」

    あんたの寝床取っちまって、と土方の顔を窺ってくる。
    沖田もまさか土方の布団に入ることになるとは思っていなかったのだ。

    「別に。気にするな」

    「でもあんた、…寝ないつもりでしょ?」

    沖田も大概、目敏い。ギクリと顔を固める土方から、恥じらう様に視線を逸らし、

    「あんたが良ければ、隣に来てくだせぃ…」

    土方は不本意にも、ごくりっ、と喉が鳴った。


    向かい合わせた背が触れぬように。
    互いに、極力、極力布団の端に寄って。

    (…なんか、痒ィ…っ)

    普段生意気な子供が、こうも変わると、こそばゆいったらねぇと、土方はガシガシと頭を掻き乱す。


    「…ぁ?…」

    不意にひゅっと背中が冷え、土方が躰を捩れば、沖田は身を起こしていた。
    沖田は足に掛かる布団に視線を落とし、

    「…戻りやす」

    と一言、己の躰から布団を剥ぐ。
    そして、土方に視線を移し、ふっと笑った。

    「あんたに甘えるなんて、俺らしくねぇ」

    薄闇の影で沖田の表情は窺えなかったが、

    「お前らしいってのは、どんなだよ…」

    土方は思う。
    沖田は、誰かに甘えたかったのか、と。

    そこで自分を選ぶ辺りが、確かに、らしくねぇな、と内心呟いて

    「っ!?」

    同時に、可愛いと思ってしまった存在をその手で引きずり込み。再び布団の中へと閉じ込める。

    「ちょっ、土方さん、何して...!」

    つい先程まで背中を向け合っていた躰が、ぴたりと隙間なく、胸を重ねていた。
    沖田の腰に回された腕はびくともせず、もがく抵抗をものともしない。
    鼻に入るヤニ臭さに、沖田の躰は熱くなっていく。



    「お前、あれだ。珍しく働き過ぎたんじゃねぇの?」


    耳許で響く土方の声に、どくん、と鼓動が高鳴り、沖田は躰を強張らせる。

    「最近捕物が多かったからな。疲れてんだろ」

    「そう、なんですかねぃ…」

    言い聞かせるような土方の言葉に、頭の中、首を傾げる。

    「あんたも、疲れてんですかぃ?」

    問われ、土方はふと口許を緩め、沖田を強く抱きしめる。

    「あぁ、そうだな」

    穏やかに笑う土方の表情を、沖田は見えていない。ただ、安心するように

    (…そっか、だからおかしいのか。俺も、この人も)

    ぎこちなく土方の背中に回された手が、キュッと布を掴む。

    「寝れば、戻りますかねぃ」

    その意は、何時もの自分に、と云っているようだ。

    土方はその問いに答えることなく、小さな頭を胸に押し付け、細い金の髪を緩く梳いでいく。

    はぁ、と温かな息が胸に吐き出され、

    おやすみなせぇ、と沖田は静かに囁いた。


    (お前は寝りゃ戻るかもしれねーけどよ。俺は…お前みたいに単純にできてねぇんだよ)

    と、心中溜め息を吐いて。

    土方は栗色の髪に手を差し込みその小さな頭を掻き抱く。


    どう責任取ってくれんだよ、これ


    放つ土方の唇が、憎らしい沖田の頭に落とされていた。



    Yayoi Link Message Mute
    2019/01/19 10:10:22

    芽吹く想いを眠らせて

    【土沖】
    まだ自覚してない沖田と自覚してしまった土方のお話。
    ##土沖小説 ##土沖

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