人のなりをした化け物江戸という街が独特な色で飾られる10月の末。
天人が持ち込んだ風習で、ハロウィンとそいつは呼ばれた。
電柱につけられたスピーカーからは不気味な音を奏でながら、しかし陽気なムードのBGMが街の人々を笑顔にする。
判りやすくいうならディ○ニーでかけられているような、そんなノリのやつだ。
独特感をだしているのは音だけではない。
人々もまた、その異質なノリに悪ノリを重ねだし、近年ではゾンビやオバケの化粧を施し、見てくれとばかりに肩幅をきかせ、理由もなく街をうようよとさ迷っている。
「「Trick or Treat!」」
かん高い子供たちの声がそこらじゅうで飛び交っていた。
正しい訳は違うみたいだが、まあここで用いる意味はお菓子をくれないと悪戯するぞ、という意味だそうで。
向けられた大人は嫌な顔せず着物の袂に忍ばせていた飴玉をプレゼントしている。準備のいいことだ。
街がそんな雰囲気なもんだから、ここ、警察が所有している屯所もまた、いつもと少し装いが違っていたり。
イメージアップの計らいか、見廻りに出る者達は篭にたんまり盛られている棒つきのキャンディーを代表するチュッパチャップスやらチョコレートを一掴みし出るよう、指令が下されている。
もちろん仕事の合間に食べていいものではない。
子供たちに声を掛けられたら笑顔で配るようにとのお達しだ。
あまりにバカらしく情けない話ではあるが、こんなチンピラ警察でも子供たちに取りかこまれるのだからそれなりに効果はあるのだろう。
しかしだ。
そんなイメージアップも台無しどころかイメージダウンに覆す輩がゴロゴロいるからチンピラ警察と呼ばれていることを、忘れてもらっては困る。
「なーんでオメエらまで便乗してんだぁ?」
見廻りじゃねえだろ。
屯所の正門が構える壁に背を凭れさせ、足下に吸い殻が三本ほど落ちたころ、帰ってきた部下達に副長の土方は放った。
特にもの申したくなるのは先頭で満足げに口端をあげている沖田に対してだ。
「いやね、オバケ達をちょいとビビらせてやったんでさぁ」
隊長が隊長なら部下も部下だ。後ろで、「聞いたかよさっきの悲鳴」ぶくく、と手で息を抑えたり、「あぁ。顔面白化粧の奴見たか? あんぐり口開けて顔にヒビ入ってたぜ」肩を震わせているから、一人一人に説教するのも面倒だと、土方はため息一つで片付けることにした。もういい、お前らは戻れと。
ぞろぞろ屯所のなかに入っていく隊士達は街のムードを存分に堪能してきたらしい。
人を殺った仕事の後だというのに笑い合っている。
流石は人斬り集団と褒めてくれる者はいないが、このくらいの精神でもないと務まらないのも事実だ。
「報告はさっき伝えた通りです。命令通り敵は残らず一網打尽。仲間に死傷者はでてやせんよ」
他に聞きてえことは?
残された隊長の沖田はわざとらしく肩をすくめてみせる。
これは土方への嫌がらせという目的も多分に含まれていたのだろうが、敢えて指摘してやろう。
「あんな血生ぐさい集団引き連れて往来通ってきたのかよ?」
道は選べば幾らでも裏道はあったろうに。
恐らく沖田はそいつをしていない。
「へぃ。今日は血糊つけた連中がうようよ出歩いてたんで、少しばかし楽しんでもらおうと思いやしてねぃ」
先程の会話を聞く限り楽ませたというよりは恐がらせただけだろう。
「嘘つけ。毎年評判下げるようなことばっかしやがって」
昨年は桂の追跡を云い訳にバズーカをぶっ放し、祭りの空気を台無しにしたことが思い出される。
土方は舌を打ち、四本目の煙草を踵で揉み消すと、沖田はイタズラが成功がしたことにククッと喉を鳴らす。
こいつの場合は民間人へのイタズラではない。
毎年恒例の土方に対するイタズラで、最早たちの悪い嫌がらせだろうこれは。
「Trick or Treat」と問い掛けもないから、土方に阻止する間さえあたえてはくれないのだ。
「わざとでもなきゃ、お前がこんなに返り血浴びることなんてねえだろ」
頬だけではなく、髪にまでこびりつかせている。
土方は色素の薄いなか赤黒く固まった一束を親指と人差し指で挟んで摘まみあげる。
「褒めてんですかい?」
「いや。怒ってんだけど」
怒られながらも腕を買われる沖田は上機嫌に笑い、男の指に髪を弄られてもされるがままだ。
聞かなくてもわかる。
仮装で活気づいた大通り、腰から刀を下げ、本物の血を大量に被った男共がザッカザッカと土煙を立たせて道を歩けば辺りはどよめきたち、人波が右へ左へと横に割れていくさまがありありと眼に浮かぶ。
(おい、あれ本物の血か?!)
(まさか、場の盛り上げかなんかだろ?)
(いや、にしてはなんか、臭いが...ぉえっ、)
(やだぁ、なにあれ。気分わるい...)
そんな騒然とした空気を沖田筆頭に、一番隊の部下達はまとわりつかせて帰ってきた。
「報告書はあとだ。仕事だ、出掛けるぞ」
だからその汚い成りをさっさと洗ってこいと促す土方に沖田は小首を傾げる。
「仕事? 張り込みかなんかで?」
おもむろにポケットから飴玉を取り出す土方は尽きない溜め息を落とし、今度は沖田にではなく御上に向けて苦言をこぼした。
この男もつくづく苦労性だ。
「将軍さまがお忍びでキャバクラのハロウィンパーティーで遊ぶんだとよ」
「へぇ。じゃあ近藤さんも?...ん、」
「もう先に行ってるよ」
小さな袋を破くと中の飴玉を唇に押しあてられ、そいつを口を開きコロリと、沖田は舌のうえに招き入れる。
甘く酸味の広がるレモン味は炭酸を含ませていて、口の中でしゅわしゅわと音をあげた。
「Trick or Treat」
問い掛けたのは土方だった。その声と口に馴染んでおらず、云われた沖田は一瞬なにをいわれたのか理解していないように「は?」と頭にはてなを浮かべることになる。
監察に集めさせた情報をもとにチンピラ浪士達を仕留めるよう一番隊に命をだし、出掛け先に沖田ががっさり篭から飴玉を握っていったのを見たのだが。
「あー、ぜんぶ舐めちまいました」
ポケットに手を差し込み一応確認する沖田に、嘘つけ、とは今度はいわずにおいた。
持ち出したのは一人で食う量ではなかった筈だ。
大方、先に行ってひとりで寄り道でもし、公園でいつも相手にしている子供達にでもくばったのだろう。
こどもは子供のイベントを大切にするらしい。
だが、それも土方の想定内。
頬に付着した赤を親指の腹で擦るが拭いきれるものではなく、少し横に擦れて伸び、余計に沖田の肌を汚してしまう。
それでも構うことなく触れたまま、顔を近付け、眼をぱちくりとさせる沖田にも察するようにいう。
「いいよ。そいつで」
すると沖田は、あぁ、理解しましたと、目尻を細めて微笑う。
そうして黙って目蓋を落とすから、土方は唇を重ね、少しの堪能を。
「...ん、ふ...」
なかは甘く、いつもの味ではなかったが、たまには悪くない。
屯所から洩れる灯りは門の壁に遮られ、調度ふたりを影に隠す。
「真選組屯所」と書かれた縦長の板の前、鬼の副長と一番隊の斬り込み特攻隊長がこんなことをしているとは、誰も思うまい。
「...も、...ひじ、...か、」
しかし流石に此処で長居するのはまずいと、弱く肩を押されるから。
熱くなった口内に溶けきる前に、土方は小さくなった欠片を舌でかっさらう。
「...あんたぁ、いつも嫌な仕事の前に盛るの、」
やめてもらえます?
息を整えながら云われたのは小言というほど嫌気も含まれておらず。
また土方も、「わりぃ」と謝りはするものの、口端はあがりその眼に反省の色などのせてはいない。
ふたりは灯りの筋に足を踏み入れ、屯所の中に向かって歩きだす。
「に、しても」
その口でTrick or Treatなんて、似合わねえよと、沖田は声にしてわらう。
他のやつに云ったら死の宣告だと勘違いされますぜ? と。
そこは重々に承知しているから「うっせえ」としか返せない。
「ね、ね、折角だから俺らも仮装しましょうぜ?」
「仕事だっていってんだろ? 遊びじゃねーの」
こうは云ったものの、行ってみれば全身緑色に塗られた上司がフランケンシュタインの仮装をしており、「お! やっときたかお前たち!」と、頭から血を流しながら気味の悪い顔を笑顔にさせて、二人を手招き仮装を強制するから。
近藤さん、あんたその血、本物だよな?
そんな突っ込みを入れる間もなく彼らは変身することになる。
磨きあげられた光沢あるテーブルに、カボチャ料理やワインが並ぶ。
流れるのは不気味でいて、そして愉快な音楽。
きゃーきゃー盛り上がる女性達に満足げに楽しんでいる男どもときて。準備は整った。
今宵、
金や身ぐるみ、血も涙も一滴残らず吸い上げる吸血鬼が高笑う。
そう、ここはやつらの巣窟だ。
存外、本物のバケモノとは、人の皮を被っているものなのかもしれない。
土方は、沖田の顔をぺたりと触れて、確める。
「なんでぃ?」
怪訝に見上げてくる瞳。
大丈夫、血は通い、肌はこんなにもぬくい。
子供に菓子をくれてやれるこいつは、
本物の人間だよ。
end...
Happy Halloween!!(2017)