この命を預けます「総悟、お前から何か云うことはないか…」
その云い振るまいは、あるだろ? 怒らないから云ってごらんなさいよ。そんな意味を含めたのだが。
「ぁー、...死ね土方?」
「違うわ! 確かに久しく聞いてなかったけれども!」
最近口にして云ってあげてませんでしたもんね。
なんて答える沖田は正座をしているわけで、誰が好き好んで部下からの暴言を望むのか。
「なんでィ。今日はさぼらず見廻りしたじゃねぇですかぃ」
「そいつは褒めと―― いや普通だからね? 社会人として」
信用出来ねえってなら一緒に巡回した奴にでもきいてみてくだせぇと沖田は云うが、土方は既にその隊士から話をきいている。
「そうじゃねえ。今日は右のミラーを壊したらしいな」
結局、皆まで云わないとわからないようだ。
土方は胸元から取り出した煙草を咥え火を灯した。
本当は怒鳴り散らしたいところだが沖田にはまだ猶予がある。
「お前、暫く車使うの禁止な」
「嫌でさあ。せっかく運転出来るようになったってのに」
いやいや出来てないから。この一週間の間に三台も修理に出してるから。
ついでに一緒に見廻りした奴らは土下座してお前の車にはもう乗りたくないと泣いて縋ってくる始末。
「しかしなぁ、他の隊士がビビって乗りたがらねぇ」
かといって免許を取立ての沖田に一人で走られても気が気でないし。
そもそも自分以上に心配性な近藤がそれを許さない。
「じゃあアンタが隣で見てりゃあ良いでしょうが」
「……」
え、嫌なんですけど。心の底から。
とは思うものの、このままでは何の為に教習所へと通わせたのかわからない。
土方は煙草の先を押し潰し、渋々ながら了承する他ない。
が、先ずは車通りの少ない夜にでも練習させなくては。
「……わかった。今夜俺の部屋にこい」
云えば、細められた紅目が冷ややかな視線を向けてくるから、ちげえ! そういう意味合いじゃねぇよと、変に弁解を入れなくてはならない。
勿論沖田としては軽い冗談のつもりだ。
夜勤組が出払い、朝番の者達が眠りについた頃。
屯所の敷地内は静かになり灯りを落としていく。
そんな時間に何が悲しくて命をかけ、沖田の運転する車に乗らなくてはならないのか。
先に助手席に座り沖田を待つ土方はそんな抵抗する気持ちを首を振って払い落とす。
「お待たせしやしたーって、ちょ、煙草くせえんですけど」
「あぁ? 窓開けろ、窓」
運転席のドアが空き、外へと逃げゆく紫煙。
漸く来たかと思えば早々に文句を垂れる沖田に土方は吐き捨てるよう云った。
バタン、とドアが閉まれば再びたちこもる煙。
換気を促せば沖田はヘィヘィと手を伸ばす。
そして窓を開けるかと思えばガチャンッ、と車のフロントが空いた。
「あり? なんか開きましたよ?」
「……いやオマエが開けたんだよ。さっさと閉めてこい」
おいおい、本当に大丈夫かよ。
土方の胸のうち不安ばかりがこみ上がる。
しかし、シートベルトをしっかり付けさせいざ発進させれば、案外沖田は普通に運転をしていた。
ちらりと横目で見遣ればその顔は余裕のポーカーフェイスに鼻唄まで混じらせている。
なんだ、この分では三十分も経たずに屯所に戻れそうだ。
心配し過ぎだったかと安堵しそうになった時だ。
信号が青から黄へ、黄から赤へと色を変える。
勿論、土方を乗せた車は、停まらなかった。
「うぉおおい!? 待て待てっ、いま信号赤だったろうが!」
思わず振り返り確認してしまった。
やはり信号は赤だ。
「ぇ、信号なんてありやした?」
釣られて沖田も首ごと後ろに回す。
「バッ、?! 前みろ前…!」
パッパーと周りからクラクションを鳴らされるなか、沖田の質の悪さを土方はその身をもち理解した。
聞けば信号は愚か、一時停止の標識や踏み切りで停まった記憶がないという。
この近辺に無いわけではない。ただ沖田が見ていないのだ。
「……お前、よく生きて帰ってこれてたな。つかよく免許とれたな」
「ひでえなあ土方さんは。先生方ァみんな泣いて祝福してくれやしたぜ」
「……」
そりゃ走るドエス車に乗らずに済むなら泣いて祝福もするだろう。
追い出したくもなるだろう。
「……たく、こんなペースじゃいつ屯所に着くのか判りゃしねえよ土方さん」
取り敢えず限界まで速度を落とさせ周りを視野に入れて運転するよう指示をした。
「うるせえ。"着く"ことが優先なんだよ」
降りて自分で走った方が速いのではないかという位の速度でトロトロと車を転がし。
不満そうに口をへの字にする沖田はもどかしいのか人差し指で革のハンドルをとんとん、と小刻みに叩いている。
「総悟。あの先にある一時停止の標識が見えるか。見えるよな?」
「しつけえ。見えてるっつーの」
「よし、近付いたら速度落として停まれ。慎重にだ」
「……これ以上落とせねえくらい今落としてるんですが……」
もうこの男を蹴り落として一人で帰ってしまおかと思う沖田だが、突如、空を斬り上げんばかりの人の悲鳴が二人の耳に届いた。
「土方さん、事件ですぜ!」
「っ?! 待て総悟! 運転代わっか――」
無情にも、土方の言葉は最後まで出なかった。
アクセルを全開に踏んだ車体は土を削り、ギャルルルル―ッと嫌な音を上げる。
頭から血の気を引かせながら、土方は云った。
「……総悟、あとで俺の部屋に来い」
それは無事屯所に戻れたらという意味で。
今回は無論、そういった意味合いでだ。
了