揺らめく金魚「あじ~~~ぃ…」
低く唸るような声を出し、沖田は夏そのものに喧嘩を売るような目で天井を仰ぎ見ていた。
その日はとてもジリジリとし、良い洗濯日和であった。
しかし洗濯物が乾ききる前に沖田が乾ききるだろう。
口を開くだけで熱気が体内に吸い込まれそうになるから堪らない。
「土方さぁん、何でエアコン修理しねぇんですかぃ」
土方を責める声は唸る熱気に混ざり、覇気がなくなんとも情けのない。
唯一エアコンが取り付けられているのは局長室と此処、副長室。
自分達の部屋にも付けろと沖田が先陣をきって隊士達はブーイングの声を上げた。が、この大所帯だ。当然聞く耳持たずで流された。
「それはな。何処ぞの馬鹿が市中の建物を半壊し、無駄に経費を使わせるからだ」
「やだなぁ。半壊って、ちと入口を壊しただけじゃねえですかィ」
判りやすく説明をしてやった土方にしれっと云ってのけたら男の煩い怒号が飛んで返ってきた。
土方曰く、今月に入って四度目らしい。そんなの一々数えてるなよ。そう云えばまた暑苦しい声を浴びることになりそうなので胸の内で抑えておいた。
「仕方ねえ、ファミレスか図書館にでも涼みに行きやすかね」
「おーぃ。なに堂々とサボりにいく発言をしてやがる」
何処の学生気取りだと、溜め息を吐いて呆れて見せる男は、部屋から出ていこうとする沖田の腕を掴み制止させた。
「お前なぁ、武州に居た頃にはエアコンなんて付いてなかったろうが」
向こうは熱をこさえるアスファルトも少なく木々に囲まれてたお陰か幾分か涼しく。
過ごしやすくあったのは確かだが、夏になれば川で水を浴び。夜になれば縁側で涼み皆で西瓜を食べたりしたものだ。 あの頃を思い出せと土方は染々と思い出に浸り沖田に云うが、
「いや、俺もう都会っ子なんで」
あの快適さを一度知ればそれがないと生きていけないと、きっぱりと云った。
随分と軟弱になったものだ。
じゃ、そういうことでと、去ろうとする沖田の腕を更に引き止める。
まぁ待て待て、と土方は沖田を宥め、文机の上に手を伸ばし、小さな箱を見せてきた。
男の手のひらに収まる正方形の白い箱を沖田はきょとりとした眼で見る。
「何ですかィ? これ」
「出張先でたまたま目に入ったから買ってきた」
その出張中に沖田が仕事を増やしていたので説教から始まり渡すタイミングを失ったらしい。
土産だと渡されたモノを暫く見つめ、沖田は土方の顔と手のうえを交互に見比べた。
なんだよ? と、気恥ずかしいのか土方が顔をしかめたところで口を開く。
「いや、あんたが俺に土産なんて珍しいなって。向こうで何か疚しいことでもしてたんですかい?」
にやにやと笑って、浮気ですかこの野郎、と云えば してねェよ! と。
間髪入れずに否定され、純粋に嬉しさを感じたり。
そんな捲し立てるように云わなくても、そのくらい沖田にも判っている。
それを悟られぬよう、箱に食い付くふりをし急いで中を開けた。
食い物じゃねえぞと、先に一言加える土方は沖田が食い物を期待していると思ったのだろう。
「……こりゃぁ、」
取り出したものは、チリリーン、と細く高い音をたたせた。部屋の空気が一気に変わる。匂いが変わる。
「懐かしいだろ?」
その音色は沖田の耳にも鮮明に残っていた。
縁側、ところどころ欠けた古びた木の板に腰を下ろしても、まだ自分の足が地面につかなかった頃だ。
隣には桜色の着物を身に纏い、涼しげな微笑みを向けてくる彼女がいて。
そんな二人の頭上に飾られていたもの。
「気に入らなかったか?」
反応の薄い沖田に窺うような視線を土方は向けてきた。
気に入らないわけがないのに。
土方の眼を見て小さく頷く。それを見て男は「そうか」と、声をやわらかくし眼を細め安堵した。
「これ、此処に飾っても良いですかィ?」
自分一人で聴くと、鼻の奥が熱くなりそうだ。
寂しいとは違う。
だけど、懐かしいと想う感覚は、寂しいという感覚に少し近いのだろう。
聴くならアンタと一緒がいい。
沖田が指を指して指定したのは土方の部屋の縁側で。
その日からここ副長室には、チリリーンと。
甘くも芯の通った音が響き、それを聴きながら縁側、肩を並べて真っ赤な西瓜を手にする二人の上には。
ゆらりゆらゆら、
まあるい硝子に描かれた、これまた真っ赤な金魚達が、夜風に揺られて泳ぎだしていた。
了