ようこそ真選組へ世間一般の仕事と同様に、この季節、ここ真選組にも沢山の手練れが流れ入ってくる。
年中募集をしてはいるが、やはり気持ちの入れ換わる時期なのだろう。門を叩く数が圧倒的に多くなる。
皆、それなりに自分の腕を信じて訪れるのだが。
そいつを計るのが現場の連中の役目。
ここは特殊な職場であるがため。身元の確認やら人格審査などは上の人間が行い、腕試しとなればこちらに寄越してくる。
不逞な潜入者か否かの判断は目鼻の利く部下に任せるとして。
放り込まれた男達は一次面接が通ったことに期待を持っているため、それを打ち砕くのが土方や沖田の仕事と云えよう。
「もういい。次だ、」
そう云って竹刀の打ち込みを止めさせたのは土方だ。
それまで悲鳴を上げる隙さえ与えずにガシガシと懐に攻めこんでいたのは沖田で。
え、もう? と云いたげな顔で竹刀の先を下ろす。
嵐のような打ち込みが止むと、ベタリと尻をつく男。
よく見ろ。口から泡吹いてんぞそいつ。
聞いた沖田は、ありゃほんとだと。汗一つ掻かずに標的を視界から外した。元より弱い輩に興味はないのだ。
「はい。つぎー」
待機列に眼をやると、竹刀だけが床に放り投げられ、豪腕の体を自慢としていた男達の姿は忽然と姿を消していた。
あれ、なんか減ってません? と、稽古着の合わせ目に手を差し込んで腹を掻く沖田は気の抜けた顔をしてみせた。
意地が悪いのか天然なのか。
人の手合いを見てこそこそと出ていく後ろ姿を土方もまた、止める気など起こらなかったのだ。
「お、お願い、します!」
返したのは、背丈はあるものの屈強の体とはまた程遠い。木の枝のような男だった。
竹刀を握る手が微かに震えている。
(......こいつも駄目か)
肩をすかした気持ちで思った土方であったが、立てた竹刀で肩をポンポンと叩く沖田は違ったようだ。
口許が楽しそうに弧を描く。
「んな緊張しなさんな。そっちから打ってきていいぜ」
「は、はい!」
土方は内心、(おや?)と小首を傾げた。
こいつが先手を譲るのは珍しい。試験だろうが部下への稽古だろうが、先に地面を蹴るのはいつも沖田からで。
蹴ったとほぼ同時に相手は倒れているか大きく宙にまっているかのどちらかだ。
そんな沖田をそそらせる男に幾分かの興味を持った。
体格は鍛えようでどうにでもなる。剣の腕など沖田を前に立たせた時点で端から期待などしていない。
見たいのは気組と、魂の強さと云うやつだ。
隙を与えて立つ沖田とは対照的に、息を静かに潜め、気を練る男。
呼吸を読まれては出るタイミングを教えるようなもの。実戦の心得は少しばかりあるようだ。
ダンッ! と、沖田に向かって勢いよく蹴られた足。地面がビリビリと揺れた。
「ほぉ」
ーー速い。
思っていた以上の身のこなしに土方は眼の奥を光らせて感心した。
懐目掛けて飛び出した男は間合いのなかに沖田を捕らえている。
先程までの手の震えが嘘だったように。繊細の皮を被った男は宙で身体を捻り、大胆にも横から凪ぎ払うように振りかぶった。
(また厄介な奴が来たもんだな)
思いながらフッと口の端が上がる。
目の前の情景は決して微笑ましいものではないが、まるで与えてやった玩具を気に入ったたように沖田が遊ぶから。
ーー総悟の奴、馬鹿みたいに楽しんでやがる。
振ったのは竹刀である筈なのに、土方の眼には刀身に映った。
殺気故か、その現象を起こせるやつを知っている。
いま目の前で、肋骨を砕かれんと刀身を受け止めている沖田だ。
実際に鳴るのは鉄と鉄とのぶつかる音ではなく。
パーン!と広い道場を震わせる木と木のぶつかり合う音。
「おい。見ろよアレ。おもしれー!」
端で自主稽古をしていた隊士達がどよめきだした。
型なんてめちゃくちゃではあるが、必死に沖田の打ち込みを弾き返し攻防する試験生に好奇の眼が向けられた。
見世物じゃねーぞと、睨みを利かせるが既に隊士達はやんややんやとその場の空気をもり立てるから。土方はやれやれと暗黙した。
芸を見せる当人達は然して気にしていないようだし。
「あぁ!惜しい! 」
「もっと脇締めろ。そこだ!」
が、上がる声は己の上司を応援するものではなく。
「誰でぃ。あとで死刑な」
無駄のない動きで攻撃を受け流しながら。細められた流し眼が外野に向けば部下達はしまったと口を紡ぐ。
日頃の沖田の部下への扱いを見ていればそん
な野次も土方は咳払いの一つで眼を瞑るしかなかろう。
沖田は頭上に振り掛かる太刀を寝かせた竹刀で受け止めた。考えなしに力任せなものではある。
しかし、前髪の隙間から覗き上げる沖田の眼は魅入ったのだ。興奮に瞳孔を開かせたそれを。
「アンタの眼ぇ。気に入った」
「え?」
野性的な眼ってやつ?
そう云った赤い舌が上唇をペロリと舐める。
男は息を乱しながらも沖田の言葉に戸惑いを見せた。
瞬間、視界がぐるりと回転していた。男は気付けば身体を浮かして天井を仰ぎ見ている。
目の前で光る汗がスローに飛び散る。
痛みはなく。吹き飛ばされたことに気付いたのは背中から強く床に叩き付けられたときであった。
何が起こったのか分からないといった様子で横たわる男の耳に届くのは、やはり息一つ乱さない陽気な声。
自分の呼吸の荒さに、思考が徐々に現状を把握していく。
「土方さーん。こいつ俺んとこにくだせぇ」
「云うと思ったよ。いきなり先陣は荷も重いだろ」
だから、玩具じゃないんだから。んな眼を輝かせてねだってもダメ。
先程までの傍観者は云い聞かせ、起き上がれずにいる男の頭の横で膝を折ると覗きこんでこう云い渡した。
「お前、中々見込みあるな。あの馬鹿相手に気負けせず噛みつくとはね」
鍛え甲斐がありそうだと、含み笑いをする顔はなかなかの極悪なもので。
土方もまた、沖田をとやかく云えない程気に入ってしまったらしい。
「終わりましたか?」
稽古場の外から投げられた声。山崎が救急箱を抱えて待機している。
闘気の欠片もない垂れ眼が、また仕事を増やしてからに、と土方と沖田に小言を云いたげだ。
沖田との手合わせを前に逃げ出した連中のうち、二人がその足元で気を失い伸びている。
見立てによれば紛れ込んだ間者であったのだろう。
目鼻の利く部下もなかなかに食えない男だ。
「おい山崎ィ。歓迎会すっから店予約しといて」
「ねーよ」
了