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    溺れたってかまわない
    沖田総悟、七夕を終え、十八の歳を迎えた夜。

    男に告白をされました。

    ぽっかりと空に穴をあけたまァるい月は、まるで今の自分の眼のようでいて。
    雲間を割って降り注ぐ月明かりは予め用意された演出か何かのようだ。

    青白い光は己の顔を照らし、男の足元から徐々に、口に咥える煙草も、それを持つ指先もはっきりと。曝していく。

    「それがアンタからのプレゼント?」

    間抜けた質問をすると土方は不服な顔をする。

    「冗談でさぁ」

    通じねえなぁと首をすくめて見せた。
    明日、いや、もう今日か。
    夜には料亭の予約を取っていることを知っている。

    「冗談で返されちゃ困る」

    煙草を乾いた地面に落とし、揉み消すついでに一歩近付かれ、より濃くなる臭い。

    「他の男の匂いつけて云えた台詞ですかィ?」

    好きだの惚れただの。

    ニヤニヤと笑って続ける冗談に、惚れたとは云ってねえと、呆れた口調で返す土方は前者を否定しない。

    「っか、妙な云いかたすんじゃねえよ。ただの返り血だろ?」

    ぐいり、赤く汚れた左頬を反対の手の甲で擦る。「ただの」と云えてしまうあたり、普通の恋愛が出来る自分達ではない気もするが。

    血を拭った手で顎を拾われて。
    上を向かせられれば、これ以上の時間は稼げそうもない。

    「俺、まだ返事してねえんですけど...」

    内心狼狽えそうになるのを抑え、自然な調子で渋れば、鼻でフッと笑われた。

    「嫌ならとっくに拒んでンだろ」

    確かに。男のいう通りだ。
    本来許しちゃいけないのだ。
    その手で触れることも、互いの吐息が吹きかかる距離まで顔を近付けることも。

    ここまで許してしまったのだ。
    今さら拒む理由もなくて、沖田は最後の空気を惜しむように、小さく息を吸い、ゆっくりと目蓋を閉じた。


    「....ん、」


    抵抗する理由も術も、いくらでもあったというのに。男からの口付けを受け入れている。
    仄かに残った煙草の味に、あぁ、いつもこの味を飽きもせず貪ってるのねアンタ。
    などと呑気な感想を持ったあとにハタリと、沖田は気付いてしまった。

    あれ? キスとか初めてじゃねえか? そういやあ。

    気付かないほうが良かった。意識するといつまでも眼をとじていて良いのだろうかとか、垂らした両手は拳を握っているが可笑しくないだろうかと、客観的な視点で自分の姿勢が気になりだした。

    キスに応えてやりたい、なんてお門違いな勘違いはされたくないが。

    ただ、癪ではないか。
    実は初めてでした、なんて知られるのも。

    そろり、気付かれぬよう眼を細くあけると、土方もまだ閉じていることに沖田は安心した。よかった、キスの仕方を間違ってはなさそうだ、と。

    なんどか角度をかえられ、離れたと思ったらまた塞がれる。それを繰り返され息が乱れそうになる。
    極力相手の呼吸に意識にむけ、吐く量に吸うタイミングを真似る。
    伊達に見よう見真似で小さい頃から剣術を覚えてきた訳ではない。
    思う沖田はここまで割りと必死であった。

    「....ふっ、...ぅ、ン....」

    キスというものが気持ちいいのかどうなのかなんて、感じる余裕もない程。

    しかし、土方の解釈はちがった。

    「はじめての割りに余裕だな」

    男はやわらかそうな目蓋を上げると鋭い眼光を沖田に向けて、楽しそうに眼が笑う。
    加減し過ぎたか? と、片方の口端をあげる土方はこれまでは味見程度だと云わんばかりに。「もっと口あけな」と、訊いてもないアドバイスをくれる。

    てか、ばれてらァ...。

    上手く着いていけてた自信あンのに。
    色々と不満をぶつけてやろうとした沖田であったが、次の瞬間、何事かと眼を白黒させた。
    ガッチリと手のひらに後頭部を抑えられ、差し込まれた舌が男の意思で生き物のように動きだす。
    とても真似を出来そうにはない。ただただ翻弄させられる。
    そいつはまるで激流に呑まれるようであった。

    「っ、ん、! んんンん?!」

    舌を絡めとられ。かと思えば吸われ。
    頭が追いつかない程の勢いで土方に口内を貪られる。
    自分は今息を吸っているのか、それとも吐いているのか、それさえも判らない。

    「ゃ、め、...ッ」

    頭では悪態吐いていられるのに、洩れる声は悲鳴にしか聴こえなくて。
    それが自分のものだなんて信じたくない。
    このままでは本当に溺れてしまう。

    膝に力が入らず、観念すると、ずるずるとその場に沖田は沈みこんだ。


    「おい。大丈夫かよ?」

    くったりとした手は土方に掴まれて。
    しかし、男は引き摺り上げることもせず、地面にへたり込んだ沖田を白々しく心配するから。

    「へんじ」

    悔しくて、睨みあげると、男はきょとんとした顔をする。

    「聞きなせえよ...」

    告白を受けたのはこちらなのだから。
    答えを出す権利が自分にはある筈だ。

    目尻が湿るのを感じ、空いた手で沖田は拭うとやけに弱々しい声がでた。

    「...俺はアンタと、こういうことするの....嫌でさぁ」

    頭、おかしくなる。

    伝えて、手を振り払い、膝についた砂埃をはたいて立ち上がる。

    早く帰りたい。
    そんな泣き言を堪え、沖田は土方に背を向け屯所に向かう。
    暫くし、後ろから男の足音が着いてくる。
    帰る場所が同じなのだから当然か。

    帰ったら、まだ起きてるであろう近藤に、十八歳おめでとうと云ってもらえるだろうか。

    あの笑顔になら子供扱いされたっていい。

    だって、


    「総悟、誕生日おめでとう」


    思い出したように云われたって、おせーよ。

    祝う余裕すらなく好きだと云った土方が、自分以上に、今日という日を待ち望んでいたことを知ってしまったから。

    振り返り、男に投げ返した。

    「次はもうちっと、大人の余裕を見せなせぇ」

    あんなの毎回されちゃ、たまったもんじゃねえと云えば。

    あぁ、と。

    男は反省の色もなくわらう。

    自信過剰だと思ってた男が、肩から力を抜き、安心したように笑うから。

    胸がきゅぅっ、と鳴った。


    「...それと」

    ありがとう、ごぜぇ、ます。

    唇を尖らせ小さく洩らす。
    これは祝いの言葉に対しての礼だ。

    だけど、

    男がくるのを待つ自分は、もう一度その手に触れられることを、望んでいる。

    アンタが大事にしてくれるなら、次は引き摺りあげてくれるなら。


    溺れたって構わない


    頭なんておかしくなっても良いと、そう思えるんだ。




    2017.7.8
    Yayoi Link Message Mute
    2019/01/19 11:08:06

    溺れたってかまわない

    【土沖】沖誕話
    ##土沖小説 ##土沖

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