誰よりも、なによりも最近土方の様子がおかしい。
面妖によそよそしいというか、そわそわしてるというか。
正直云って気持ちが悪い。
ほら、まただ。
何時ものように土方の部屋で寛いでいたら、十分と経たないうちに奴は小さく貧乏揺すりを始めて。
「ちょっと出てくる」
「何処にですかい?」
間髪入れずに聞き返せば奴は答えに詰まって、黙りこくってしまい
「いってらっしゃい」
「……あぁ」
沖田はそれ以上追及せず、煙草を胸元に仕舞い、立ち上がる土方を尻目に入れながら見送った。
気にならないと云えば嘘になるが、土方はどうも踏み込んで欲しくはないようで。
知る義理が自分にはないと、沖田は自分の胸に云い聞かせ土方と今の距離を保っている。
所詮、同じ道場で育った兄弟弟子。
気に食わないが上司と部下という間柄だ。
何処で飯を食おうが、何処を寝床にしようが、沖田には関係のない話であった。
寂しいなんて、少しも思わない。
土方が屯所に戻って来たのは夜も更けた頃だった。
土方は予想通り瞳孔を開ききって驚いた顔で敷居の前に立っていた。
「何で、此処に居んだよ」
土方が驚くのは当然だ。日中勝手に入り込むのは常となっていたが、皆が寝静まったこの時刻に此処へ訪れたことは今までにない。
「……総悟?」
問いに答えないでいたら怪訝な顔をし部屋に入ってきて、後ろ手でタン、と戸を閉めた。
不思議に思ったのは其れだけではないだろう。
膝を抱え坐っていた沖田は、土方を見るなりふと俯いてしまったのだ。
沖田がしゃがみ込んでいる処までやって来ると、土方は すっ、と腰を下ろした。
その時にふわりと、何時もの煙草の匂いに混じり、甘い香りが鼻孔を擽った。
「……どこ、行ってたんですかぃ?」
聞き取りにくいほど小さな声で、目を向け土方に問い詰めた。
聞かなくとも、本当は分かっている。
女の処だ。
「……テメェには関係ねぇところだ」
「土方さん!」
そんなことは百も承知なのだ。
しかし沖田が此処で食い下がらないのは心の底に確証めいたものがあるからだ。
「あんたっ、何で俺をそんな目で見るんです!?」
俺はあんたが思うほど馬鹿じゃない、
沖田は吐き捨てるように叫んだ。
土方の目には驚きの色が浮かんでいたが、面にださないよう口をつぐみ、冷静を保とうとしている。
それすらも沖田には分かってしまう。
それだけ、長い時間を供に過ごしてきたということだ。
「気づいてないとでも思ったんですかい?」
皮肉めいた笑いを込めて云えば土方の片頬がぴくりと動いた。沖田の云わんとしていることに気が付いたのだろう。
「あんた、……本当は俺のこと」
――好きなんでしょうが。
言葉にできたのは途中まで。
沖田は後ろに押し倒され、背中に痛みが走ったが、今そのことはどうでも良かった。
唇を塞がれた行為が土方の唇によるものだと知ったとき、頭が真っ白になり沖田の思考をとめた。
「お前は俺の部下で仲間で……、それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
云っていることとしていることが矛盾だらけだ。
唇はあんなにも温かくて、真っ直ぐと向ける瞳はこんなにも優しい。
けれど、
「酷え野郎だ」
笑って云えば、知らなかったのか? と何時もの仏頂面で云い返された。
知ってますよ、
あんたが姉上を振った時からそのくらい。
知ってますよ、
最初で最後のキスだったことくらい。
ずっと隣に居たのだから、
「くわえてヘタレだ……」
誰よりもあなたのことを、知っています。
了