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    次の年を迎える前に気付いたら走りだしていたんだ。

    向かう先にあの人がいる保障なんてないのに。沖田は白い息を吐き散らし、照らされる街灯の下を突っ切った。
    凍てついた鋭い空気が乾燥した頬をきる。
    雪でも降りだしそうな寒空のなか、忙しなく肺が動くから、走っても走っても息を吸いこむたびに身体のなかが冷えていく。

    走れば10分ちょっとで着くその距離が今の沖田にはもどかしかった。
    煙草の自販機を曲がりシャッターの下ろされてる自転車屋の横道に入ってそのまま道沿いに。

    (いま、何時、だ......?)

    家を出る時にみた時計は23時45分を回っていた。
    何度も通ってる道だが、沖田が自分の足で歩く機会もだいぶ減ったように思う。
    昔はよくこの道を駆けていたが、今はあの男が車を出してくれることが多くなった。
    車内が暖房で暖まりきる前に着いてしまう距離だというのに、随分と甘やかしてくる。
    しかし家に着き沖田を下ろすと、その時に必ず出る決まり文句が、

    「おい総悟。明日までの課題、忘れるなよ?」

    ドアを閉めた沖田に向かって、パワーウィンドウを下ろし、中から教師らしい言葉を投げてくる。
    しかし教師と生徒として括るには、らしからぬシチュエーション。
    歳の差こそあるが、近所に住む土方は沖田が幼い頃からこうしてよく世話をしてくれていた。

    「へいへい。わかってますって」

    背中をひるがえし続ける言葉に、後ろでバツの悪い顔をしていることを知っている。

    「んじゃ、おやすみなせェ。

    土方せーんせ」





    すっかり悴んだ手でペンキの剥がれた手摺りを掴むと、たぐり寄せるようにし勢いよく沖田は階段を跳んで上がっていく。
    部屋の前の廊下は外に面しており、雨除けの屋根はあるがいかんせん、ダンダンダンと、沖田が蹴って響く足音を遮るものは何もない。
    夜分に近所迷惑であっただろう。
    だが、今夜は大晦日だ。
    どこの家も光を洩らしていて、あの人の部屋の前まで続くこの通路だっていつもより明るく、沖田の足を臆すことなくしっかりと前へと踏み込ませた。

    目的の部屋の前に着くと、そこは隣の部屋と変わらず小窓から中の光の様子が窺えた。

    (......いた......)

    約束をしてここにきた訳ではない。
    いつもなら居て当たり前の時間ではあるが、年を跨ごうとしているのだ。
    土方にだって友人はいて飲みに出ている可能性だって充分にあった。

    携帯で電話して確認する時間さえ今の沖田にはなくて、今も息を整うのも待たずに、寒さで震える指は呼び出しボタンを押していた。
    返事する猶予も与えない速さでカチカチカチッと。

    「だー! うるっせェ?! 誰だよ。こんな時間に....」

    一回鳴らしゃわかるっつーの。
    怒声と苦言を放ちながらも部屋の中から足音がドアに近付き、ガチャリと鍵を回す音がした。
    そこからドアが開くまで、沖田には緩慢な動作に感じられた。男はそんなつもりはないのだろうが、気持ちが焦っている分酷く焦される。

    「って、......総悟?」

    部屋の光が開いていくドアから差し、顔や身体を徐々に照らす。
    中から驚いた様子の土方が沖田を確認すると、間抜けたような声をだした。
    相変わらず沖田の息は酷く乱れている。
    喉からヒィハァヒィハァ隙間風のような呼吸音をたて、そいつが土方の後ろから聞こえてくる先程まで家で観ていた年越し番組のテレビの音を上から掻き消した。

    どうやら間に合ったようだ。

    まだ、年は明けていない。

    「ちょ、待っ、て。ゲホッ、ゴホッ....ぅえっ」
    「......おい、なんだってんだよ。なんかあったのか?」

    突然の来訪なうえ苦しそうに咳き込む子供を見て、訳がわからず心配する土方は前屈みに背中を丸める沖田に手を伸ばそうとした。
    伸ばそうとしたがその手を制すように、沖田は大丈夫、大丈夫だからと、手のひらを向け土方が触れることを拒んだ。
    そうして膝に手をつき丸めていた背をゆっくりと起こし、顔を真っ直ぐに土方へと向けた。
    バクバクと動く心臓を服のうえから握りしめ、とめどなく冷気を流し込んだせいで内壁が貼りついたのではないかと思わせる喉から先ずは熱い息を一つ吐き出す。
    その息がか細く震えていたのは、寒さからだけではない。

    「アンタ、終業式の日に言ってたろィ?」

    それは教壇から、生徒に向かって。

    「今年やり残したことは、来年に持ち越さねーように、って」

    出来る事があるなら、ちゃんと片付けてから新年を迎えろよと。

    「だから......来やした」

    本当は土方に言われなくてもずっとこうしたかった。
    去年だってそれは叶わず今にまで持ち込んでしまい、随分と苦しい想いをしてきたから。

    「......今年で、終わらせるから」

    もう、引きづらねえから。

    息の詰まった声で続ける沖田の言葉を酷く困惑した顔で聞いている土方は、しかし、しっかりと沖田の眼を見つめ返し受けとめてくれている。


    「先生、......俺は......あんたが好きです」


    言った。言ってしまった。
    ずっと胸に燻っていたこの言葉を伝える事を、沖田は年の始めに何度心にきめてきただろう。
    乗せられた車の助手席から何度横目で男を見上げ、気付かれそうになると慌てて前に向き直り尻ごみをしてきただろう。

    それをようやく叶えたのだ。

    「......総悟」

    返事などは初めから期待してはいなかった。
    土方の困惑していた顔が次第に引き締まり、学校で見るものへと変わる。
    沖田の名前を口にしただけで薄い唇を結ぶから。
    尚に期待は出来なかった。

    訪れた沈黙が実際に長かったのか短かったのかはわからない。
    だけどとてもじゃないが一秒だって今は堪えられそうにない。

    「すっきりしやした。これで新年気持ちよくスタートを切れまさぁ」

    首に巻いたマフラーを上げて、へらりと笑ってみせた口許を隠す。

    それじゃあ先生、よいお年を。

    尾を引き後味が悪く感じたのは、普段は使わない挨拶だったからか、それとも土方を『先生』と呼ぶことに未だ慣れていないからなのか。
    どちらにせよ、晴れ晴れとした気持ちから程遠いのは確かで。
    沖田は光のあたらない元来た道をまたも駆けて帰ろうとした。
    それが叶わなかったのは、背中を向けた沖田に伸ばされた手が強く腕を掴んだからで、驚き振り向こうとしたらそのまま勢い良く引かれ視界が急に眩しくなった。

    土方が沖田を部屋のなかへと入れたのだ。
    後ろで強く扉が閉まるや否や、沖田は身体に圧をかけられ、土方によって身体をドアに押し付けらているのだと気付く。
    顎をすくわれ後頭部がドアの硬い面にぶつかるがそんな痛みも気にはしていられない。
    こんな乱暴な土方を沖田は知らないのだ。
    噛みつかれるかと思った。口を。
    しかし土方は寸でのところで止まり、体勢だけがただただ密着しているだけとなる。

    土方の動きを止めたのは後ろのテレビで。

    さぁ皆さん! 年明けまで3分をきりましたよー!

    女性アナウンサーの声にわあっと盛り上がる歓声。字幕で開始されたカウントダウン。

    「ちっ......」

    あと3分あんのかよ。長え。

    誰に向かって言っているのか、舌を打つと苦しげに洩らす土方に今度は沖田が困惑させられていた。異様に近いのだ。土方の顔が。
    冷えきった唇に温かい吐息がのるほど。

    「先、生......?」
    「自分で言った手前、投げ出せねえだろ、くそッ」

    それは今年の目標というより決意であり、この子供を前に理性を保つことを自分に誓っていた。

    「俺が立てたのは自制だ」

    吐き捨てる土方の射抜くような鋭い眼を目の当たりにし、それがいま何を欲しているのか、また自制しているのか。分からぬほど沖田は子供ではない。

    「我慢......、してたんで?」
    「あぁ、ずっとな」

    そいつは気付いたら。小憎たらしい口を叩きながら昔っからよく引っ付いてきて。
    あぁ、これでもなついてんのか、そう思えば悪い気なんてせず。
    いつだって懐に入ることを許してきた。

    許し、すぎた。
    こいつは俺が思ってたより随分と素直で、可愛げがあって。

    「俺は昔っから、オメェが可愛くて仕方なかったよ」

    ふっと笑った息を聞いたのを最後に、耳から音が遠のく。
    「5秒前!」という声が上がり、大勢の人々が胸をはずませ声を揃える。

    そうして刻んでいく時間は年の終わりに向かって、一歩ずつ歩み寄る。

    土方の顔もまた近くなる。確かに沖田の胸のなかでもカウントダウンは刻まれていたが、騒ぎ立てずにやけに静かでいて。
    眼をつむった瞬間にテレビのなかはここ一番の盛り上がりを見せた。花火の音さえする。

    それよりもだいぶ控えめに重なり合った唇は今の二人からしたら祭り事よりも刺激的で。

    「んん、っ、......ひじ、かた、さ......」

    狭い玄関、沖田を支えるドアがガタガタと鳴いた。顎をすくわれ反れる喉。口内を深く深く貪られていく。

    「先生、だろ?」

    くすりと笑う土方は煽ると同時に歯列の裏を舌でなぞってやる。
    「んー?!、んぅ」と、くぐもった声をあげることしか出来ない沖田はうっすらと眼を開き懇願するように土方の眼を見た。

    「せ、んせ、....はっ、」

    も、苦しい。訴えるが、

    服越しでもわかる。身体を熱に浮かせ、水の膜を張った瞳で見るから、無意識に男から理性を奪っていることに気付いていない。厄介な奴だと土方は思った。

    「っと、」

    足の力が抜け耐えきれないといったようにドアに凭れかけてた背がずりずり落ちていくから、土方は唇を離し、沖田を脇の下から支えた。

    そうしたら、

    「先....生、....今年の目標も」

    自制にしたほうが良いんじゃねえの?

    そう言って、浅い息を繰り返し赤くした顔で悔しげに睨んでくるから。

    「誰がすっかよ。抑えてきたぶん、今年は自分の欲に忠実に生きてやるよ」

    いま決めた。ずるい顔で笑って言う土方に沖田はそっぽを向くが、覗く耳はやけに赤い。

    「勝手にしなせぇ......」

    とは言ったものの、


    「なぁ。このままベッドに行くのと初詣に出んの」


    どっちがいい。


    なんて。
    手のひらで頬を包まれ額と額をコツンと当てて訊いてくる大人に、主導権を託してはならないことだけは瞬時に察した。

    「~~っ、初詣に決まってんでしょ....!!」

    叫ぶ沖田にりょーかいと。イタズラが成功したようにくしゃっと歯を見せて笑う土方は車の鍵を手にするから。


    あぁ。

    叶ったけど、

    敵わない。



    まだ交わされていない新年の挨拶は、
    初詣に行ってから


    打倒土方。


    そいつを祈願したあとだって遅くはないだろう。


    それが、今年の目標になるのだから。





    2017-12-31
    Yayoi Link Message Mute
    2019/01/19 12:59:36

    次の年を迎える前に

    【土沖】パロ
    教師と生徒で、近所のにいちゃんでもある土方さん。
    ##土沖小説 ##土沖

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