風雲の魂は再会す【ATTENTION!!】読む前に確認お願いします
・「鬼滅の刃」二次創作作品です。
・原作登場人物♂×夢主♀です
・モブがかなり話します
・現代パロです
・文章は拙いです
・ご都合主義です
上記の点確認の上、自己回避よろしくお願いします
なんでも許せる方のみお楽しみくださいませ!
いつもなにかが足りないと思ってた。
大事な家族は生きている。
懐かしい顔ぶれも成長と共に再会した。
尊敬する御館様の元で働く毎日に不満などない。
それなのに、俺の体にはいつも冷たい風が吹き込む穴が空いている。
いつになったら穴は埋まるのか。
それとも空いているのが正しいのか。
穴が空いていることが寂しいのか悲しいのか。
俺にはそれさえわからなかった。
とある日の昼下がり。
俺はいつものように仕事をこなしていた。
御館様、というか産屋敷家は今日まで連綿と血を繋ぎ、産屋敷グループとして業界に大きな影響力を持つ。
その秘書兼BGとして勤める俺は、御館様への取次を求める声やあまね様が纏めてくださる予定を受けて御館様の動きを整理しサポートするのが仕事だ。基本的に御館様について動く仕事のため、外回りが少ない今日のような日は割り当てられた部屋で普段貯まってしまう書類整理に明け暮れるわけである。
「おーやってるやってる。元気か!不死川!」
「なんでてめぇがここにいやがる。宇髄ィ!」
そんな俺の部屋にノックもなしに入ってきやがった図体もでかけりゃ態度もでかいこの男。同じ会社に勤める仲間ではあるがこいつの担当業務は”営業”。俺とは畑違いもいいところである。
まあ、同じ過去の記憶を持つもの同士仲は悪くねぇんだが…。
「ひでぇな!せっかく差し入れ持ってきてやったってのによ!」
そう言って差し出された紙袋には某カフェスタンドのロゴが刻まれ湯気のたったカップが一つと何かが入ったタッパーが一つ。
「嫁が作ったはいいものの作りすぎで消費が追いつかなくてな!お前好きだったろ?」
「…ああ。それなら遠慮なくもらうわ。」
どうやら中身は俺の好物らしい。どうせこいつが来たことで集中が切れてしまったのだから、と俺も休憩に入ることにした。意外と根を詰めていたのか肩を回すと聞きたく無い音がしてくる。
「いい小豆使ってるから旨いはずだぜ!あ、休憩入るならテレビつけていいか?俺今日朝から忙しくてニュースとか観てないんだよなぁー」
「勝手にしやがれ。」
一応大手の営業を担う人材のくせにそれで良いのかと思わないでもないが、本人にも自覚があるからこそ今からでも見ようとしているのだろう。
プツリと映像を映し出したテレビに俺も視線を向けた。どうせ見るのはニュース番組なのだから、俺自身の情報のアップデートもしてしまおう。
ーそれではここで今日のお写真のコーナー。視聴者の皆さんが送ってくれたとっておきの一枚をご紹介します!
「あーこりゃ次の番組待った方が良さそうだな。」
「たぶん次のやつの方が詳しい番組だったはずだァ。あと五分もないだろうから大人しくつけて待ってろ。」
「おー。」
どうやら前の番組はもう締めに入っていたようだ。前見たものと同じ流れならこの後より詳しい番組に切り替わるはずだと宇髄に伝えれば気のない返事が返ってくる。どうしたのかと宇髄に視線をやると意外と真剣にテレビを見ていた。そこでふとこいつが芸術には明るいやつだったことを思い出す。言い方は悪いが所詮素人が撮ったものだ。だが写真も一種の芸術作品であることに変わりはない。ならば俺もしっかり見てみるかともう一度テレビに視線を戻した。
ー次はこちらの写真です。いやーみずみずしい花が美しいですねー!
ガタッ
「あ?おい、どうした。なんかあったか?」
宇髄が取り乱す姿が視界の隅に映る。だがそんなものは気にしていられなかった。
写真。そう写真だ。ピントが合っていたのは花に対してだけど写っていたのは花だけじゃない。遠目に同じく花に水をやる女性の姿。手元を覗き込んでいるのか顔は見えない。でも、それでも、彼女だとわかった。
長く己が抱えていた喪失の正体。それには彼女が関わっていると本能が告げていた。
ーそれではまた来週。皆さんのお写真をお待ちしています!今日ご紹介した作品は後ほど公式ホームページで公開しますよ〜お楽しみに!
いつのまにか番組は終わっていたらしい。
「なぁ、不死川大丈夫か?あの写真見てから目が血走ってて恐ろしいことになってんだけど?」
「大丈夫だ。いや、大丈夫ではねぇか。なぁ、宇髄。お前に頼みたいことがある。」
「いや、大丈夫じゃねぇのかよ!まぁいいけどよ。なんだ、頼みって。お前からなんて明日雨でも降るんじゃね?」
何か失礼なことを言われているような気もしたがそんなことがどうだっていい。俺ははやくあいつを探し出して会わなきゃいけねぇ。
「さっきの写真に写っていた人と会いたいんだ。どうにかならねェか。」
「は?さっきの写真って今終わったコーナーの?」
「無理か?なら違う手を考えねェと…」
「いやいやいや!無理とは言ってねぇよ!ゴホン。俺の伝手を使えばおそらくなんとかなるぜ。ただ、理由だけ教えてくんねーか?さすがに違うと思うがお前が犯罪目的で、「ちげーよ!」だから違うと思うがって言ったろーが!殴んな!」
手が出たのは悪いと思うが、あらぬ疑いについては抗議したくもなる。犯罪目的ってなんだ。するわけねーだろ、御館様にご迷惑がかかる。そう言うと宇髄は問題はそこかよと深いため息をついた。
”あの写真を撮影した人を見つけました。女性の実の兄のようです”
そのメールが探偵から来たのは依頼してから一月経った頃だった。
あの後、宇髄が紹介してくれた探偵はその筋では腕利きとして評判らしく、俺はすぐに仕事を頼んだ。やはり、誰が撮ったのかもわからない写真に写っていた人を探すと言うことで時間はかかると言われたが、それでも俺は時間がかかってもいいと依頼を受理してもらった。
宇髄は俺の抱く喪失について話した後、俺ほどではないが何か足りない感じることには共感してくれた。パズルの1ピースが欠けている、そんな感覚だそうだ。だが、それは俺の話を聞いてから抱いた感覚で、今までは気づかなかったらしい。
俺はこの話を聞いて、彼女は宇髄にも関わっていたのではと仮説を立てた。もしこの仮説が正しいとすると他の隊員、特に柱には彼女との関わりがあるのかもしれない。漏れなく全員が忘れている関わりが。それを確認するためにも彼女と会わなければいけない。
だからこそ、メールが来てすぐにコンタクトを取ったのだが、断られることも視野に入れていたというのにのにあっけなく会ってくれることになった。
そして今日、俺はここで写真の撮影者であの女性の兄である人と会う。ここは半個室の席が大半を占める喫茶店で、格式も高めのため客のプライバシーを守るために仕事でもよく使う。だからこそ相手から指定された時に驚きはしたが相手もここをよく利用する立場の人間だとすると納得できる。
(なんで会うことを受け入れてくれたのか。それはまだわからねェままだが、アイツに関する情報源はここしかねェ、んだよな。)
カラン
約束の時間が近づいたと思ったその時、店のドアが軽やかな音を立てて客の訪れを知らせた。入ってきた男性客は店員の案内をことわり、こちらへと歩いてくる。俺はすぐさま席を立った。男は待ち合わせの目印と言っていた中折れ帽を静かにはずした。
「失礼、待たせてしまったでしょうか。」
「いえ、こちらが来ていただいているのですからお気になさらないでください。…写真の件でご連絡した不死川です。」
「蔵宇土です。…えっと、座りましょうか。」
ぎこちなく挨拶を終わらせ、俺たちは席に座った。お互い注文したコーヒーが届き、口を潤したところで蔵宇土さんがカップを置いた。
「さて、それであなたはなぜ妹を探偵などを雇うまでして調べていたのでしょう。」
とんでもなく直球な始まりだ。少しは世間話とは言わないまでもこちらのことを聞いてくるかと身構えていたというのに。
そんな内心をわかっているのかいないのか、蔵宇土さんはその問い以外声を発しない。じっとこちらを見据えている視線に、余計な話をするべきではないと確信した俺はゆっくり口を開いた。
「…探していたんです。」
「探す?」
「いつも何か足りない、隣にだれかがいない。そう思って生きてきました。漠然としているとはわかっています。でも、俺はそうやってここまで生きてきました。絶対に隣に、そばにいるはずの片割れがいない。そう感じていた。ですが、そんな俺の視界にある写真が目に止まった。」
「それがあの写真だと?」
「はい。地元ニュースの写真コーナーで、地元の人たちが投稿した写真を投稿するものでした。そこに、写っていた人影に私はなぜか心惹かれた。顔も写っていない。ただ、生き生きとした花を主体にしている写真で、水を与えている女性の後ろ姿が映り込んでいただけだった。今まで一度も感じたことがないくらい懐かしく感じた。だから探してみることにしたんです。一眼だけでもいい、自分がたりないと思っている誰かが本当に彼女なのか。知りたいとおもったんです。」
実は懐かしいと感じただけじゃない。それだけなら過去にあった人や幼いときにお世話になった人とかいろいろ可能性が出てくるからだ。あの人影に感じたのはそんな言葉で収まるような感情じゃなかった。ただ焦がれた。
”あいつ”の隣にいるのは”俺”なんだ、と。
「懐かしさ、ですか。会ったこともない人に。…普通じゃないですね。」
「…そうですね。正直、ストーカーだのと誤解される可能性は考えていました。だからこそ、こうして話を聞いていただけるだけでも感謝しています。」
「私が訴えるとは考えていないんですか?」
「考えていないと言えば嘘になります。ただ、それも覚悟の上でこの場にいると思っていただければ。」
「…なるほど。」
そう言って蔵宇土さんは何か悩むように口を閉じた。
「…我が家に伝わる話なんですけどね。読んでいただけませんか。」
そう言って蔵宇土さんは一つの書物を差し出した。
急な話の展開に驚いているのは相手もわかっているはずだが、相手は再び沈黙の姿勢だ。ならば読むしかないのだろうと、俺は目の前にある本のページをめくった。
"これを読む後世に連なる者たちへ
どうか先祖たる私の愚かな行為を忘れず伝え続けてほしい
そして願わくば、この非礼に報いることができる後世がいずれ訪れることを願う
我が家は両親と真ん中の子だけが女の子の三人兄弟の五人家族でした
ある事件によって弟と両親が亡くなり、兄は家を継ぎ、妹は兄を守ると言い残し家を出てしまいました
それから妹は、家に帰ることなくお金を送り、兄とは手紙を交わすだけで数年経ちました
しかし、あるとき珍しく妹が家に帰ってきました 妹の出稼ぎ先の雇い主の子供を匿う場所を用意してほしいと"
(この話は…)ドクリと拍動が大きくなった気がした。
"兄は急いで準備しました
父から継いだ店はそこそこの大店で資金はありました
それに、珍しい妹の頼みを断るなどできなかったのです
妹の頼み通り、兄は子供たちには少し大きすぎる立派な屋敷を準備し、無事に匿いました 妹は兄に礼をすると兄はこれ以上この屋敷に関わらないことを約束させました
そして、自分がいれば子供たちが見つかる可能性が高くなること、向かわなければならない場所があること、支えなければならない人がいることを告げ、一つのカラクリ箱を兄に託し去って行きました
兄は、なんとも言えない悪寒のようなものを感じていましたが、覚悟を決めた顔をした妹を引き止めることはできませんでした
それから数ヶ月後、兄のもとに一人の男が訪ねてきました
男は小さな白い包みをたずさえ、兄に向かって深く頭を下げました
男は妹の死を伝えにきたのです
兄は男の胸ぐらを掴み取り殴りかかりました 兄にはわかっていたのです
その男こそが、妹が支えたいと言っていた者なのだと
兄は何度も罵り顔や身体を殴りました
男は兄より身丈も大きく硬く鍛えられた体躯をしていました
それでも、兄に殴られるまま抵抗などひとつもしませんでした
男は兄が殴るのをやめると背に負っていた荷物と、両手に抱えていた小さな白い包みを差し出しました
兄は渋々受け取りました
男は再び深く頭を下げると、静かにその場を離れていきました"
ここまでは知っている。知っているはずがないのに。
ドッドッドッ
さっきよりも速く、もはや全力疾走した後のように心臓が動いている。脂汗がどんどん顔を伝っていく。それと同時に目まぐるしく脳に流れ込む記憶があった。
俺はその記憶が流れ込むままに本を読み進めた。ここからはきっと今から流れ込む記憶にはないものだと訳もわからず確信していた。
"兄は男が去ってからしばらくの間、妹の死を受け入れることができませんでした
それでも、優しい妻や己の子供たちに支えられ、ひと月後にはなんとか妹を両親と弟がいるお墓に入れてやることができました
それからもうひと月かかって、今度は妹の遺品を整理しようと思えるようになりました
うつくしい暁鼠色の布に包まれた妹のかつての持ち物たちは、どれも丁寧に扱われていたのでしょう、放置していたとは思えないほど綺麗な状態を保っていました
兄はそこで包みの一番下に一つの便箋を見つけました
表書きには「遺書」と書かれていました
兄は恐る恐る封を切りました
そして、その内容を読み終えると泣き出しました
みっともなく、外聞など何も考えていられませんでした
なぜなら手紙の内容は、妹が兄の自分から離れて過ごした半生の全てが綴られていたのです
その中では出稼ぎ先の同僚や上官、とりわけ兄を訪ねてきた男への感謝で埋め尽くされていました
妹は、そんな恩ある仲間たちを守るために奔走していたのだと気づいたのです
そして、男のことを心から思っていたのだと 兄は理解してしまいました
それは男も同じだったのだと
妹の遺書によれば、男は妹の直属の上官にあたるようでした
それならば、妹の遺骨や遺品も部下に任せることもできたはずでしょう
だが男は妹を自らの手で自分の元に返してくれたのです
責められることも承知の上で
今になって思えば、男は兄に罵られている間、きつく拳を握り締めていました
片手は指を失くしていたというのに
殴られるままだった顔や体には傷を負っていたのか治療の跡がありました
それでも男は何も言わず、ただ頭を下げるだけだったのです
謝罪の言葉がなかったのも、兄は自分も男であるからわかってしまいました 男にとってそれが親類である兄へ向けたこれ以上ない誠意だったのだと
兄はひたすら泣き続けました
妹の大事な人に、見ず知らずの自分に、妹の兄だからと誠意を見せてくれた相手になんたる失礼をしてしまったのだと
泣いて泣いて泣いて、ようやく涙が枯れる頃、兄は妹の遺書の最後に小さく添えられた一文を見つけました
「この封筒の中にカラクリ箱の鍵を入れておきます。どうか箱の中身を大事にしてください。あれは私の魂です。」と
兄はそこでようやく妹に預けられたカラクリ箱の存在を思い出しました
すぐさまカラクリ箱を取り出し鍵を使って箱を開きました
そこには一振りの懐刀と一つの刀の鍔が入っていました
懐刀は雲紋と風車の意匠が美しく彫り込まれた逸品で、とても大事に扱われていたのか艶々としていました
一方、鍔の方は傷だらけで一部が欠けていました
しかし、風車を思わせるその意匠にはその傷すら貫禄のように見えました
何を持ってこの二つを妹が魂と評したのか兄にはわかりませんでしたが、そんなことは兄にとってどうでも良い事でした
兄は妹に託されたものを守り続けるとその二つの遺品に誓いました
それから一年も経たないうちに、ふたたび兄を訪ねる者がいました
全身真っ黒の服を身につけ、顔も布で覆ったその人物はある者から妹の家族である兄へ返却する物があり、自分はその代行者だと名乗りました
兄は、遺品は返してもらったはずだと伝えましたが、黒服の代行者は首を横に振りました
「風柱様からの最後の御命令なのです。」と
風柱とは、あの男に対して妹が使っていた呼び名でした
兄は代行者を家にあげることにしました
代行者は一本の細い包みを兄に差し出すと同時に風柱からだという手紙を手渡しました
兄はすぐさま封を切りました
…いいえ、それは嘘です
本当は少し躊躇ってからゆっくりと手紙に手をかけたのです
兄は恐ろしかった
かつて、男に対しておこなった自分の行為について書かれているのではないかと不安だったのです
ですが、中身はまるで別のことでした
そこには男の外見からは少し想像ができないような流麗な筆跡が並んでいました
手紙には今回の遺品の返却の不備に対する謝罪と理由が書かれていました
その理由を見て、兄は再び涙が止まりませんでした
返されなかった遺品とは妹の刀だったのです
妹はその刀を振るう力を認められて、男のそばで働いていたのです
男は妹を家族の元に返せても、この刀だけは手放すことができなかったのだと綴っていました
ならばなぜその刀が返されたのか
そう代行者に尋ねると黒服の代行者は静かにこう答えました
「風柱様はお亡くなりになられました。その刀をお返しすることは風柱様の遺言だったのです。」と
「風柱様はご自身の刀を折ってしまわれてから、その刀をとても大事になされていました。…きっと彼女を重ねていたのでしょう。どうか風柱様をお責めにならないでいただきたい。」
そう続けて黒服の代行者は頭を床につけました
兄は彼を責めることなどできませんでした
こんなにも妹を思ってくれた男に対して感謝すらしていました
また、そんな男にあんな仕打ちをした自分に腹を立ててさえいました
兄は代行者がいとまを告げ、帰ろうとする際一つ約束をしました
それは、妹の魂たる遺品同様、男の思いのこもったあの刀も守り続けると誓ったのです
黒服の代行者は目に涙を溜めながら大きく頷き一度深く礼をすると、音もなくいなくなりました
ここまで読んでくれた子孫たちよ
きっと気づいているだろうがこの兄というのが筆者である
筆者は、仏道に通ずるものなどではなく一介の商人である
だが、輪廻転生というものが本当ならば、妹と妹が愛した男に報いることができる生がきっとあるはずだ
どうかその時が来るまで、この悔いと二人の遺品を後世に伝え続けてほしい
もしその世に私がいなくても、意志が残った品たちにかけられた思いだけでも彼らに伝えたいのだ
この上なく恥晒しの願いだと理解している
だが、これを筆者の遺言の一つとして後世につなぐことを当主の役目とする
絶えることなく彼らの生まれ変わった世に届くことを切に祈って"
がばりと本から視線をあげた俺の目の前にいたのは、戻った記憶の中で一度しか見たことのない顔とよく似ていた。
そしてそれは、今ようやく思い出せた最愛の面影があった。
「…その顔は思い出されたのですね。改めまして、お久しぶりです風柱様。」
その一言で相手にも記憶があることを確信した。まぁ、あんな本を見せてきた時点であるだろうとは思っていたが。
「お久しぶりです。まさか今世でもお会いするとは思っていませんでした。」
「そうですか?私は貴方様を探していましたよ。まさかそちらから接触があるとは思っても見ませんでしたが。」
ああ、こんな会話をすることができるとは。あの時はつゆほどにも思わなかった。俺と彼の関係は、妹を失った兄と部下を救えなかった上官、という一方的とはいえ最悪の印象しか産まないものだったからだ。
なのになぜ、彼は俺を探していたのだろうか。この本の作者がかつての彼だというならば謝罪のため、だろうか。
「あ、言っておきますが恨み言とかを言うためではありませんからね。ただ謝りたかったのです。」
やはりそうか。そう俺は独りごちた。この本には彼の後悔が滲んでいると言ってもいい。それは読んだ俺自身もよくわかっていることではあるが、俺はすぐに首を横に振った。
「本に書かれていたように、でしょうか。それなら無用のことです。本に書かれていたお気持ちはわかりましたが、自分も一人の兄としてあの反応は正しいと思っています。」
「…貴方様ならきっとそうおっしゃると思っていました。ですが、あのとき綴った思いは確かに私の思いなのです。妹の遺言に書かれていましたから、鬼殺隊がどういうものでどんな働きをしていたのかも知っています。私と妹の両親の仇が鬼であったことも。それも踏まえた上で、謝罪をすることを許していただきたい。」
そう言って深く頭を下げる彼を俺はただ見ていた。…いや、見ることはできない。なぜなら、そんな扱いを受けるわけにいかないほど前世の俺の業は深い。
「それでも俺はあなたからの謝罪を受け取るわけにはいかない。」
いつの間にか自分のことを俺と言ってしまっている。やはりこんなところで将来の粗野さが出てしまうのだろうかとそんな些細なことに自嘲するしかできない。
「…何故と聞いても?」
「あの時、あなたの大事や家族を助けられなかったのは紛れもなく俺だったからです。俺はあいつを見殺しにしたのも同然だった。」
そう、あの最終決戦のとき。
俺とあいつそして悲鳴嶋さんと上弦の一の鬼を倒した。俺はそこでたった一人の肉親である弟をなくし、鬼無辻への怒りと憎しみが体の中を渦巻いていた。
だから気づかなかった。
「実弥さま、私を置いて先にお進みください。」
普段だったらその危険性を考えるべきだったのに。
「流石に少し血を流しすぎました。息を整えてから追いかけます。」
いつもだったらあいつの嘘に気づけたのに。
「だから貴方様は先に行ってください。きっと貴方の力を必要とされているはずです!」
今更なにを言っても遅い。俺はあのとき気づけなかったのだから。
「鬼殺隊のことを存じ上げている前提でお話しします。あなたの妹であり、俺の副官でもあった彼女が死んだのは鬼の親玉を討つ最後の戦いの時でした。俺たちと仲間は分断され、各々親玉を殺す前に親玉直近の部下たちを相手にしなければならなかったのです。」
ああ、そうだった。
俺はこの事実に生涯悩み続けていた。だというのに、忘れていたとは情けない。
流石に過去の時点で生まれ変わる自覚があったわけではないから仕方のないことかもしれない。だが、あの戦いが終わった後の俺は、きっと死んでもこの事実を忘れないとほぼ確信していたように思う。
「親玉の部下は今まで相手にしていたものとは段違いの強さを誇りました。激しい戦いは犠牲を生み、俺の弟が死にました。最後の肉親で、絶対に守りたい存在だった弟の死。だからこそ俺は理性を失いました。自分の血の特性を忘れるほどに。」
話をしていくに連れて、蔵宇土さんの顔色が悪くなっていく。それはわかっていたけれど、この話は絶対にしなければいけないものだ。俺は口を動かすのをやめなかった。
「隊の中では稀血と呼ばれていました。鬼が食べると力が増すと言われている血です。自分の身体に流れているのはそんな血でした。」
今の俺の体に流れている血が、あの時と同じ特性を持つものなのかは鬼のいないこの世ではわからない。
けれど、俺があの時代、戦いにおいてあの血を利用していたことは確かな事実として記憶に残っている。もし同じ状況に陥ったとしたら、俺は迷いなく己の腕を斬りつけるだろう。
「稀血の特性は鬼を呼び寄せる。とりわけその力が強く、鬼を酔わせてしまう程だった俺の血が大量にあった部屋にあいつは残ったのです。俺や他の仲間には先に親玉の方は行けと言って。自分は呼吸を整えて後から追いかけると偽って。」
「それは…。」
その事実に気づいたのは全てが終わった後だった。最後の戦いの後、蝶屋敷で俺はあいつの訃報を聞くことになったのだ。
あいつの最後を見とったのはあいつの鎹烏で、そいつはあいつの最後の言葉、俺に生きてほしいという願いを伝えてすぐ、主の後を追うように死んでしまった。呪い札も外していたため、誰もその最後の奮闘を知る者はいない。
それでもあの部屋にはおびただしい血が残り、あいつの体もボロボロだったという。
「それでもあの人は笑っていました。」
蝶屋敷で報告を受ける俺に、同じく主をなくし、これから新たにこの屋敷の主人となる少女が言った。もう何度も泣いたのだろう、その目の下は赤く染まっていたけれど、もう潤みはしていなかった。
俺はそれを聞いて涙も出なかったというのに。
「あいつは最後に俺に”生きろ”と言ったと伝えられました。そう言われたら、俺に死に急ぐ理由はありません。痣を出した者の寿命とされる二十五歳までとはいきませんでしたが、俺はなんとかその生涯を静かに過ごしました。ずっと後悔が残る生でした。俺が置いていかなければ、あいつを死なせなかったのかもしれない。あいつを無理やりにでも連れて行っていれば…。考えれば考えるほど、あいつを生かす方法はいくらでもでてきました。でも、あの判断を間違っていたということはできないのです。俺の副官として支えてくれた部下の進言に俺は諾と答えた。それを誤りとすることは、あいつに対する不義となります。だから俺はあなたに謝ることができなかった。それを責められることがありはすれど、謝っていただく道理はないのです。」
話終わっても俺は顔をあげることができなかった。こんな懺悔を今更聞かされて蔵宇土さんには申し訳なくてしょうがなかった。だが、隠し事をしたまま彼女との再会は望めない。そんな俺のただの我儘が、彼の謝罪を受け入れる事を拒んでいた。
だからこそ、彼の次の言葉に俺は驚きで目を見開いた。
「なるほど。あなたは本当にあの子を大事思っていてくださったのですね。」
「え。」
「たしかに、そんな理由があるのなら私の謝罪を受け取らないのも道理というものでしょう。でもそれはあなたが責められるべきだという考えを肯定するものではありません。だってあなたはあの子の誇りを守ってくれたのだから。」
「なんで…。」
彼女の誇りを守れてなどいない。今話した中のどこにそんな大層な事実があったというのか。俺の疑問は視線に表れていたのか、蔵宇土さんが苦笑している。
「それは私があの子の兄だからですよ。私にだってあなた以上にあの子のことを理解しているという自負があります。血の繋がった兄妹なのですから。先程、あの子の遺言にはあなたのことが書かれていたとお話ししましたね?それは何もお世話になったことだけが書かれていたわけではないのです。あなたという人の人柄だけでなく、自分に任された任務の結果についてもらった意見のこと、自分の進言についてのこと、様々なことが書かれていました。その中でも特にあの子が嬉しかったのは信じてもらったことだったらしいですよ。」
「信じて、ですか。」
「われら兄妹は商人のもとに生まれた身。商売において信を置かれることがどれほど難しく、そしてどれほど甘美なことか。たとえ道が分かたれたとしても、その思いはあの子の中でちゃんと残っていたのですね。あの子はあなたに任せてもらえることが、信じてもらえることが、私の誇りだと綴っていましたよ。」
ここまで話したといえばあの子に怒られてしまうかもしれませんね。そう言いながら笑う蔵宇土さんはたしかに彼女そっくりだった。俺は過去のあいつの笑顔を思い出して、つい惚けてしまった。だからだろうか、俺は自分の目から溢れたものに気づかなかった。
「え、あ、あの風柱様?だ、大丈夫ですか!?」
「はい?どうかしましたか?」
「いや、どうかしたのは私ではなく。なぜ泣いていらっしゃるのですか?!」
「…は。」
さっきまではからかうように笑っていたのに、今はぎょっとしてカバンを漁る蔵宇土さんを尻目に俺は自分の頬に手を当てた。そこは確かに濡れていて。
(俺は泣いてるのか…。)
いつぶりだろうか。物心ついた時から泣くことはなかったように思う。正直、なんで涙が溢れてしまったのか自分のことだというのにわからない。だがきっと、理由は1つなのだろう。
(俺があいつを信じた事はあいつの誇りになっていたのか。)
その事実がどうしようもなく嬉しかった。あの判断は間違っていなかったのだと、100年越しにようやく自分を認めてやれる気がした。
その後、俺は自分のハンカチで涙を拭いた。突然泣き出したとは言え、俺の心情はスッキリしている。まぁそれは、俺以上に慌てている蔵宇土さんが目の前にいたからかもしれないが。
「すみません。もう大丈夫ですから落ち着いてください。」
「いや、こちらこそ取り乱しまして…。」
ゴホンと1つ咳き込むことで彼も切り替えたのか、その目にさっきまでの戸惑いの色はなかった。
「それで話を戻しましょうか。風柱様、いえ不死川様は妹に会いたいと私に会いに来た。それは間違い無いですよね?」
「はい。彼女の記憶を取り戻して尚更会わないわけにはいかなくなりました。俺はあいつに、玲に会ってちゃんと話がしたいんです。」
「それは妹に過去の記憶がなくても、ですか?」
「ええ。たとえ彼女に記憶がなかったとしても、です。それならまた新しく関係を作っていけばいいだけの話ですから。蔵宇土さんの立場からしたら、俺なんか近づけたくはないでしょうが…。」
「ふふっ。そんなことありませんとは言えませんね。大事な妹ですから。でも、それくらい覚悟の上なのでしょう?」
「もちろんです。俺の隣を歩いていたのは、後にも先にもあいつだけ。それはこの世に改めて生を受けた今となっても、他人に許すつもりのない場所ですので。」
正直前世の別れを思えば、あいつに近づくのは同じことの繰り返しになるかもしれないと考えもした。だが、俺の信頼があいつの誇りを守ったと言ってくれたこと、そして今でも俺の隣はあいつ以外に任せたくないという本能を俺は貫きたい。
今度こそ、この鬼のいない世界で共にいたい。
そんな思いが伝わったかどうかはわからない。しかし、蔵宇土さんはさっきまでの慌てぶりはどこへやら真剣な表情でうなづいた。
「貴方様の覚悟は受け止めさせていただきました。では、これが私の回答といたしましょうか。ほら、早く出てきておあげなさい。」
「え?」
一瞬、夢を見ていると思った。
それほどに目に飛び込んできた映像が信じられなかった。
見覚えのある黒髪に一房混じる銀の髪。記憶と同じく緩くゆわれた三つ編みに柔らかな光がかかる。
俺は惚けたまま、ただ彼女が近づくのを眺めていた。
「待ちくたびれましたよ、兄さん。」
「そう言わないでくれるかな。大事な確認だったんだ。」
「まあ、理解はしていますが…。」
目の前で穏やかに進む兄妹の会話にようやく飛んでいた意識が戻ってくる気がした。思わず立ち上がって近づく俺に、彼女はただ微笑んでいた。
「玲、なのか…?」
「はい。あなたの副官であり、雲の呼吸唯一の使い手だった蔵人玲の生まれ変わりとして生をうけました。今世の名前は蔵宇土玲と言います。あなたを残して先に逝ってごめんなさい。」
さらりと流れる長い髪がどこか夢のようだった。幻ではないと感じたくて俺は玲を思いっきり抱きしめた。
「謝るな!ホントに、本当に玲なんだなっ…!」
「さっきから本当だって言ってるじゃないですか。信じてください実弥さま。」
クスクス笑う声と腕に抱きしめた感触にようやく実感が湧いてくる。やっと手に入れた、取り戻した、と。
「おかえり、玲。」
「ただいま戻りました、実弥さま。」
額を合わせお互いの瞳を見つめる。そこにはあの美しい銀が俺の姿を写していた。
ー妹の登場により途端空気とかしたお兄ちゃんが乱入してくるまであと数秒。
おまけ
実「そういえば他のお客様に迷惑だったんじゃ。大声も出してしまいましたし。謝罪しないと…。」
兄「あ、それなら大丈夫ですよ。ここ、うちの傘下のお店なので。今日は貸切です。」
実「傘下、ですか?」
兄「うちも産屋敷家と同じく店を繋いでいたみたいでして。メインは元の呉服屋業ですが、それ以外に服飾とこの店のような喫茶店を経営しています。ほら、この店の名前知ってるでしょう?」
実「…『カフェcloudy』、でしたね。なるほど、苗字からですか?」
兄「安直ですけどね。わかりやすさも覚えやすさに繋がりますから。ちなみに、カフェ系列の取締役は玲ですよ。自分の店も持ちながらですが。」
玲「ふふ。夢だったので、事業にしちゃいました。」
実「おまえ、すごくなったなァ。」
玲「実弥さまこそ、お館様の秘書でしょうに。」
実「それはお館様の御温情もあるからなァ。」
玲「変わりませんね。ご自身の能力をお認めにならないのは。」
実「そんなことはねェだろうが。」
玲「そんなことありますよ。」
兄「あのーそこら辺で痴話喧嘩はやめてもらっていいですかねー。お兄ちゃん泣いちゃうぞー。」
実&玲「「あ。」」
兄「その顔は私のこと綺麗さっぱり忘れてたって感じですね…。」