イデアズ。と🐙のクラスメイトくん。6その日の戦いは実に数時間にも及んだ……とか言うナレーションがつきそうなくらいにしんどい戦いは、今もまだ続いている。我がイグニハイド寮は全面的に管理システムを走らせていて、他の寮がアナログで処理しているような事も全てオートマチックだ。各部屋だって、全てオートロック。入退室チェックや、朝晩の体温、バイタルチェックまでばっちり。な故に、ひとつ綻びが出ると大事になる。
「うげー……ここだめですね……」
「そこは……あのー……アレつけといて、あれ……えっと……」
「おい誰だここのif消したの!」
「リモート繋ぐな! モニターが消える!」
魔法工学に強い寮生総出で修復作業に当たっても、そう簡単に直らないこともあった。まさに、いま。俺はうんざりと顔を歪めて、談話室の大型ソファから起き上がる。仮眠は終わり。前の班と交代だ。
「代わるよ……」
「マジ……神……」
その場に崩れ落ちた同輩の身体を足でどかしながらパソコンを譲り受ける。少し眠ったお陰で多少頭がハッキリしていた。
ふと見ると、死屍累々の寮生達はみなそのまま倒れ込んでいて、毛布のひとつも掛けていない。見渡した先で目に付いた青い髪。そう言えば寮長風邪気味だとか言ってたな。やばいんじゃないか。取り敢えず何枚か毛布を持って来よう。ふらりと立ち上がって、談話室の脇にある物置に入る。イグニハイドは度々行われるオールナイトゲーム大会用に談話室近くに毛布をしまっているのだ。便利。
何枚か引っ掴んで、薄着そうな連中に順次掛けて行ってやる。そんな程度では起きるはずのない彼らに心の中で手を合わせながら、寮長のいるソファに歩み寄った。
「おや、寝ているんですね」
「うん…………どうしたのお前……」
「あなたも寝惚けているんですね」
「まあ……寝起きなんで」
この場にそぐわないハキハキとした物言いに、覚醒しきらない頭がくらくらする。寮長と俺の間に立ったアーシェングロットがくるりと周りを見渡した。
「どういう状況です?」
「システム死んだ」
「なるほど」
詳細を聞く気はないのだろう。概要だけ把握できればいいらしい。ふむと鼻を鳴らした彼が俺の手から毛布を取り上げた。
「作業があるんでしょう。どうぞ」
言いながら毛布を広げ、寮長に掛ける。はあどうも、と気のない返事をしながら、先刻のパソコンの前に戻った。
暫くして段々と目が覚めて来ると、あれだけ足踏みの要因になっていたエラー箇所が些細なミスから来るものだと理解する。やはり睡眠による意識の切り替えは大事だ。意識が明確になるにつれ、先刻は感じなかった違和感を覚える。
そう。アーシェングロットは何をしに来たのか。ここの所よくうちの寮に出入りしているせいでスルーしてしまったけれど、何か用事だったのだろうか。ちらと盗み見ると、眠る寮長の隣で大人しく本を読んだり、電話をしたりしていた。どうしようかと逡巡していると、隣でパソコンを叩いていた先輩が大きく伸びをする。
「なあ、腹減らない?」
「あー、減りましたね」
「売店行くか」
「行きますかー」
俺も一度うんと伸びをしてから立ち上がった。財布持ってたっけ。確認しながら、ソファの方を振り向く。
「アーシェングロット、売店行くけど何かいる?」
「いえ、結構です」
にっこりと笑って返された答えに頷いて、先輩を見た。
「寮長何かいりますかね?」
「いえ、イデアさんにはモストロラウンジからデリバリーを頼んでいますので結構です」
「…………ああそう……」
先輩に聞いたはずなのに、背中越しにアーシェングロットから返事が返って来る。
なるほど、さっき電話してたのはそれか。いやだったら他に頑張ってる俺らにも何か取ってくれよ、と思うけれど、口に出すと多分デリバリー代とか言って通常よりも高い金額毟り取られるからいいや。俺は素直に売店でサンドイッチを買うぜ。財布を握り締め、先に歩き出していた先輩達と合流して、寮を出た。
寮に戻ると既に寮長は目を覚ましていて、アーシェングロットの姿はなかった。デリバリーされて来たらしいモストロラウンジのサンドイッチセットが寮長の膝の上に置かれている。サラダとデザートつきだ。くそ。
「ねえ、ここの修正誰がやった?」
「あ、俺です」
売店の袋をパソコンの前に起きながら手を上げると、へえと感心したような声が上がる。
「この処理いいでござるよ〜、なるほどなるほど」
ほむほむと頷きながらサンドイッチを持ち上げて噛み付いた。寮長細い割に食う時は食うからな。中々ボリューミーだけど、多分あのくらいは食べてしまうんだろう。
褒められたことに気を良くしながらそんなことを考えて、ふとソファの足元に気が付いた。ランチトートくらいのサイズのカバン。それが置かれているのは、アーシェングロットが座っていた辺りだ。もしかして忘れ物だろうか。
ソファに近付くと、それに気付いた寮長が顔を上げる。
「これ寮長のですか?」
「いーえ? 初めて見たでござる」
「じゃあ忘れ物か……」
中身を確認するのも躊躇われて、仕方なしに一旦回収することにした。明日教室で渡せばいいか、と思うけれど、大事なものだと困るかも知れない。まだ時間も早いし、システム改修もほぼ終わった。よし、届けてやるか。そう思って隣の先輩に一声かけようとした時。背後に人の立つ気配がした。
「それ……どうすんの?」
「え? ああ……多分アーシェングロットのだと思うんで、モストロラウンジに届けてやろうかと……」
「いーよ。僕が行く」
「え? で、でも」
「さっきの処理良かったから、ロックの方にも同じの入れて置いて。それ入れたら君は今日もういいよ」
寮長自らにお使いを頼むなんて。けれど、本人が行くと行くならまあいいか。しかし珍しい。普段滅多に部屋から寮から出たがらないのに。最近部活には顔出してるみたいだから、ちょっとは緩和されたのかもな。
しかも思いがけずプログラムをあと三行ほど書けば解放されることになったので、寮長とアーシェングロットの事は置いといて俺は俺の自由時間確保のためにキーボードに手を置く。
あいつが忘れ物なんて珍しいな、と考えて、もしかして寮長に届けさせるためとかだったらウケんな、と心の中で笑った。