イデアズ。と🐙のクラスメイトくん。7教室で読みかけていたラノベを読んでいたら、頭の上から「おや」と男にしては柔らかい声が降って来た。反射的に顔を上げると、俺の頭上を見下ろすアーシェングロットと目が合う。
「髪の色、案外保つんですね」
「そりゃ根本から変えてるからな」
ふうんと大して興味もない癖に頷いて隣の席に腰を下ろした。えっ、いやそこ座るの? 優等生の隣とか落ち着かないし、こいつめっちゃ手挙げるからついでに注目されるのもついでに指されるのも嫌なんだけど。そんな事を気にする様子もないアーシェングロットはさっさと授業の支度を始める。
「で、恋人はできましたか?」
あ、そう言うこと言う? にっこりと笑った顔がいっそ嫌味ったらしくて、思わず頬を引き攣らせた。
「できたように見える?」
「いいえ」
「じゃあ聞くなよ……」
くそ。笑う顔が整っていて悔しい。こんなに顔が良ければさぞやモテるんだろうなー、いいなー、可愛い子見つけてちょっと声掛けたら即落ちなんだろうなー。くそ。世の中不平等だ。いやでも俺の方が絶対優しいな。好きなところは?って聞かれて、優しいところかな、って言われる男は取り柄がないって聞いたことあるけど。ほっといて欲しい。いいじゃないか、優しさ。コイツには絶対ないものだ。
「まあまあ。まだ結婚は早いでしょうから」
「……? まあ、だろうな」
なにゆえ突然に結婚? 頭の上に?を浮かべていると、視線に気付いたアーシェングロットが首を傾げた。
「何ですか?」
「いや……何でいきなり結婚の話になったのかと」
「恋人と言う事は結婚する相手でしょう。今からでなくともチャンスはまだありますよ」
「……海ではそうなの?」
思わず聞いてしまった一言に、悠々と話していた同輩の指先がぴくりと反応する。あ、しまった。言い方失敗したかも。
「陸では違うんですか?」
「違うって言うか……付き合う事が100%結婚に直結はあんま……しないかも……」
「……? じゃあ、恋人とは?」
えーーそれ俺が説明すんのーーめんどくさーーこいつ本とかめっちゃ読むんだから恋愛小説でも何でも読んだらいいのに。あ、いやダメか。ああいうのは大体両思いハッピーエンドだ。結婚したと解釈される可能性が大いにある。
「えーっと……お互いを癒し……高める存在と言いますか……」
「ご夫婦では?」
「いや、途中でこう、お別れすることもあるわけよ。やっぱちょっと違ったなと言うか……」
「ふむ……」
よく分からない、という顔で鼻を鳴らしたアーシェングロットに、俺もよく分からないと頷いた。どう説明したらいいんだ? そもそも、逆に人魚達は一度お付き合いしたらそのまま結婚が普通なのか。恋愛の自由みたいな、若い頃は恋多き……みたいなのはないのか。
「なら、何故恋人が欲しいんですか?」
「えーーそれ俺に聞くーー? 寮長にでも聞けばいいじゃんーー」
「イデアさんに正しい知識があるとは思えません」
「分かるけど俺も同じようなもんだよ……」
こいつ仲良い割にばっさり切り捨てるな。寮長が聞いたら泣くぞ。て言うか年齢=彼女なし童貞なのは俺も一緒なんだからさ。いやごめんなさい寮長、あなたの経歴全く知らないけど一緒にしちゃった。でも大丈夫ですよね。裏切らないですよね寮長。それはさておき、どっちに聞いても一緒なら仲がいい方に聞けよこんなセンシティブな話題。ツイスッターだったら「センシティブな話題です」って表示されねーぞ。
何と言ったところでいい具合に丸め込まれるのがオチなら下手に足掻かない方が早く終わらせられるか。流石にこいつの扱いに少し慣れて来た気がする。
「例えばさー、すげー疲れた日に、電話とかメールで「お疲れ様」とか言ってもらったり、今日は何があったの、とか些細な会話を……こう、お互いに好きだなみたいなのを感じながらしたりさ……休みの日は、二人で映画とか……そんでこう、イチャイチャしたりするわけよ」
「なるほど。その情報の根拠は」
「ラノベだが?」
「あなたの妄想でなくてよかったです」
こいつホントに恥ずかしい話させておきながらそのスンッて顔すんのやめてくれねーかな。すっげー恥ずかしいんだけどこれ何? 誰得なの俺の羞恥プレイ。
「声が聞きたくて電話しちゃった、とか言われてみてえー」
ラノベの表紙の女の子はまさにどストライク巨乳美少女だ。現実にこんな子いないんだろうけど。こんな女の子とキャッキャウフフしてみてえ。まずはこの男ばっかりの学園から、この辺境地から抜け出さないことには一生出会いなんてなさそうだけど。はーあ、と長い溜息を吐いて、そのまま机に突っ伏した。
その日の夜、イグニハイドは「第32回俺の嫁プレゼン大会」だったわけだが。トイレから戻ったところで、偶然通話しながら談話室を出て来た寮長を見掛けた。電話なんて珍しい。「どうしたんでござるか」なんて言う寮長の声を聞きつつ、何の気なしにすれ違った時。
『声が聞きたくて電話してみました』
なんて。受話器の向こうの声が誰であるのかなんて考えずともわかる。その声に慌てた寮長と、驚いた俺との目が合って、逃げるように走り去ったその背中を生暖かい気持ちで見送った。
わかる。わかります寮長。あれだけ騒がしかったところで電話とったら音量めっちゃ上げますよね。そのまま静かなところに来たら、すれ違った俺にすら聞こえるくらいの音量になっちゃってたりしますよね。大丈夫です、寮長。俺は何も聞きませんでしたから。
て言うか。あいつ寮長にあんな冗談ぶっ込めんのマジですげーメンタルだな。心底感心して、俺の嫁(二次元)をプレゼンしに談話室に戻った。