イデアズ。と🐙のクラスメイトくん。8寮の談話室で数人。登校前に話していたところに、ねえ、と後ろから声をかけられた。振り向くと、酷いくまの寮長が不機嫌丸出しに立っていて、咄嗟にめんどくさい空気を察知する。
「ちょっと」
残念ながら拒否権はないらしい。同級生達に見送られながら、寮長室へ向かう廊下に連れ出された。ドナドナか。
「聞きたいんだけど」
「はい……」
「最近、アズール氏とジャミル氏って仲良い?」
「はい?」
思わぬ方向からの質問に思わず声が大きくなる。いや、知らんし。アーシェングロットが誰と仲がいいかとか意識したこともないし。大体俺の行動範囲と視界にバイパーが入ってくる事もないし。
「知りませんけど」
素直にそう答えると、めちゃくちゃ分かりやすい舌打ちをされた。いやひどいな。帰っていいかな。帰るって言ってもこれから学校だけど。
「これ、ジャミル氏に渡しといてくんない」
顰めっ面で差し出された紙袋の、ちらと見えた中身はどうやらDVDだった。
「え?」
「大丈夫、ジャミル氏はオタクに優しい陽キャだから」
はあ。いやそんなこと聞いてませんけど。むしろ、寮長がバイパーに? 渡すもの? 接点あるんだっけ? と頭の中をはてなマークで埋めつくしている間に、「じゃあよろしく」とよろけた背中が部屋に帰って行く。
いや……俺以外でもいいじゃん……何で俺……
と。言い出したところで仕方がない。同じ寮の同じクラスの奴らには軒並み断られた。知ってた。俺だって断る。断れなかったけど。
仕方なしに教室に入って早々、バイパーを探す。いやー、陽キャってよりはリア充って感じがすごいんだよなあ。地元に彼女10人くらいいますけど? みたいな(※個人の感想です)。
実はちゃんと話したことがないけれど、お使いを頼まれてしまったのだから仕方がない。一度大きく深呼吸をして、腹に力を込めてから大股でバイパーの元へと歩き出した。
「ばっ、ば、バイパー氏これあのたのまれ、その」
いや久々に派手に噛んだな。最近仲間内(と、アーシェングロット)以外と話してなかったから忘れてたけど、俺人見知りだしコミュ障だったわ。何を言っているか分からない俺を、席に座ったまま怪訝に見上げたバイパーが首を傾げた。あ、どうしよう。なんだコイツうぜーなって思われてる絶対。ああどうしようこわい。
「誰かから頼まれたのか?」
柔らかな声が掛けられて、はっとバイパーを見ると、つり目は思ったよりも優しく俺を見ていた。こくりと頷いて、紙袋を差し出す。
「寮長から、バイパーにって」
受け取って、中身を検めた彼がぱっと目を輝かせた。一体なんなんだ、気になる。て言うか、どんな接点があるんだろう。何となく先刻の柔らかい声にほっとしてしまって、会話を続けてしまった。
「バイパーって寮長と仲いいの?」
「まあ……ちょっとな。君はイグニハイドだったか」
「そそ。だから今朝頼まれた。多分二年の教室に来るの怖いんだよ、寮長」
「はは、わかる」
笑った顔にますます気が緩む。何だ、案外話しやすいな。寮長が言ってたこともわかる気がした。オタクはオタクに優しい陽キャのことが好きだ。好きだと思ったら一気に距離を縮めてしまう。悪い癖だと知っているけれど、オタクは一様にして距離の取り方が下手なものなんだ。
「取っ付き難い陽キャだと思ってたけど、話しやすいな」
「そうか? あ。キミ、イグニハイドならゲーム詳しいか?」
「ものによる」
「これなんだが」
少し言葉遣いが硬い気がするのは、共通言語に慣れていないせいか。熱砂は特別な言語だと言うし。そんなことを考えていると、目の前にバイパーのスマホが差し出された。表示されていたのは、今朝ログボを取ったばかりのソシャゲ。
「えっ、バイパーこれやってんの」
「まあ……ただこのクエストがどうしてもクリアできなくて。何かコツとかあるか?」
「あーーーここはレベルだけじゃダメなんだよなあ。まずメインデッキ全員の特殊能力値を上げまくって、その上で連携レベルも上げると楽勝。カードレベルはまあまあ上がってるから、能力値の方に振った方がいいよ。てか、これ俺もやってるしフレンドにならね? 俺のカードそこそこ戦力になると思うよ。特に最初の辺りでは」
そこまで一気に話してから、しまった、と息を飲んだ。俺が話してる間バイパー一言も話さなかったし相槌もなかったけど、引かれた? いや引くよねこんないきなり一気に話し始めるオタクとかキモイよなどうしよう。バイパーとの距離の取り方がわからん!
おろおろしていると、暫し何かを考えていたバイパーがふと顔を上げた。
「なるほど。よくわかった。キミ話し方がイデア先輩に似てるな。イグニハイドはみんなそうなのか?」
「いや……単にオタク特有の早口なだけだよ……」
取り敢えず引かれてなくてほっとする。しかし何だって急にこのソシャゲ始めたんだろう。サービスインしてから暫く経ってるし、最近再盛り上がりって訳でもないのに。
「何きっかけで始めたのこれ?」
フレンドコードを登録しながら聞くと、ああ、とひとつ頷いたバイパーが口を開きかけて、やめた。不思議に思って様子を見ていると、ちらと目線がどこかに走る。それから、俺の中のバイパーってこんな感じ、て雰囲気にかなり近い、意地の悪い顔でニヤリと笑った。
えっ、何怖。再び俺に視線を戻した彼は先刻までの話しやすいバイパーと言うよりは、いつものちょっと澄ました優等生みたいな顔をしている。
「イデア先輩に是非と勧められたんだ」
「へえ……でもそれで素直に始めてくれたのすげーな」
「そうか?」
「大体勧めてもまた今度とかって逃げられんだよ。寮長もバイパーはオタクに優しいって言ってたし、そういうとこかね」
「へえ、イデア先輩が……」
バイパーの話し方に違和感を覚えて、フレンドコードを登録し終えたスマホをしまいながら眉を顰めた。なんか妙に寮長の名前を強調してるような。気のせいか。
「なに?」
「いや、何も。そう言えば、接点が何かって聞いてたな」
「え? ああ、うん。バイパーと寮長ってイメージ真逆だしさあ」
「秘密の特訓をしてるんだ」
「えっ、何それかっこよ……どゆこと?」
うっかりその響きに食いついてしまってから、全く内容の分からないそれに首を傾げる。なに、大型ロボットに乗って世界を救うための特訓とか? NRCの柱になるために高架橋の下で試合したりすんの?
「まあ、内容は秘密だな。何せ、二人だけの秘密の特訓だからな」
ふふんと鼻を鳴らして紙袋に目をやる。ああ、なるほど、その特訓に関連するアイテムだったのか。何か知らんし首突っ込むのも面倒だから、秘密の特訓てなんかカッコイイな、とだけ言っておいた。
バイパーとの話を終えてすぐに授業の鐘が鳴ってしまったので、こっそり机の下から寮長に「ミッションコンプリート」とメールをする。少ししたら、「冷蔵庫のプリン食べてよし」と猫のスタンプを伴った返事が来た。
授業を終えて移動教室のために立ち上がると、背後の席から声が降ってくる。嫌な予感。
「どうも」
「……どうも」
こいつから話し掛けてくる時って大体めんどくさいんだよな。適当にあしらうかと教科書を抱えて歩き出した。移動教室まで一緒に来るつもりらしい。別にいいけど、目立つんだよな。
「先ほどジャミルさんとお話されてましたね」
「え? ああ、まあ……」
「何を話されてたんですか?」
何でもない風を装って。何かを探ろうとしているのがよくわかる。不快感を隠しもせずに顔を顰めた。
「何でもよくね? 何でそんなん聞くの」
「別に……イデアさんのお名前が聞こえたので」
「寮長の名前が出ると何か気にすることあんの?」
俺の中ではそこら辺が全く繋がらなくて首を傾げる。切り返されたアーシェングロットは少し悔しそうな顔をしている気がした。一体何が起こっているんだろう。まさか俺めちゃくちゃ面倒なことに巻き込まれているのでは。
「……最近、ジャミルさんとイデアさんは仲がいいですか?」
「はあ?」
「イグニハイド寮によく行ってるとか……」
「いや見た事ねーけど……」
なんかデジャヴ。朝も似たようなことを聞かれた気がする。俺の答えに満足したのか、ほっと肩の力を抜いたアーシェングロットが顔を上げた、瞬間、再び苦虫を噛み潰したような表情になった。不思議に思って視線の先を辿ると、ニヤニヤと意地の悪い顔で笑っているバイパーがいて、なるほど、あいつ俺の前では気のいいクラスメイトを作っていて、素のあいつはこっちだな、と察する。
そして何より、これ以上ここにいると面倒に巻き込まれること間違いなしだと判断して、全力で移動教室へ向かってダッシュした。