TO麺×$ 18取材を受けている間、基本イデアは黙って座っている。そもそも、バンドをやろうと誘った時に加入する代わりに絶対にMCはやらない、目立つことはしない、と言うのを条件に加入しただけあって、取材やテレビの出演は相当渋られていた。けれど流石に全てを断っていてはいつまで経ってもバンドの知名度は上がらないし、規模も大きくならない。どうにか「座っているだけなら」に条件を変更してもらい、現在に至っていた(ちなみに、オンラインでのメールアンケートなら対応してくれるから、イデアへのインタビューは基本的にメールかチャットのみ、と言う事になっている)。
俺があれこれとインタビュアーと会話している間、マレウスはぼんやりと、レオナは欠伸、イデアは目を閉じている。残念ながらこれが俺たちの通常の取材風景だった。
「リーダー大変そうですね」
苦笑したインタビュアーの女性に愛想笑いを返す。よく言われるけれど、案外これはこれで勝手がいいのだ。余計なことを言って変にこじれたりしないし、基本的に全て俺に委ねると言う姿勢でいてくれる分、意志の統一が取りやすい。
「今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げたインタビュアーとカメラマンに見送られ、地方雑誌社の会議室を後にした。ビルの下に呼んでおいてもらったタクシーに乗り込み、ホテルに向かう。
「腹減ったなあ。飯食ってから帰ろうぜ」
「クローバー、この近くでやってるガーゴイル展覧会観に行ってもいいか」
「……」
妙に静かなイデアは、もう何度目かの昨夜のゲリラ配信のアーカイブ(と言っても端末に録画していたもので、公式のものではない)を繰り返し観ているようだ。
「いいから一旦ホテルに戻って着替えとメイク落としだ」
流石にフルメイクのまま外出するわけには行かないし、ややラフめな衣装とは言え汚されても困る。引率の先生になった気分だなと思いつつ、窓の外を眺めた。
今日のライブ会場もやはり楽屋は狭く、落書きとタバコの匂いにまみれている。芸がない、と呟いたレオナは早速楽屋の奥のぼろぼろのソファを占領し、スマホを弄り始めた。衣装やメイク道具を抱えたラギーが到着し、鏡の前でセットを始める。ホールの方からはセベクの指示出しの声が響いていた。
「そう言えばイデア、この前大丈夫だったのか」
移動に取材にスケジュールが詰まっていて忘れかけていたけれど、ひとつ前の会場の後の打ち上げで女の子に声を掛けられたらしい件。きちんと聞くのを忘れていた。何の事か分からないと言う風に首を傾げたイデアに軽く説明すると、やがて、ああ、と合点が行ったように頷く。
「別に。大丈夫も何もないでござるよ。知らん人に話掛けられただけで」
「一応言っておくけど、今は大事な時期だからな。不用意な事しないでくれよ」
「はあ、まあ」
気のない返事に眉を顰め、前髪に掌を当てて溜息を吐いた。こればかりは禁止するわけには行かないし、ならば上手くやれよと言うしかない。深入りしても仕方がないかと搬入された衣装カバーを開けた。
「興味がない」
スマホを詰まらなさそうな顔で眺めたイデアが呟く。振り向くと、すいすいと親指を動かしながら、誰にともなく続けた。
「ヤリたきゃヤルだろうけど、それ以前にめんどくさい」
「枯れてんな~」
揶揄するように笑ったレオナを見たイデアのきいろい眼が卑屈に笑う。
「ゆえに~心配することないでござる~」
鼻歌交じりに茶化したイデアはスマホをポケットに入れたまま楽屋を出て行った。どこへ行くのかと思ったけれど、追いかけるのはやめておく。
「レオナ~混ぜっ返すなよ」
何の事だか、と知らん振りしたレオナに肩を竦めた。取り敢えずは問題なさそうか。一旦この件は端に置いて、まずは今日のライブに集中すべきかと衣装カバーを開ける。ファンとの距離感と言うのは難しいものだなあと片隅で考えたのは果たして、イデアと先日のファンの事だったか、または、アズールとイデアの事だったか、自分でも判然としなかった。
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随分前にやめたタバコが少しだけ恋しいなと思う。スマホを持ったまま非常階段に出て、灰皿の隣に置いてあるパイプ椅子に腰を下ろした。酔った頭でほんの少し、誘惑に揺れた自分を後悔する。そんな事をしてる場合じゃない。トレイの言葉はよくわかった。今はまずツアーを成功させて、戻ったら今度は初めてのホールライブ。ホールライブはオルトを呼んであげられるし、そうしたらきっと喜んでくれる。
恐らく、アイドルにうつつを抜かしている場合でもないのだ。変装とまでは行かずとも、フードにマスク程度ではそういつまでも隠しきれないだろうし、アイドルの追っかけやってますみたいなのがバレたら、きっとファンは減ってしまうだろう。僕自身のファンが減るだけならまだいい。でも、バンドに迷惑をかけてしまうのは困る。ぼんやりとビルの隙間から空を眺め、少しひやりとする風に目を閉じた。
関わり方を変えないといけなくなる時は来るのだろうな。でもせめて、彼女らがもう少し安定して集客ができて、もう少し大きな会場でライブができるようになるまでは、最前線で見守りたい。僕が育てました、なんて言うつもりは丸でないけれど、彼女から僕が見えなくなるくらいに大きな会場になるまでは、できるだけ通いたかった。
ポケットからスマホを取り出して、ロックを解除する。壁紙に設定したのは、ゲリラ配信で手に入れた上位ランカー特典の画像だ。眉を下げて笑うアズール氏は見たことがない。きっとこれが、彼女の素の顔なんだろうと思うと、複雑な思いが込み上げた。嬉しいような、見たくなかったような。それでもやっぱり可愛いなと思って画面をスリープに切り替える。
「……はー」
スマホを持ったままポケットに手を突っ込み、ずるずると背もたれからずり落ちた。肩甲骨が背もたれにぶつかった頃、手の中でスマホが震える。引き出してみると、ケイト氏からのメッセージ着信が通知されていた。
『任務完了☆』
慣れた手つきでメッセージを開くと、そこにケイト氏が自撮りした写真が添付されている。彼女のオレンジの髪の向こうに、病室のベッドで両手を上げる弟の姿。元気そうなそれにふと頬を緩めた。
『あざーす』
一言だけ返して立ち上がる。今はツアー中。週末はアズール氏も大事なイベント本番だ。参加できないのは残念だけど、遠い場所から応援だけはきちんとしよう。魂だけはジャミル氏とデュース氏に預けた。
「頑張るかあ」
ぽつりと呟いて、非常扉を開ける。中ではもう舞台装置のセッティングからドリンクカウンターの準備から進められていた。楽屋では既にメイクを終えたレオナ氏とマレウス氏が何故かオセロをやっていて、トレイ氏が仕上げにかかる頃だった。
「あ、丁度良かった。イデアさん次やるんで」
ラギー氏に声を掛けられて頷く。ちらとトレイ氏が僕を見た。大丈夫かと問われているような気がして、ひらりと手を振って答える。居心地のいいこの場所を離してしまわないように。僕もできるだけの事をしよう。オタ活は辞められないだろうけど、今より更に目立たないように頑張ろう。
取り出した衣装に袖を通して、メイクで衣装が汚れないよう首の周りにタオルを巻いた。メイクを終えたトレイが立ち上がり、入れ替わってラギー氏の前に座る。
「週末、アズールちゃん達が頑張るなら負けてられないッスねえ」
ししと笑った小さな手がファンデーションを用意して、慣れた手つきを何となく追いかけながら、そうですなあ、と少し笑った。