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    TO麺×$ 31 丸テーブルを挟んだ正面で腕を組んだトレイ氏が、長く長く重たい溜息を吐き出した。その後ろには何故かにこにこしているケイト氏。僕の隣にはぶすくれたレオナ氏だ。何と言うか、先生に叱られている生徒、という表現がしっくり来るようなこの状況が少し可笑しい。
    「レコーディング中にモメるとか……気まずくなるのわかるだろ」
    「別に気まずくなんてなってねえ」
    「レオナ氏が悪いんでござる、人の触れられたくない所ずけずけと」
    「お前が煮え切らないから悪ぃんだろ」
    「はぁ~? 拙者がどうしようと拙者の勝手ですし。レオナ氏に迷惑かけてませんし~?」
    「わかったわかった、小学生かお前らは」
     もううんざりだと頭を抱えたトレイ氏が立ち上がり、身を乗り出した。目の前に、引かれた中指。次の瞬間に、バチンと言うか、ゴンと言うか、頭蓋骨に音と痛みが響く。
    「っっ……」
     額を押さえている間に、どうやらそれは隣にも施されたらしい。ぐぉ、と小さく呻く声がした。
    「これで終わり。今日のスケジュールは仲良くちゃんとこなせよ」
     いい笑顔のままそう言ったトレイ氏がケイト氏と何かを打合せし始める。ケイト氏の華奢な肩がぷるぷると震えていて、さぞや笑いを堪えている事だろうことが伺えた。デコピンなんてそれこそ小学生以来だ。大人の本気のデコピンはこんなに痛いのかと椅子の背凭れに体重をかけて天井を見上げる。額から煙が立ち上る様を想像して。
    「昨日の」
     ふと切り出した低音に、目だけを向けた。既に立ち直っているレオナ氏は流石だと思う。
    「ドラムソロパート、完璧にできたぜ」
     鼻を鳴らしたドヤ顔に身体を起こしてテーブルに左腕をついて頭を置いた。どうやらこれが、仲直りの合図らしい。
    「デショ。レオナ氏にできないわけないと思った」
     笑って立ち上がったレオナ氏の背中を見送って、そのままずるりとテーブルに伏せる。ひやりとしたテーブルが額に心地よかった。
     今日はこの後、全体収録が二曲。パート修正の収録を二曲。それが終わったら気が進まないけどストリングス収録だ。ヴァイオリンなんて弾く予定じゃなかったけれど、マレウス氏がどうしてもと言うから仕方がない。ライブでもやる事になるのかなあ、なんて考えて、ちょっと憂鬱になったまま立ち上がった。
    「あ、イデアさん、ギターのチューニング終わりましたよ」
    「トンクス~」
     スタジオから出て来たラギー氏に呼ばれて中に入る。立てかけられた三本はどれもお気に入りで、中でも、青と紫のマジョーラカラーであるエレキはお気に入りだ。角度によって青から紫に色を変え、長めに突き出た左側のボディは触手のように伸びて先端で渦巻いている。例えるなら、蛸の脚のような。
     明かりを落とし気味にしているスタジオの中でもきらきらと輝く愛器に目を細めて、一緒に用意されているヴァイオリンに肩を竦めた。
    「ヴァイオリンは怖くて触ってないっス」
    「正解。ひひ、高いからね~」
     両手を持ち上げたラギー氏に笑って、こちらも念のためチェックする。とは言え、これはマレウス氏の私物らしいから、きっとメンテナンスは完璧なんだろう。
    「さーやりますかー」
    「俺、Cスタのリズム隊見て来ていいっすか?」
    「どぞどぞ~」
     小柄で華奢なラギー氏は、見た目にそぐわず随分とパワフルなドラムを叩く。レオナ氏に憧れる気持ちもよく分かるプレイスタイルだ。何かの折にダブルドラムとか面白そうだなと考えながらギターを担ぐ。
    「あっ、そう言えば聞い……いや、間違ったなんでもないっす!」
    「何なの……」
     言い出されて引っ込められるのって相当気持ちが悪いし気になるんだけど。言い出した瞬間は間違いなく嬉しそうだった顔が、慌てて口を塞いだ。突き詰めてもよかったけれど、逃げるようにスタジオを飛び出して行ってしまったものだから、放っておく事にした。きっと大したことじゃない。ヘッドフォンを装着しながらストラップを肩に掛ける。
    「今日もよろしく」
     抱えたギターにぽつりと囁いて、録音ブースを見上げた。既にスタンバイを終えていた録音スタッフが右手を上げたのを確認して、クリックカウントに目を閉じる。瞼には常に、ステージで輝くメンバーたち。それらを追いかけてひたすらにギターをかき鳴らした。



     全員収録も無事に終え、休憩スペースでセベク氏が買って来た食事を摂る。この後はそれぞれのパート別修正収録だ。カレーを食べるトレイ氏の隣でサンドウィッチを一切れ頬張る。レオナ氏にいつももっと食えと言われるけれど、僕の胃はこれで十分。
    「イデアとレオナはもう終わりだろ? この後どうするんだ?」
     カレーの匂いをさせながらトレイ氏が訊く。この人見た目によらず割と食べるんだよな。どこに入って行くんだろうか。案外筋肉質だから、筋肉になってるのかな。
    「俺は特に何も」
     詰まらなさそうにレオナ氏が答えた。そう言いつつも、きっとレオナ氏の事だから展示会とか美術館とかに行くんだろう。衣装やセットの参考になるらしい。それか、本当に街をブラつくかだろうと予想する。
    「拙者帰るでござる。ミックスできるところは始めたいし」
    「そうか、そしたら午後録ったのもデータで送るようにするな」
    「ヨロ~」
     サンドウィッチを食べ終えて、紙パックのオレンジジュースを飲み干した。今日は家でも少し弾きたいから、お気に入りのギターを一本背負って帰る事にする。髪を背中でひとつにまとめて、大き目のフードを深くかぶった。
    「お前それ悪目立ちしないか?」
     レオナ氏がうんざりと言うけれど、派手髪が増えたとはいえまだまだ蒼い髪は案外目立つ。だったらフードを被ってファッションです風に誤魔化していた方がまだマシだ。ふるふると頭を振って答えながら黒いマスクを装着すると更に眉間が狭まって、トレイ氏にまで苦笑された。
    「魔法使いのようだな」
     マレウス氏の一言にピースサインを掲げて、じゃあ、とだけ告げて歩き出す。リノリウムの廊下はスニーカーで歩くとぎゅいぎゅい音がして、小さい子が履く音の出る靴を想起させた。

     僕らの使っているスタジオは四階。収録フロアを貸切っている。このビルは全体が収録やレッスンに使えるスタジオになっていて、一通りのことをこの中でこなせるのは非常に便利だ。立地もいいし、プランによってはスタッフもつけてくれる。二、三枚前のシングルからここが御用達になった。紹介してくれたリリア氏には感謝だ。
     慣れた手つきでエレベーターを呼び、エレベーターが来るまでの間にワイヤレスイヤフォンを取り出す。今日は何を聴いて帰ろう。ここの所、レコーディングのために自分たちの曲が多かったから、今日はアズール氏達の天使の声を聴きながら帰ろうか。
     エレベーターが到着して、乗り込みながらスマホを操作する。ひとつ下のフロアが開いて、数人が乗り込んで来た。人の話し声をイヤフォン越しに聞きながら、目的の曲を探し出してマスクの下で口許を緩める。そうそう、この曲。この前のイベントで歌ってた曲。出だしの振り付けが可愛いんだよなあ。なんて、考えている間に、エレベーターが動きを止めた。一階に到着したのを確認しようと顔を上げ、次いで開いたドアを見る。
     ドアの向こうはそのまままっすぐビルの出口。暗いエレベーターから逆光のように外の光が差し込んだ、操作パネルの前。

     こちらを振り返って僕を見ていたそのひとは、ステージの上から僕を見る時と同じ、澄んだ青い眼をしていた。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/07/07 12:15:00

    TO麺×$ 31

    ##君に夢中!

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