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    TO麺×$ 38 集合場所は事務所。集合時間は開演一時間前。随分ギリギリですね、とケイトさんに確認したけれど、彼女は何てことなく笑って告げた。
    「あんまり早く行ってもいい事ないからね」
     その真意が僕にはよく分からなかったけれど、そういうものなのかと勝手に納得して、じゃあまた明日とマンションの入り口で彼女と別れる。一緒にエレベーターに乗り込んだリドルさんとカリムさんと雑談しながら自宅のあるフロアに下りて、ここでやっと、全員解散した。
     シャワーを浴びて部屋に戻り、借りたDVDを再生する。以前ここでバラエティ番組を三人で観た気がするけれど、演奏している所はあの時横目に少し観たきりで正直あまり覚えていなかった。
     ベースの緑の髪の黒縁眼鏡の人が、リドルさんの幼馴染『トレイ・クローバー』。バンドのリーダーで、作詞・作曲も手掛けている。取材の時に主に受け答えをするのは彼で、個性がばらばらのメンバーを掻き集めてバンドを結成し、それを更に上手くまとめているのが彼だそうだ。
     ボーカルの『マレウス・ドラコニア』。幼少期は世界的に有名な合唱団に所属していたとかで歌唱力がずば抜けていた。ただ、MCを見ている限りちょっと俗世離れしている所があるように思う。それもまた魅力なのかも知れない。
     次に、ドラムの『レオナ・キングスカラー』。パワフルなドラムとワイルドな色気でマレウスに次いで人気ナンバーツーだそうだ。フロントマンよりもドラマーの人気があるバンドはかなり珍しいのだとケイトさんが笑っていた。
     それから、ギターの『イデア・シュラウド』。アイスブルーの長い髪が特徴的なギタリスト。主に作曲担当。以上。
     ビジュアル系のライブというのはこんなにも全体的に薄暗いものなのかと思うくらい、セットの雰囲気や照明の使い方が暗いように思う。廃墟を思わせるセットはあちこちに蜘蛛の巣や布切れが絡まり、所々にアクセント替わりであろう薔薇が咲いている。
     明るさを売りにするアイドルとは正反対だ。たまに明るい色の照明が走ったと思うと、きつめのピンクや赤だったり、まだらに渦巻く効果だったり。独特の世界観と言ってしまえばそうなのだろうけれど、何だか少し酔ってしまう。
     そんな中で、一際目を引くのはやはりマレウス・ドラコニアか。センターに立ち、長い手足を使っての表現力は迫力があり、歌唱力とも相俟って強く引き込まれる。画面越しとわかっていながらも、アップになった時に視線がぶつかった錯覚に思わず息を飲み、ドキドキと心臓が高鳴るくらいだ。ファンのほとんどが女性というのもわかる。
     DVDをそのままに、手元のスマホで彼らの評判を検索してみる。SNSで交換されているファンの書き込みはやはり大半がマレウスさんとレオナさんに関するもので、半ば納得しながらも、ふと見付けた男性と思わしき書き込みに目を止めた。
    『このバンドは圧倒的にイデアで持ってる。わからないやつはファン辞めた方がいい』
     ファン、とは少し違うように思うその文字列を追い、書き込み主の他の投稿も見てみる。
    『作曲の大半はイデアなんだからもっと評価されるべき』
    『あの超絶技巧のギターの価値がわからないなんてもったいない』
    『マレウスとレオナの顔ファンまじでうざい』
     ライブの後だろうか。会場で購入したのであろうタオルマフラーを広げた写真と共に怒りの投稿がされていて、随分と熱心なファンがいるんだなと感心した。しかもその投稿にはそれなりの数の同意のコメントやスタンプが付いていて、ふうんと鼻を鳴らして、記事にコメントを残している別の人物の投稿も覗きに行く。
    『トレイがいないとあのバンドは無理。まとまんない』
    『トレイのベースはやっぱ上手い。ソロ聴きたい』
    『イデアの曲はちょっと暗い。トレイの曲の方が好き』
     こちらにもいくつも同意のコメントやスタンプが並んでいた。とはいえ、容姿や声を褒める女性からの書き込みの方が圧倒的に多いのだけれど、男性からの投稿は主にメンバーそれぞれの技術や才能を褒めるものが多い。
    「ギター……」
     正直、楽器の事は全然わからない。ピアノはやっていたけれど、弦楽器には触れて来なかったし、上手いか下手かというジャッジができるほどの知識すらなかった。プロでやっている以上、上手いのだろうことはわかるけれど、彼らの言う〝超絶技巧〟が何を指すのかは全然わからなかった。
    「……ん?」
     ふと、画面の中のギタリストに目をやって、つい先日ばったり会った彼を思い出す。同じ名前に、同じ蒼い髪。いや、まさか。そもそも〝イデア〟という名前はそれほど珍しい名前ではないし、彼もこのギタリストも本名とは限らない。
     いつもライブに来てくれている彼は常にマスクとフードで顔も髪も隠してしまっていて、あの日、街中で会った時も結局目元しか分からなかった。画面の中で気怠げにギターを演奏する彼と合致する特徴があるかどうかの判断もできない。ただひとつ言えるのは、あの日会った彼はひどい猫背で、ギタリストはすっと伸びた綺麗な姿勢をしているなということくらいなものか。
    「……まさかね」
     それに、彼が背負っていたのはギターではなくベースだった。流石に世の中そこまで狭いこともないだろう。くるりくるりと回る照明と、マレウスの歌声にぺたりとローテーブルに伏せて、かっこいいなあ、と小さく呟いた。



     事務所からタクシーに乗り込んで、裏口に到着する。予めケイトさんから帽子をかぶって来るようにと指示を受けていたので、黒いキャップを目深にかぶり、黒地のTシャツにグレーのサロペットスカートという極力色味を押さえた服装で車から降りた。
     会場は既にほとんどの客がホールの中に入っていて、ロビーにはさほど人はおらず、けれどもまばらにいた女性客たちが、関係者受付の僕らをちらちらと見ては何かひそひそと話をしているのが目に入る。なるほど、ギリギリにというのはこういう事か、と納得した。
    「女の子の関係者ってだけで色々言われるのよ」
     わかったでしょと言わんばかりのケイトさんに肩を竦め、渡された関係者パスを腰に貼り付ける。これはあれか、誰のどんな知り合いなのかと勘繰られて勝手にあれこれ決め付けられてしまうやつか。僕らにもイメージというものがあるし、そうなってしまうとかなり迷惑だなと思わず顔を顰めた。
    「大丈夫だよ、策は打つから。さ、行こ」
     視線をまったく気にしないケイトさんに続いて階段を上り、二階の関係者席へとやって来ると、最前列に見覚えのある蒼い髪を見付けた。あれは。狭い通路を入って、座席を掻き割って彼の元へとやって来る。僕の声に顔を上げたその子に、やっぱりと笑いかけた。

     蒼い髪と、色白の肌。彼はイデア・シュラウドの弟だったのか。言われてみれば確かに、ステージ上で憂鬱な表情を浮かべるその人と面立ちが似ている。
     場内アナウンスが流れ、スモークが焚かれる。関係者席ではそれすらも関係ないかのようにあちこちで挨拶の声がしていて、時々ケイトさんがその相手をしていたけれど、僕らにそんな余裕はなかった。
    「スモークは有効ですかね?」
    「まあ、雰囲気は出るかもね」
    「あれに青い照明使ったら海みたいで綺麗じゃないか?」
     きちんとした世界観を作り上げるセットも、今後メインコンセプトを定めた僕らのユニットでも参考になりそうだ。カリムさんの言う通り、スモークや照明も使い方によるかと情報を頭の中に書き留めて行く。
     ジャンルが違うからこそ勉強になる事もある。暫くして照明が静かに落ちるとともに、会場内に割れんばかりの声が響いた。悲鳴、絶叫。もはや狂気的というくらいにメンバーの名前を連呼する声。勢いに圧倒されて、ただただその空気に息を飲む。
    「すごいな」
     リドルさんがぽつりと呟く。男性ファンの熱狂的とはまた違う、女性ファンの声。
     オルゴールのSEが鳴り始めると、更に会場がヒートアップする。浮かび上がったドラムセットにレオナ・キングスカラー。ベースがクローズアップされたそこへ、トレイ・クローバー。スポットライトより早くギターを抱えるイデア・シュラウド。それぞれが持ち場につき、静かにその時を待った。
     オルゴールが途切れ途切れの音を奏でる中。満を持して現れたマレウス・ドラコニアは、丸でその場の支配者そのものだった。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/07/16 12:10:52

    TO麺×$ 38

    ##君に夢中!

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