イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    ワンライ「猫」 モストロ・ラウンジの経営を終え、宿題と予習を終えた夜半過ぎ。十分遅い時間だけれど、不要な夜更かしを避けるため売上の管理だけは明日に回そうと机に開いたノートと教科書を閉じ、お気に入りのデスクランプをオフにした。
     今日は随分とじっとりとした天気で、アンダーシャツが汗で張り付いて気持ちが悪い。水の中にいた頃は水気を不快に思うことなどなかったのに、陸に上がると水の纏わりつく感覚がこれほどまでに不快になろうとは想像もしていなかった。
     シャワーは明日の朝にして今日はこのまま寝てしまいたいけれど、べたつく身体のままベッドに上がるのは憚られる。仕方がないと床に転がした溜息を爪先でつつきながら、部屋に設置されたバスルームへと向かった。

     シャワーを浴びるのは嫌いではない。浴槽に沈むのは尚更。入るまでが面倒だと思う事はあれど、ひとたびシャワーを浴びたら自然と鼻歌交じりになるくらいには、やはり水に触れるのは心地よかった。陸の人間からしてみたら随分と冷たい温度かも知れない〝水〟。人魚であるアズールにとってはそのくらいが丁度いい。
     ふと、一緒にシャワーを浴びようと言われた時の事を思い出した。決してそれ自体が嫌だったわけではないのだけれど、如何せんこの水温だ。困ってしまって、一瞬言葉が詰まった隙に、彼は慌てて顔の前で両手をばたばたとさせながら、「いや何でもないでござる、シャワーは一人でゆっくり入りたいのわかる~、無理しないでいいでござるからあの、お先にどうぞ拙者ちょっと、やる事がありますゆえ」とさっさと背を向けられてしまったことがあった。何においても『否定』されることが苦手なイデアの逃げ方。
     向けられた丸まった背中にぺたりとくっ付いてゆっくりと事情を説明すると、拗ねた瞳がちろりと肩越しに振り向いて、本当? と声を出さずに伺って来るものだから、吐息で笑って額を擦り合わせてから頷いた。
     陸の人間の適温は、やはり熱い。一緒には入れないから、せめてバスタブの中にいて、話をしようと持ち掛けられたのにはすぐに頷いた。

     そんな事があった数日後には、今度はイデアの方が一緒にシャワーを浴びることを嫌がるのだから何とも身勝手だと思う。
     ふわふわのバスタオルで髪を拭いて、ボディクリームを全身に手で伸ばした。ふわりとミルクの匂いがするのは、イデアの好み。どこからか見付けて来たそれは、どうやらヴィルの口添えもあって選んだ逸品らしかった。誕生日でもない日にふと、「これ使ってよ」と渡されたのはいつだったか。
     さっぱりした身体に下着とパジャマを身に着けてバスルームを出た。洋服というものは、慣れてしまえばなくてはならなくて、最初の内は何も着けずに眠っていたけれど次第にないと落ち着かなくなり、結局今はお気に入りのパジャマを探して着込むようになった。陸の人間でも全裸で過ごす人もいるというから、その辺は好みなのかも知れない。
     ノンシュガーのカモミールティーを喉に通して、ベッドに座って一息吐いた。

     実はここ数日、イデアと会話をしていない。メールもしていない。少し前、いつものと言えばいつものだし、違うと言えば少し違う、煽り合いからのちょっとした喧嘩により、意地を張り合っているのだ。お互い、それが意地だと分かっている。だから、どちらが先に謝るのか、様子を伺っているのが現状。
     アズールとしては折れるつもりはない。恐らく向こうもそうだろう。ただでさえ『謝る』という事ができない男だ。けれどももうこの膠着状態にも飽きてしまった。さてどうしたものかと考えながら、ベッドから身を乗り出してティーカップをデスクに置く。
     ふわりと立ち上った湯気に何となく目を奪われている内、するりと頬を撫で、胸に回された長い腕に視線を落とした。いつの間に、と思うけれど、こんな事は珍しくも何ともないので特に何も言わない。唯一その気配を察知していたベッドだけが軋んだ音を立てていた。
    「深夜のアポなし訪問とは感心しませんね」
    「気が向いただけですし」
     それはそうなのだろうと思う。けれどきっと、その心中は先刻のアズールと同じようなもので、口を利かない数日が何と詰まらないものかと痛感しているのだろう。
     首の後ろにぐりぐりと押し付けられる額が痛い。少し加減をして欲しいと思うけれど、注意をするのも面倒でしたいようにさせておいた。反応がない事にむっとしたらしい侵入者が、今度は腹に回した両腕に力を込める。
    「痛いですよ」
     軽く抗議してもやめようとはしない。背中に張り付いた頭を撫でてやろうかと手を伸ばしたら、その手から逃げるように身体を離すものだから、本当に天邪鬼だ。
    「ミルクの匂いがするね」
     すんすんと鼻を鳴らして近付いて、耳の後ろを、首筋を、肩を、至る所に鼻を擦り付けて自身が使わせているそのボディクリームの匂いを堪能する。後頭部にざりりと舌を這わされて、擽ったさに身を捩った。

     僅かにバランスが変わった隙をついて、そのままベッドに引き倒される。人間の身体は筋肉の動きを読み取れば操る事など他愛もないのだと言っていたのは、オルトのために人体の関節や筋肉の研究を続けているからなのだろう。視界に開けた天井を眺めてぼんやりと考えた。
     接吻けが降る。唇の端に、口端のほくろに、顎の先に。眼の端に捉えた蒼い髪は、尾を引くようにするりとアズールの肩や胸を這って擽った。それに触れようとすると、いち早く気配を察知して身を引くのだから仕様のない。
     逃げた身体がアズールの上に戻り、顔の両脇に手を着いて捕えられた。じとアズールを見詰める眼がゆっくりと瞬きをしてから、ゆっくりと頬に口付けて擦り寄せられる。
    「……まったく」
     猫のような仕草に苦笑して、今回ばかりは折れてやるかと弱火になった蒼い髪を指先でするりと梳いた。ぐるぐると喉を鳴らす代わりに聞こえたのは、碌な食事を摂っていないだろうイデアの腹の虫だった。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/07/20 15:15:29

    ワンライ「猫」

    ##ワンライ

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品