TO麺×$ 40 ななななんでアズール氏!? なんでオルトとアズール氏が一緒に!? いやていうかアズール氏!? 何でこんなところに!? 他にも二人女の子がいたように思うけど、もしかしてリドル氏とカリム氏!? 何でこんなところに!?
思わず繰り返しちゃうくらいに動揺して、客席に背中を向けて水を煽った。ペットボトルを一気に半分くらい飲み干して、落ち着かない心臓を何度か深呼吸で抑えつける。
「どうした?」
MCを終えたレオナ氏がドラム台の上から声をかけて来た。いやまさか、「弟と一緒にアズール氏が来てて」とかこんなところで言えるはずもなく、何でもない、とだけ呟いて首を振る。いや待てもちつけ。そもそもアズール氏は僕の事を把握していないはずだ。リドル氏やジェイド氏からの情報漏洩がない限り、僕があの追いかけっこを繰り広げたアズール氏のファンである〝イデア〟であることは知らないはず。
苦し紛れにベースをやっているだなんて嘘をついてみたけれど、もしかしてあれは逆によかったのかも知れない。そもそもアズール氏と会った時にはマスクとフードでほぼ顔は隠れていたはずだし、名前の一致と髪の色だけでまさか僕だとは思うまい。
そう、きっと大丈夫! もう一度深呼吸して、提げたギターに目をやる。今は本番中。アズール氏が来ているなら尚更、彼女が僕の事に気付いていたとしても、そうでなかったとしても、ここで見苦しい姿なんて見せられるはずがなかった。だって、彼女らはステージの上でいつも完璧なアイドルをこなしていたじゃないか。
「おう、立て直したか?」
「どうにか」
にやにやと笑っているレオナ氏はもしかして、二階席の彼女らに気が付いたのかも知れない。無駄に目がいいし。いつかジムでアズール氏を見かけたと言っていたことがあったくらいだから、もうばっちり彼女の顔を覚えているのだろうし。
『休憩終わりか?』
トレイ氏がマイクを通じて話しかけて来る。どうやらMCが僕の番らしい。話すのは苦手だからMCはしないという約束だったけれど、流石に今日くらいはと事前に言われていた。記念すべき、初ホールライブ。そして、オルトが来ているライブ。
『……まあ、』
下手のスタンドマイクに近付いてこくりと頷くと、それだけで客席からきゃあと悲鳴が上がる。いや何がきゃあなの? しゃべり方キモかった?
『どうだ、ホールライブ』
『……えっ……広い、よね』
どうと言われても、結局やる事はいつもと変わらない。ひたすらギターを演奏するだけだ。となると、会場に対しての感想しか特に言う事はなくて、思ったことをそのまま口にしたら、会場からもトレイ氏からも笑われた。
『見たままだな。イデアのMC珍しいだろ?』
客席に投げかけたトレイ氏の質問には、会場から「珍しい」「もっと」と声が上がる。もっと? もっとって何話したらいいんだ。黙ってしまった僕にトレイ氏が助け舟を出す。
『お前休みの日何してるんだ?』
ええ、そんなの訊く? オタクが一番困るやつじゃん。ここでアイドル応援しに行ってますとか言ったらあとでめちゃくちゃ怒るくせに。にこにこと僕の答えを待つトレイ氏の背後から圧を感じる。
『えー……作曲』
『本当かよ、仕事熱心だな』
レオナ氏が後ろから混ぜっ返して、トレイ氏も「さすが」とかわけのわかんない切り返しをしてくるものだから、もう面倒になってしまってスタンドマイクから離れようと半歩身を引いた時。
『せっかくだから曲フリ頼むよ』
『えっ!?』
それってトレイ氏の担当じゃなかったっけ。そうはさせまいと唐突に振られたそれに思わず声を上げると、また笑い声が起こる。もう、こうなるから嫌だったのに。マレウス氏は中央で準備万端の状態で僕を見ていて、レオナ氏もまだにやにやしている。ああもう、こうなったら逃げられないじゃないかとピックを指に挟んでマイクに手を掛けた。
だってトレイ氏、次の曲ってバラードじゃん。少し切ない愛の歌ってやつじゃん。実際マレウス氏が何を考えて書いたのかは知らないけれど、一般的にラブソングとして認識されてるナンバー。この曲のフリには決められたセリフがあって、それをトレイ氏が告げたら曲入りって決まっていて、いつも、あんな台詞よく言えるなって遠目から見てたのに。
客席のファンたちはもう、その前フリの台詞を知っているから、祈るように、期待するように僕を見上げて、まだかまだかと視線が急かす。逃げ出してしまいたい気持ちをどうにか押さえ、んん、と小さく咳払いをした。集まる視線から逃げるように目を閉じる。
『─── 届かぬキミに、愛の言葉を……〝エターナル・ライト〟』
よかった、噛まずに言えた。言い切ったのと同時にひゅうと冷やかすような声が上がり、同時に僕の言葉をきっかけにして、マニピュレーターがグロッケンシュピールの音を鳴らす。
やれやれと脱力しながらイントロと共にふと目を開けてこっそりと二階を見上げた。静かに照明が落ちて行く中で、二階席から僕を見る銀色の髪がちかりと光った気がした。
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ライブが始まってすぐに脱いだ帽子を胸に抱えたまま、静かに流れるイントロに耳を傾ける。先刻までの派手な演出や派手な音ではなく、ただ静かに紡がれるようなその曲は、紛う事なきラブソングだ。少し掠れたような、けれども艶を含んだイデアさんの声は広い会場に静かに響き、それぞれの客に想いを届けて曲をスタートさせた。手を上げたり、頭を振ったりするような曲調ではない分、客席はしんと静まり、みな微動だにせず音楽に没頭している。
セットリストの強弱の付け方。派手な曲ばかりでは疲れてしまうからというのもあるのかも知れないし、前半を駆け抜けた派手な音からのトーンダウンは更に彼らの音を魅力的に感じさせた。
中でも。会場全体に広がる、のびやかなマレウスさんの歌声に心が震える。人を感動させる歌というのはこういうことを言うのかと、今更ながらに考えた。このレベルは僕らには無理だ。到達しようと思ってできるレベルではない。力強さ、包容力、強引さ、優しさ、曲によって使い分けている声質は、それでも一本筋が通っていて、これがマレウス・ドラコニアの歌であることを証明していた。
彼の歌に寄り添う楽曲、楽器、ステージ。そう見せておいて、この世界観をより一層引き立てている歌声。完璧な空間だと思う。
ちらとケイトさんを振り向くと、なに、と言いたげに唇が持ち上がった。曲の合間で話しかけていいものかと迷っていたから、そうしてくれるのはありがたい。
「彼らのコンセプトは誰が?」
「みんなで持ち寄って決めてるよ」
「プロデューサーがいるんじゃないんですか?」
「いないよ。全部自力」
ひそひそと話す中で、笑ったケイトさんに目を丸くした。ということは、条件は僕らと同じということか。それでよくぞここまで。感心する反面、悔しさが滲む。
「最初はひどいもんだったけど。その話はまた今度ね」
唇を噛んだ僕の内心を酌んだようにそう言ったケイトさんが優しく僕の背中を叩き、再び前を向かせた。ライブももう終盤。響く旋律に包まれた完成された空間を見詰めながら、自分たちもまだできるはずだとその光景を目に焼き付けた。
アンコールで呼ばれたメンバーが再びステージに登場し、簡単なMCをしてから演奏に入る。それとほぼ同時に、ケイトさんに肩を叩かれた。
「出るよ」
小さく告げられたそれに驚いたけれど、きっとそういう〝作法〟があるのだろう。こっそりと立ち上がると、それに気付いたオルトさんも腰を浮かせた。
「ボクも一緒に行く」
慌てたエースさんも立ち上がり、皆連なって二階の廊下に出る。まだ終演前であるから、廊下にはほぼ人気はなかった。
「じゃ、行こうか」
閑散とした廊下でそう言って歩き出したケイトさんに首を傾げ、言われるがままに付いて行くことにした。