ワンライ「口説き文句」 付き合って一年の記念に、ちょっと背伸びをして二人きりで訪れたレストラン。高層階の窓の外は視界を遮るものはなく、海のように青い空が広がっていた。
「夜景も捨てがたかったですが、寮の門限もあるし、学生の内は昼景で我慢ですね」と肩を竦めると、「じゃあ五年目の時はまたここへ来ようよ」と僕の方を見ないまま彼が早口で言う。蒼い髪からちらりと覗いた耳の先が仄かに赤らんでいた。
口説き文句のようなさり気ない未来の約束が嬉しくて、シャンパングラスに注がれたジンジャーエールを喉に流す。乾杯し損ねたなと気付いたのは、お互いにグラスを空にしてからだった。
そうして訪れた五年目の今日、僕は一人でここに来て、一人で夜景を眺めている。あの時のあの約束はお互い本気だったし、実現できると信じて疑わなかった。けれど、五年という月日は短くも長い。互いに何かを思い、擦れ違うには十分な時間だった。二年前に離れてから、一度も会っていない。
グラスの中は、あの時には飲めなかったシャンパン。夜景に現実味はなく、丸で大型ビジョンに写された映像のようだった。ガラスに映る僕の顔は何とも詰まらなさそうなそれで、来るんじゃなかったと虚しさに溜息を吐く。
店員がワインをテーブルに運んで来た。りんと鈴が鳴るような音を不思議に思って目を向けると、ワイングラスの中に落とされたのがワインではない事を知る。
グラスの中に、指輪がひとつ。
そしてその傍らには店員ではない、スーツ姿の蒼い髪。
別離の後悔を乗せたその表情が最後に見た不機嫌な横顔よりも少し大人びていて目を細めた。ワイングラスを差し出されて、中に光る小さなリングを見詰める。
「もう一度ここで、キミを口説かせて」
蒼い石が嵌められたそれは、トゥリング。人魚にそんなものを贈るだなんて。
さり気ない未来の約束がやっぱり嬉しくて、今度こそ乾杯しませんかとグラスを持ち上げた。