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    星に願いを ぱしゅ、と小さく音がして突然右足が動かなくなったことに驚いて慌てて辺りを見回す。一瞬アーマーの不調を疑ったけれど、今朝装着した時には一切そんなことはなかった。となると、先刻聞こえた小さな音。何かが発射された? けれど些細な衝撃も拾うはずのアーマーはブザーのひとつも鳴らさずに平然としている。それでも実際右足首の辺りに力が入らず、立っている事すらままならなくてよろよろと壁に凭れた。
    「重い?」
     ふと耳に入った高い声に視線を下げる。いつの間にか腰の辺りまでしかない小さな子供がこちらを見上げ、心配そうに、しているかと思いきやその口元を歪ませてにやにやと笑っていた。
    「……イデア様、何されました?」
    「何も? ちょっと豆鉄砲撃っただけ」
    「何もじゃないじゃないですか。直してください」
    「その前にちょっと効果測定させて。痛みはある?」
     優に三十は年齢の違う相手をものともせずにさらりと流して右足首の辺りにしゃがみ込む。
     先日、七歳の誕生日を迎えた次期所長候補であるイデアは、自他共に認める魔導工学の天才児だ。この研究施設で使用しているアーマーも、彼によって日々バージョンアップがされている。軋む右足をあちらこちらから眺めている小さな頭のどこにそれほどの情報量が入っているのだろうかと思うくらいだ。
    「のわ!」
    「ヒヒッ、これいいでしょ、さっき作ったんだ」
     格好悪い声と共に無様にその場へ尻もちを着く。幸いアーマーのせいで痛みはないけれど、人気のない廊下にがしゃんと音が響いた。ふと見た小さな左手に乗せられたカスタネットのような玩具。何がどうなったかはさっぱりわからなかったけれど、どうも重力の無効化か軽量化をするアイテムなのだろう。彼の体重の遥か数十倍はあるはずのアーマーを着込んだ大の大人すら、左手ひとつでひっくり返してしまった。お陰で、尻もちをついた姿勢のままアーマーの右足の裏を覗くイデアに溜息を浴びせることになる。
    「……イデア様、学校はどうですか」
    「下らない質問するね~、あんなのお友達ごっこするためだけの場所で、僕には必要ないよ」
    「そんな事ないでしょう、ご学友は必要ですよ」
    「何をもってそういうの? 大人はすぐ『いい思い出になるから』とか言うけど、じゃあキミの想い出を貸してよ。メモリ化して追体験すれば過ごしたも同然でしょ」
     むっつりと頬を膨らませている顔は丸で子供のそれなのに、子供特有の高い声が紡ぐ文句は到底子供とは思えないような内容で、つい苦笑してしまった。
     何が誰にとって価値があるのもなのかなど、他人が決めることではないのだ。この研究施設に配属になる前に、散々体験したはずなのに。ブロットの研究など趣味が悪いだの非人道的だの。それらに唾を吐いてここへ来たことを、つい忘れてしまう。
    「足のパーツは直りますか?」
    「うん、すぐだよ。人間に比べたらアーマーの修理なんて簡単簡単」
     鼻歌を歌うようにそう言って、未だ柔らかさの残る指先が冷たいであろうアーマーの金属の上を滑ってあっという間に修理を完了してしまった。
    「何だったんですか?」
    「矛盾の実験。みんなが着てるアーマーは今の所魔力には超有効で基本的には負けないけど、じゃあ最強の魔力と戦ったらどっちが勝つのかなって」
    「最強の魔力」
    「うん、この前施設に送られて来た被検体。あれ、妖精族だったでしょ」
    「ああ……ていうかまた研究所内に入られたんですか」
     立ち上がりながら軽く咎めると、都合の悪い事は聞こえないと言わんばかりにくるりと背中を向けてしまう。軽く肩を上下させてその隣に並んだ。
    「妖精族の魔力は人間とは比べ物にならないからね」
    「で、結果はどうだったんです?」
    「見ての通りだよ。キミのアーマーの一部は欠損、魔力の勝ちだ」
     そうなると、矛盾の対決は今回矛が勝ったということだ。小さな口の中でぶつぶつと唱え始めたイデアは恐らく、次はこのアーマーが魔法に負けないようにするための補強や改良を思案しているに違いない。このアーマーが壊れるということはつまり、それを使用して業務に当たっているカローンたちが危険に晒されるということだ。
    「もっと色んな魔力を試してみたいなあ。アーマーを壊すわけに行かないもんね」
    「ここの研究員はそれなりに皆強いですよ」
    「でももっと強いやつが来たら困るでしょ。それに、あの被検体、鳴き声がちょっと可愛いんだよ。他のと違って」
    「イデア様」
     僅かに棘を孕ませて彼の名を呼ぶと、はっとした丸い頬が不機嫌に膨らむ。行動を咎められるのが嫌いな彼の無言の抗議。所長の息子であるイデアに面と向かって注意をするカローンは数少ないがゆえに、滅多に見せないそれだけれど。
    「分かってるよ。被検体に同情するなっていうんでしょ」
    「そうです。彼らに感情を向けてはだめですよ」
    「分かってるってば!」
     アーマーを強化して、カローンを守ろうとしてくれている優しさが、我を失い単なる破壊者と化したファントムへも向けられてしまったとしたら。ふと過ったその考えを打ち消すように小さく首を振った。
    「にいさーん! みつけたー! あそぼ!」
    「オルト!」
     駆け寄った弟を抱き止めながら笑った顔は、先刻とはまるで違う年齢相応のそれで、思わず胸の辺りが温かくなる。本当は所長に出入り禁止だと言われている区域なのだけれど、もうこの二人はそんな事お構いなしにあちこち歩き回るし、悪戯を仕掛けて来る。けれどそれがどうしようもなく可愛いなと思うのは、故郷に彼らと同じ年の頃の子供がいるせいなのかも知れなかった。
    「ねえ、人間と違う魔力を持ってるのって、妖精と、獣人と、あとは?」
    「そうですねえ……ああ、人魚は相当強い力を持っていると聞きますね」
     研究所の出口に二人を送りながら、時折見かける海に棲む魔物を思い出す。この研究所にはあまり運ばれて来ない所を見ると、人魚や妖精といった種族は滅多にブロット許容量を越えないのか、または、人知れず運ばれているのか。いずれにしろ一介の研究員であり、警備要員には分からない範囲だった。
    「ふ~ん……人魚ねえ……」
    「人魚って海にいるんじゃないの? 海に行けば見れる?」
    「そう簡単に見えないよ、彼らは警戒心が強いから」
    「へえ、さすが兄さん!」
     自分だって見た事もないくせに胸を張ってさも知っているかの如く弟に聞かせるイデアの態度が何とも可愛らしく思えて、マスクの下で少しだけ笑う。これに気付かれると臍を曲げてしまう事を知っているので、絶対に気付かれないように。
    「さあ、もうじきおやつの時間でしょうから、これを持って屋敷にお戻りください」
    「わあい!!」
    「やった、今日は大きいやつだ!」
     二人の小さな手が一生懸命に広げられて、そこへぽとぽとと星の形の砂糖菓子をいくつか落とした。兄弟のお気に入りのお菓子。故郷で売っている金平糖。イデアが何かにつけて自分の元へやって来るのは、他の研究員よりも悪戯を咎めないからというのもあるけれど、恐らく一番の目的はこの金平糖だ。
    「これ、スターローグの回復アイテムに似てるんだ」
    「そうですか」
     スターローグというのは、いま彼らがハマっているビデオゲームのことらしい。アイテムの名前を高々に唱えながら、小さな星をひとつ口の中へと放り込む。甘いと笑った兄に続いた弟もまた、甘いねえと内緒話をするように肩を揺らした。
     両手いっぱいに包んで研究所を出ると、屋敷に向かう一本道を二人笑いながら駆けて行く。ほんの少しの癒しの時間。小さな背中を見送って、再び無機質な研究所へと踵を返した。






     大きな水槽の脇で目を凝らしている横顔を眺める。特に交わす言葉はない。ただ、彼をこの場で警護することだけが今課せられているミッションだ。
    「……アーマーのバージョン、少し上げておかないとダメかも」
     ぽつりと呟いたそれに目を向けると、水槽に額を付けたイデアがこちらを見ている。その目はどこか寂しそうで、何を思っているのかと探ってみるけれど、きいろの瞳の奥までは読み取ることはできなかった。
    「明日にでも強度を上げておくね」
     独り言なのか、語り掛けているのか。それすら曖昧な呟きは何を求めるでもなくリノリウムに跳ねて背中で掻き消された。
    「人魚の魔力は強いからね」
     あの頃、腰までしかなかったイデアはいつの間にか隣に並ぶと同じくらいの身長になって、ふわふわと肩の辺りで跳ねていた髪の先は腰を超えて風に揺れている。
    「『ご学友』、思ったより悪くなかったよ」
     並び立ち、こちらを見たその目はやはり寂しそうで、けれどもどこか喜色を孕んでいるようにも見えた。
    「そうですか。それは何より」
    「明日、被検体Cは人魚の姿での検査をするから。キミ手伝って」
     あの水槽は、イデアが自ら用意したものだ。彼の通っている学校で立て続けにオーバーブロットがあったと情報が入ってからずっと、回収の機会を伺っていた。それが、機を得て今。彼の学友が被検体としてこの施設に運ばれて来ている。あの水槽の中には、人魚の被検体がいるのだと聞いていた。
     何気ない事のように言ったイデアの横顔は、既に温度を失っていて、廊下の蒼いライトに照らされて丸で人形のようだと思う。
    「人魚の被検体とは、どのような関係のご学友で?」
     聞いていいものかどうか分からなかったけれど、廊下を歩く間持たせでふと口にしてみた。人形の横顔は一瞬だけ温度を取り戻したけれど、またすぐに青白く冷める。
    「別に。ご学友にどんな関係も何もなくない?」
    「まあ……ですが、特にこの被検体の様子を見に来る回数が多い気がして」
    「気のせいデショ」
     肩を揺らして笑ったイデアが俯いた。メインコンピュータールームへと繋がる自動ドアが開く直前、ドアのメタル部分に一瞬映った表情が随分と苦し気に見えて、思わずマスクの下で眉を顰めた。
    「イデア様、分かっていると思いますが被検体に」
    「同情すんな、感情を向けんな、でしょ。知ってるよ。僕に余計な口出ししないで」
     咄嗟に伸ばしかけた指先は、払われることすらされずに避けられて、行き場を失って静かに落とすしかできなかった。肩越しに振り向いたイデアはひどく冷酷な表情を浮かべ、けれども肚の底で怒っているのであろうことは、髪の先がちりちりと赤く染まっている事でそうと知れた。
    「……申し訳ありませんでした」
     頭を下げると、ふんと鼻を鳴らして逃げるように別室へと抜けて行く。閉じた自動ドアを眺めて、少しだけ肩の力を抜いた。ふと足元に目をやって、右足のパーツを見詰める。

     あの頃。イデアの手がまだ大人の手のひらの半分くらいだったあの頃。金平糖のお礼にと特別仕様にしてくれた足のパーツは、他のカローンのそれよりも少し早く移動することができるようになっていた。嬉しい? と見上げて笑ったあの顔は、もう二度と見ることはできないのだろう。
     あの水槽の中に、『誰』がいるのかは分からないけれど。どうか、もう二度と、彼から『大切ないのち』を奪わないでいて欲しいと、在りし日の優しかったその人を、思わずにはいられなかった。
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/09/06 22:22:24

    星に願いを

    ⚠️6章ネタバレ
    ⚠️6章前編読了時点での盛大なる捏造
    ⚠️モブ目線
    ⚠️カローンの中には人がいる設定
    ⚠️CP要素は低いですが、ここはイデアズ工場です

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