安眠導入サービス 恋人が自分の部屋に初めてのお泊まりってそれなりのイベントだと思っていたんだけど。わざわざ転移魔法陣で呼び寄せられたそれに言葉を失った。
「は、恥ずかしいんですけど…っ、これがないと…眠れなくて……」
耳まで真っ赤にしてそう告白してくれたアズール氏がこんなに可愛いわけが、ある。逆に可愛くないわけがない。両腕にぎゅうと抱え込んだ綿の集合体はホールドされたところにシワが寄って、今にもぐえと鳴きそうだ。
苦しそうだなとその腕の中のぬいぐるみを見る目が我ながら冷えているのがよくわかる。どうにかこうにか、ああそうなんだぁ、と棒読みで返事をした僕にアズール氏は少しほっとして肩の力を抜いた。恐らく、このぬいぐるみを抱えていないと眠れないことを馬鹿にされなかったことへの安堵だろうけど。緩まった腕の力により元の姿を取り戻した『うつぼのぬいぐるみ』も、その腕の中でほっとしたように見えた。
「それって自分で買ったの?」
「はい。サイズ的に抱き枕にするのに丁度よくて」
言いながらそそくさとベッドに上がり、壁を背にして座ってから薄い黄色(せめてこの色でよかった、緑系とかだったら多分即燃やしてた)のぬいぐるみを膝の上に置く。
言っていることは分かる。確かにサイズ的にそうであろうなと思うくらいのそれは、そこそこの太さも弾力もあって抱き心地は良さそうだった。いやでも、それにしたって。
「それ、僕じゃダメ?」
「え?」
両手と左肘をベッドに乗り上げると、スプリングがぎしりと鳴った。このベッドが軋む音を初めて聞いたように思う。それが妙に、ベッドの上に自分以外の体重を乗せているせいだと意識させた。けれども今はそれどころではなくて。左手でアズール氏の膝の上からぬいぐるみを取り上げて床に落とした。
「ぼ、僕だって抱き枕にするには丁度いいサイズだと思いますけど?」
初めてのお泊まりに緊張し過ぎた脳がバグを起こし、上擦った声でそう言うと、床に落とされたぬいぐるみの行く末を追い掛けていたアズール氏の眼が僕を見て、それから頬が赤く染まる。動揺している隙に入り込んでやろうと完全にベッドに乗り上げ、汗ばんだ手のひらで彼のパジャマの太腿に触れた。
「ね、眠れなくなります」
「だから僕を代わりに……」
「ドキドキし過ぎて、眠れなくなります」
シーツをきゅうと掴んでいた手がふと開かれてゆっくりと僕の手の甲に重なる。
「眠れるようになるまで練習、しないと」
「……ふひ、努力家ですなあ」
そんな練習に付き合うのは大歓迎だと身体を伸ばして、震える唇にそっと触れた。角度を変えて、触れるだけのそれを繰り返す。
「枕はこんなことしません」と笑ったアズール氏と共にシーツの上へと転がって、「安眠導入サービスです」と再び接吻けながら僕も笑った。