君について マンハッタンの摩天楼が、夜の灯りに煌々と照らされながら聳え立っている。業界団体主催のカクテルパーティが開かれているバーラウンジのフロアには、フォーマルな靴音に華を添えるジャズバンドの演奏と、交わされる会話やグラスの音色の溶け合ったざわめきが流れるように満ちている。いましがたまで加わっていた数人の知人との輪から話の区切りで離れ、崚介はひとり会場内へついと目を遣った。
懇親会への出席には慣れて久しく、また複数の意味で必要なコミュニケーションであることも理解の上だが、今夜は普段と比べてもいささか規模が大きい。いくつかの理由のうちのひとつが、招待客層の広さである。劇団、楽団、プロデューサー、コンサルタント――ブロードウェイのエンターテインメントを日夜支える面々が顔を揃える空間に身を置くことは、今後の劇団活動においても充分な意義がある。崚介にとって直接面識のある相手も、そうではない相手も入り交じるホールを見渡していると、見知った顔と視線がぶつかった。
品のある佇まいは人の輪の中にあっても自然と目を惹く存在感を発している。折り良く抜け出すことができたのか、相手がこちらへ向き直った様子を見て取りそちらへと向かう。繊細な美しさのあるプラチナブロンドをすっきりと纏め上げ、深いエメラルドのパーティドレスに身を包んだ彼女が、シャンパングラスをかろやかに掲げてみせた。
「お久しぶりね、お会いできてうれしいわ」
「こちらもだ。多忙な貴女が出席されるとは珍しいな」
「ええ、ちょうど都合がついたものだから。偶には、そういう日もなくてはね」
マリア・サントゥニオーネ=ヴィシニョーワ。
ジェネシス創設以前からの旧知の間柄であり、互いにニューヨークを活動拠点としているが、腕利きのプロデューサーとして世界中を飛び回っている彼女の姿を直接見かける機会は多くない。ジェネシスがブロードウェイでの活動を始めてから、崚介がマリアに会うのは劇団の渡米後一作目である『GENESIS』公演以来のことだった。
「たしか、今日は灰羽さんもご一緒だと思ったのですけれど」
「いまは別行動を取っている。……ああ、あちらの奥だな」
拓真がニューヨークでの社交シーンにも概ね慣れたころから、共に出席する場であっても自ずとそれぞれに立ち回るようになっていた。視線を巡らせて姿を探すと、幾らか離れたバーカウンター付近にある数人分の輪の中に男の長躯を見つけられた。崚介の言葉の先に男の姿を確かめて、彼女が笑む。
「彼ももうすっかりこちらに馴染んでいるのね。ほかの皆さんもお元気かしら」
「ああ。養成所生も増えて、いくらか賑やかになった」
「ふふ、以前から噂は聞いているわ。素敵なことね」
グラスに揺れるシャンパンに優雅な仕草で口をつけ、かつての大女優は言葉を継いだ。
「私、実を言うと、貴方たちが新しいメンバーをチームに迎え入れるのは、もう少しだけ先になるかと思っていたの」
「――……、」
「いいえ、染谷さんを座付きの脚本家に迎えたのだから、役者が増えたとしてもなにも不思議はないのだけれど。でも、貴方たちは私が思うよりずっと早く……そして柔軟に、未来を見据えて体制を変えていった」
良いリーダーに出逢えたわね。
深く穏やかなまま続いた声に、二、三、まばたく。
彼女と初めて出会ってから、何年が経つだろう。そのときも、こうした交流の場がきっかけだった。年月を重ねてなお曇らぬ慧眼に、過去の自分は――いまの自分たちは、どう映っているのだろうか。詮無い疑問がふと脳裏を掠めていったけれども、尋ねる代わりにひとつだけ言葉を付け足した。
「有能なリーダーで、信頼できるパートナーだ」
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20210912Sun.
Happybirthday, dear Takuma!