晴に言祝ぐ ガラスポットの中で、淡い陽射しの色をしたハーブティーが揺れている。普段はストックのドライハーブを使うことが多いけれども、今日はあらかじめフレッシュハーブを用意していた。レモングラスとミントの清涼感のある香りが、朝のキッチンにふわりと漂う。
オーブントースターの内側ではほどよい厚みにスライスした食パンが二枚、きつね色に焼き上がるのを大人しく待っていて、目を離した隙に焦げ付いてしまうことのないよう時折視線を向けてやる。
キッチンカウンターに並べたトレイは二人分。ハーブティーをカップに注ぎ、焼き上がったトーストを副菜の隣に並べれば、休日の朝食の支度は完了だ。
窓の外は晴天。六月に入り、数日ぐずついた天気が続いていたが、しばらくぶりの晴れ間が覗いていた。天候に合わせて数パターン用意していた今日の予定は、好天用のプランで確定してよいだろう。
昨晩遅くまでは細い雨が降っていたから、植物園の花々もまだ瑞々しく濡れているに違いない。雨上がりの植物園はどの草花も生き生きとしていて、よりあざやかに見える。植物園自体は桜の季節にも訪ねてはいたものの、緑の深まるこれからの時期特有の美しさもまた、何度見ても飽きることのない景色だった。
「灰羽」
トースターからきつね色の食パンを取り出したタイミングで、背後から聞こえた呼び声に振り返る。シャワーを済ませた崚介が、リビングへ戻ってきたところだった。
「ちょうどよかった。 朝食の支度ができるところですよ」
「ああ。 ありがとう」
まっすぐにキッチンへやってきた彼が冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。
同時に小分けのバターがひとつずつトレイへ載せられたことに気付き、ありがとうございます、と小さく返した。手馴れた指先、何気ない所作ですら、ふいに目に留まるたび特別なもののように思えてしまうのは、かれの横顔の無防備さが為せることだろう。――そのいとけなさをこうして傍らで眺めていられる日々は、自身にとって紛れもない特別であるからだ。
「どうした」
「いえ、」
グラスに注いだ水で喉を潤し、やわく息をついた彼が、視線に気付きことりと首を傾げて問うてくる。巡らせていた思考を素直に口にするのは(ともに過ごす時間が長くなったぶん)いささか面映ゆく、どうにもひと呼吸挟んでしまいがちなのだけれども――静かに澄んだかれの赤にただまっすぐに自身を映し込まれてしまえば、ささやかな見栄などすぐにほどけて溶け消える。
「黒木くん」
彼の名を呼ぶ。自身を迎え入れるようにグラスから離れた指先を、すいとさらって引き寄せた。
ステージに立つために無駄なく織り上げられたしなやかな体を抱き締めると、慣れたバスケア用品の匂いが嗅覚を擽る。キッチンに漂う柑橘の香りと、かれの温度が柔く絡むのが心地好い。翌日がオフであることを口実に昨晩時間をかけて触れ合ったばかりだというのに、漠然とした情動が奥底から滲み出て胸裡を揺らすのが分かる。
伝えそびれたなにかがあるのではないか。
身のうちにあるなにかを、まだほとんど伝えられていないのではないか。
彼の体温を感じるたび衝動のように湧き上がるその問いを、考えなしにぶつけられるほど若くも浅はかでもないけれども、抱き竦める腕から少しでもこの熱が伝われば良いと願っているのは確かだった。
拓真、と、ささやくほどのひそやかさで彼が自身の名前を呼ぶ。
その声と、同じだけの強さで返される抱擁が何よりの応えであることを、聡い彼は十二分に知っている。湯上りの温度を含んだ眦へ言葉の代わりに柔く口付けて、間近で和らぐ赤のうつくしさに目を細めた。
温かい朝食を囲んで、雨上がりの翠を眺め、景観の良いカフェレストランで軽めの昼食を摂り――夜には仲間たちとの食事会が待っている。
今年もまた彼にこの言葉を伝えられることが、ただ嬉しい。隣り合って過ごす今日を思いながら、そっと口を開く。
「誕生日、おめでとうございます」
***
20250607Sat.
//Happybirthday, dear Ryosuke!