葵台路太という男 葵台路太という男がいる、刀遣いである。鯉朽隊所属の段位は弐、作戦遂行能力が高くどんな刀神と組んでもそれなりの戦果を持ち帰る、使い勝手のよい兵隊であった。であるが、天照に入ってから十年弱、固定バディを持ったことは一度もなかった。それは任務に合わせて都度違う刀神と組む方が都合がよかったというのもあったが、別の理由として、路太が「つまらない」人間であるというのもあった。路太には夢も、信念も、渇望もない。その体の芯となるような激情を持ち合わせていないのだ。そういった人間を神は好まないことが多く、一時的に組むなら兎も角として、寵愛を与えられるようなことはなかったのだ。
また、葵台路太には才能があったが意思はなかった。必要なだけの努力はしたが、全てをなげうつような情熱はなかった。己にも他人にも期待しない淡白な生き方には利点も多いが、最後の一歩、頂きへ抜きん出るのには欠点となった。少なくとも路太は何の目的もなく人の枠を越えられるような怪物ではなかったので、意思なきままではこれ以上の成長は望むべくもなかった。そもそも当人も望んではいないだろう。路太が己に課しているのは、妖刀の能力を十分に発揮し人々の助けとなれる刀遣いという役割で、それ以上の研鑽に興味などないのだ。
……さて、葵台路太という男の近況についてだが、彼はここしばらく調子を崩していた。とはいえ日常生活にはほとんど影響は出ておらず、任務に出るよりも鍛練の方を優先しているため妖刀を扱う頻度が下がったくらいである。
その日も路太は静かな訓練室で一人座していた。天照内にいくつもある訓練室は、事前に申請を出せば誰でも使うことが出来る。訓練用の豊和を傍らに置いて目を閉じていた路太は、ふっと目蓋を持ち上げ豊和を片手で掴んだ。
次の瞬間、既に抜き放たれた刀の切っ先が前方の空間を貫いている。
そこに妖魔がいたならば一撃で核を破壊するだろう鋭さで繰り出された斬撃には何ら問題はないように見えたが、路太自身はいまいち納得していないらしく、納刀すると再び集中する。
──それなら強くなれ。
ある刀遣いの言葉が引っ掛かっていた。どこかいつもと違う響きの声。すぐに解けて消えた緊張の糸。気のいい──頼りない、だらしない──三十路男という印象しかないあの肆段の刀遣いの言が不思議と気にかかるのだ。あの眼差しを、どこかで知っている気がする……。
刀神というものとの関わり方についても考える機会が増えていた。最近続けて同じ刀神と組んだ上その神は人間を好いているタイプであったから、路太の思想──
刀遣いは妖刀を十分に扱えればよく、ただの生気供給源であり、替えのきく道具でしかない──に同調しないどころか悲しそうですらあったから、淡白ではあるが冷淡というわけではない路太は少し申し訳ないようなもやもやとするような気持ちを抱いていた。
駄目だ、と路太は溜め息を吐く。思考が散らばってしまい訓練にならない。少し早いが切り上げるかと伸びをし、立ち上がる。豊和を提げて訓練室を後にする路太をもし見た者がいたなら、いつもより更に頼りなげに見えたかもしれない。
鯉朽隊、弐段、葵台路太。その刀遣いは、まだ執着を知らない。