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     この世で最も美しい生き物があの湾にいる。
     それを見た者はすべてその美しさに魅了され、海へと入る。
     沈んだ者たちは月が一巡りする頃に帰って来る。
     彼らは魚になっている。

       ■   ■   ■

     とある僻地にある漁村にそんな言い伝えがあった。他の土地の人間たちはそれをただのおとぎ話だと認識していたが、地元の人間たちにとっては厳然たる“事実”であった。
     年に一度、村人たちの中から選ばれた人間がとある湾へと向かい、海へと入る。海へ入った人間は一月後に戻り、その体のどこかに鱗が一枚生えている。その“鱗持ち”は一年間村へ恵みをもたらした後、鱗が消え普通の人間に戻る。この奇妙な風習は何十年も前から続いており、彼らはこの現代になってなお海へ向かうのをやめない。一度恩恵を知ると手放せないのがひとの常である。
     その伝承が天照の耳に入り、調査の手が入ることになった。このような尋常ならざる現象には妖魔や刀神が関わっている疑いがある。しかし既にその地に根付いているものである、地元民を刺激するのは好ましくない。まずは先行調査に一人の刀遣いと一柱の刀神が派遣されることとなった。
     刀遣い、鯉朽隊所属の弐段、葵台路太。長身くらいしか特徴のない、地味な青年である。他の鯉朽隊の刀遣いと同じく、先駆隊としての運用に向いている。刀遣いとしての経験は十年弱あり、対応力にも問題はないためこの任務に任命された。
     刀神、“渦潮”、自称たぬ。普段は狸の姿でうろついている。隠密に適性のある能力を持つ刀神であり、生気の消耗も緩やか、性格も過激ではないことから任務への打診がおこなわれ、路太からの誠意──老舗和菓子店の羊羮──もあって任務への参加が決定した。
     こうして二人は漁村へと向かった。電車で数時間揺られて到着した村は僻地のわりに栄えており、これも件の風習の恩恵なのかもしれなかった。
    「いやはや、嫌な雰囲気の場所ですなあ」
    「そうですか? 俺にはわかりませんけど」
    「やや、葵台殿は案外鈍感でおられる? いけませぬな~、それでは立派なもののふになれませぬぞ!」
    「はあ」
     駅に降り立った二人はそんなやり取りをしながら宿へ向かう。それなりに立派な旅館である。刀神が向かうことは伝えているため、狸にしか見えない姿の渦潮が追い出されることはない。玄関で出迎えた女将は、軽妙な口ぶりで喋る狸を見てにこにこと笑っていた。
     旅館に荷物を置いた後、路太は早速調査へと向かい、渦潮はふらりとどこかへ消えた。あまり離れすぎないようにと伝えはしたものの基本的には彼のやりたいようにやらせるつもりらしく、渦潮の行動に路太は特に口出しはしなかった。
     村の人々は天照から来た刀遣いである路太を少し警戒しているように見えた。自分たちが行っていることが異常である自覚はあり、また、こんな奇跡を与えることが出来るのは刀神や妖魔くらいであるということもわかっているのだ。だが路太の生来の目立たぬ風貌と人当たりのよさ、天照職員としての経験──民間人への対応や交渉についての──などが功を奏し、調査に致命的な支障はなかった。とはいえこの漁村の風習については皆よくわかっていないまま実行している様子で、詳しい話はほとんど聞けなかった。
     この漁村の風習、村人が海へ入る儀式は“海迎え”と呼ばれており、その儀式を取り仕切る祭司の家へと向かった路太は、家の前で意外な人物──ヒトではないが──と出くわしきょとんとした。ふわふわと尻尾を揺らす狸……渦潮。
    「どうしたんです、たぬ殿」
    「こちらからおかしな気配が」
     では一緒にゆこうということになり、二人は祭司の家の門を叩いた。祭司は品の良い中年男性で特に不審な様子もなく、路太と渦潮を出迎え対話に応じた。儀式の内容については神秘につき教えることは出来ないとのことだったが、けして危険なものではなく、単なる風習にすぎないと述べる祭司はあくまで穏やかだったが頑なだった。実際に恩恵を受けている点についてはあくまで偶然だと言い張った。
     ──偶然?
     路太は朗らかに祭司と話しながら事前に読んだ資料を思い返していた。鱗持ちが乗った船は必ず豊漁となる、家が商売をしているなら大きな取引に成功する、病を持っている家族が快癒するなど、様々な事象が確認されており、偶然というには鱗持ちの周囲に幸運が偏りすぎていた。だからこそ天照かれらはここへ来たのだ。
     しかしこの祭司から情報を聞き出すことは出来ないだろうと判断した路太は、出された饅頭を食べていた渦潮がそれを食べ終えるのを見計らってからその場を辞した。
    「……どうでした」
    「饅頭は美味、けれどもあれはひとの道を踏み外していると見て間違いないですなあ」
     表でそんなやり取りをし、路太は憂鬱げに溜め息を吐いた。話し合いで終わる仕事ではなさそうである。また、儀式について聞き込みだけで調べるのには限界が見えた。村人は無垢、祭司は黙り。こうなれば己の目で確かめるしかない。次にこの村で儀式が行われるのは一月後で、日を改めてまた訪れることに決めた路太は、帰る前に儀式で使われる湾を確認するべく海へと向かった。今度は念のため渦潮を連れてゆく。チョコレートで買収した。
     海辺の岩場を抜けた先にその湾はあった。周囲には縄が張られていたが、路太は構わず中へと侵入した。静かな場所だ。海は凪いでいて特に異変はないが、渦潮はじっと沖を見ていた。
    「たぬ殿?」
    「……気に入りませぬな」
     どこか冷たい声でそう言った渦潮はぷいと海から顔を背けると陸の方へ歩いてゆく。彼の気紛れは昨日今日に始まったことではないが、路太は急いでサンプル──海水や砂など──の採取を終わらせるとその後を追った。


     それが一月前のことである。


     一月後、二人は再び村を訪れていた。儀式の日である。目立たぬよう今回は宿を取らず、身一つで祭司の家の前に張り込んでいた。足元に寄り添っている渦潮の毛がさわさわと揺れている。今回、この刀神は長時間に渡り異能を発動しているままだった。
     “触れている者の姿を発見されにくくする”。幻影を作るのに加えてそういった能力も持っている渦潮は、路太の生気を少しずつ食みながら路太を隠し続けていた。その足元に一瞬霧雨が立ち、消える。路太は己の生気が静かに外へ流れるのを感じ、一度目を伏せた。
     昼過ぎに祭司が姿を現し、路太たちはその後を追った。祭司はまず村人の家を訪ね、一人の若い娘を連れ出してから海へと向かった。娘は白装束を着ており、どこか非日常的な、不穏な予感を路太に覚えさせた。
     そう時間はかからず彼らは湾に到着し、岩陰で待機する路太たちの見ている前で儀式が始まった。祭司が何やら祝詞のようなものを唱え、白装束の娘は黙ってその場に立っている。……緊張と、少し怯えているように見えた。
     不意に海面が揺れる。大きなものが海中から近付いてくる。海を割って、巨大な何かが現れる。
     “この世で最も美しい生き物”。その姿に、路太は息を飲んだ。
     輝く鱗。宝石のような目が複数個頭部にあり、思慮深げな光を湛えている。背中からは鋭く尖った鰭が天へ向かって幾つも生えている。胴体は二メートルほどが地面に乗り上げ、残りは海中へと消えている。竜のようなその姿は雄大で畏怖さえ感じさせる。あれが、この村を栄えさせている妖魔なのだろう。
     ──いつ切り込むかを考える。
     当たり前だが不意打ちは一度だ。路太はじっと妖魔を観察する。一撃で仕留めるのが理想だが、霊核がどこにあるのか見極められない。頭部や胸部などの生物における重要な部位にあることが多いが、この妖魔がそうかどうかはわからない。胴は長くどこが中心部かわかりにくいため、頭部を狙うかと目星をつけた。核を外したとしても、目が潰せる。
     そっと抜刀の構えを取る路太の腰に刀はない。渦潮がぶるりと身震いをする。いつでも“抜く”ことが出来る状態だ。
     そのとき、祭司たちに動きがあった。……娘の体に縄がかけられていく。嫌な予感を覚え抜刀を中断した路太は、次の瞬間眼前で起こったことに目を見開いた。
     娘が海へと飛び込んだ──飛び込まされた──のだ。
     この湾は岸からすぐ深くなっており、娘はどんどん沈んでいく。路太は刀を抜かずに岩陰から飛び出し、ボタンを引きちぎるようにしてジャケットを脱ぎ捨て、そのまま海へと飛び込んだ。まだ冷たい水をかき分けまっすぐに泳げばすぐに娘の元へ到着する。もがく動きに邪魔をされながら携帯用ナイフで縄を切り、娘を抱えて水面へと浮かび上がる直前、海底に見えたものに思わず路太の腕に力がこもった。
     地上へ這い上がり娘を横たえ、激しく咳き込む様に安堵した路太はぞっと背筋が粟立つのを感じて振り返る。妖魔がこちらを見ていた。
     ぬらりと光る鱗。巨大な目玉が幾つもついた頭部。背中から伸びる鰭は鋸のようにぎざぎざと尖っており、天へ向かって何本もでたらめに生えている。胴体は地面に乗り上げている部分だけで二メートルほど、海中へ続いている先がどの程度の長さかはわからない。大蛇のようにのたうつ様は悍ましく、不愉快だ。
     ──なぜこれを「美しい」などと思ったのだろう。
    「お前、邪魔をする気か……!」
     何を考えているのか動かない妖魔をよそに、祭司は憤懣やる方ない様子で路太を睨み付けていた。だが路太は祭司を無視し、妖魔をじっと見ている。海に飛び込み体が冷えたというのを差し引いても顔色が悪い。
    「……何を帰した」
     静かな声は少し震えていた。怯えではない。怒りに近い。いつも眠たげな目が、激情の炎を抱いている。
    「戻ってきた彼らは一体『何』なんだ」
     路太は海底の様子を思い出す。最初はごみでも沈んでいるのかと思った。しかしそれらは……大量の、死体だった。ほとんどが骨になっていたが、白装束の名残が残っているものもあった。どういったいわれの死体かは明白だった。
    「人が一月海に沈んで生きているかよ。あれは魚だ」
     ……村に恵みをもたらすものの噂に半信半疑であった路太だったが、目の当たりにして納得した。やはり妖魔は害悪だ。人の命を奪い、自らの眷属を増やす、人と対立する存在。村に与えている恵みは、托卵のおまけのようなものなのだろう。妖魔の声は腹の底を突き上げるように重々しい響きで、路太は唇を引き結んでから手を腰へ伸ばし、渦潮の方に目線を寄越した。獣は──神は──すまし顔で尻尾を揺らした。
     祭司からは青年が突然瞬間移動したように見えた。一瞬きでその青年は彼らの“ぬし”へと迫り、その手元でごうと小さな海が渦巻いていた。その中からずるりと抜刀する。
     耳障りな咆哮が響いた。
     路太の手に握られた刀が、妖魔の顔面を斜めに切り裂いていた。核は外したらしく、妖魔は血のようなものを噴き出しながらもがいている。長い胴がのたうち、祭司の体を横殴りに弾き飛ばした。地面に転がった彼が呻いている──生きている──のを確認した路太は、妖刀渦潮……上一宮大粟・大宜都“渦潮”を構え直す。
     妖刀渦潮は四尺五寸ほどの大太刀である。路太はそれを危なげなく取り回している。妖魔の巨体に立ち向かう様はあくまで自然体で、力みがない。長身でしなやかな体躯は刀に振り回されることもなく、素直な動きで剣戟を繰り広げている。
     最後の一太刀は、ぱくりと妖魔の喉元を割り、霊核を破壊した。


     その後、鱗持ちを出した家で奇妙な現象が起こった。鱗持ちの姿が跡形もなく消え、代わりに寝床で魚が一匹死んでいる、という現象が相次いで起こったのだ。いくら探しても消えた者たちは見付からず最終的には警察沙汰になったが、それからもう少しすると事件は天照預かりとなり、消えた者たちが永遠に戻らぬことを察した人々は悲しみにくれたという。
    「俺たちがとどめを刺したことになるんですかね」
    「死人は戻らぬ、それが世の道理ですぞ」
     報告書を書く路太のデスクの上に座る渦潮は、期間限定のコンビニスイーツを食べている。ちなみにこの場合は任務中ではないため経費では落とせない。
    「しかし葵台殿、今日のすいーつは少々手抜きでは? これでは我、十分に働けませぬぞ~!」
    「今日は任務ではないですしそれ以上は出ません。何なら代わりに俺の生気持ってってもいいですよ」
    「生気とすいーつは別ゆえ」
     路太は自分の懐具合を思い、譲歩はしないことに決めたため黙って報告書の作成に戻った。渦潮も本気でごねるつもりは最初からなかったらしく、本日のスイーツを食べ終えるとひらりとデスクから飛び降りた。
    「お疲れ様です」
     ビジネスマンめいた別れの挨拶に、渦潮はゆらりと尻尾を揺らしただけだった。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2021/04/24 21:46:52

    #小説 #Twitter企画 ##企画_刀神
    不穏な風習のある漁村にて。

    葵台路太@自キャラ
    たぬさん@ながれさん

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