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    夜を駆ける「九角、この後空いてるか? いい感じの居酒屋見付けたんだよ」
    「いいですね」
     珍しく大過なく一日を終えた天照。早々に仕事を片付け定時に帰ろうとした二人のスマートフォンが同時に鳴る。画面を確認すると「緊急任務」「対象:参段以上」の表示。二人は顔を見合わせると、指定されている作戦本部へと向かった。


     大型の“門”の出現が確認されたという。現在は先行部隊で対処しているが、出現妖魔の数、強さ共に上昇傾向であるとの報告もある。そのため追加の人員は参段以上という基準で選出されたのだ。状況説明もそこそこに現地──森林公園だ、既に封鎖は完了している──へと投入された刀遣いたちだったが、参段以上というのもありその動きに動揺はない。
     夜が来る。夜戦は昼のそれよりも能力が問われるため、不安要素のある者には帰投命令が出た。残ったのはある程度の能力がある者だけである。
     その中に、あの二人もいた。葵台路太と九角富嶽である。段位は二人とも弐、年頃は三十歳前後と共通点も多かったが、雰囲気はまったく違う。葵台路太は地味な容姿で、長身である他にはこれといって目を引くような要素もなく、頼りなげにすら見える。一方の九角富嶽は路太よりも更に長身で体格もよく、顔の下半分を覆う鬼を模しているだろう面頬がよく目立つ。
    「多いな……」
    「これはさすがの君も本気出さないと駄目ですよ」
     妖魔の反応をデバイスでチェックしながら軽口を叩く富嶽。路太は肩をすくめてから軽く伸びをした。
    「いつも本気ではあるぞ、無理はしないが」
    「それはすみません」
     二人は腰の刀を確認し、それから前を向く。濃厚な妖魔の気配が周囲に漂っている。木々の合間で既に交戦が始まりつつあるようだった。
    「行くか」
    「ええ」
     ……妖魔は妖刀でないと殺せない。そして、妖刀は貴重かつ誰にでも使いこなせるものではない。“豊和”と名付けられた人工の妖刀はあれど、生気の消耗は多く切れ味も劣る。だが刀遣い全員が妖刀……そこに宿る刀神の寵愛や献身を受けられるわけではなく、豊和を使用している刀遣いも少なくはない。
     二人もその類いの刀遣いであった。腰にあるのは飾り気のない豊和で、刀神はそこには宿っていない。緊急の任務であったこと、たまたま巡り合わせが悪かったことなどから彼らは妖刀を借り受けることが出来なかったのだ。帰投許可は出ているが、人手が必要であること──その人手は誰でもいいわけではないこと──から彼らは現地に残っていた。無論、無茶をするつもりはなく、自らの、互いの能力を信頼しているがゆえの行動であった。
    「九角、何体やった?」
    「二体ってとこですか……そちらは?」
    「これで三体だ。……面倒だな」
     公園を探索し始めてからそう経たないうちにクロイヌと呼ばれる犬に似た姿の小型の妖魔の群れに当たってしまった二人は、そこで足止めをくらっていた。一体一体は小型でも、群れともなれば脅威度は大きく変わってくる。使用しているのが豊和であるならなおさらである、一体斬るたび生気の消費が重くのし掛かってくるのだから。
    「リーダーが見当たりませんね、そっちを潰さないと……」
     と、富嶽が途中で言葉を切り木立を見た。路太もまた真面目な表情でそちらを見ている。木立の向こうで、獣の目がいくつも光っている。その中に、一際強く輝く一対の赤い光。ぞろぞろと木立の間から現れたクロイヌたちに続いて、その赤い光の持ち主も現れた。
     大型のクロイヌである。恐らくリーダーにあたる個体だろう。そのクロイヌはあたりの木々をびりびりと震わせるように吼えた。それが指示であったのか一気に飛び出したのは取り巻きのクロイヌたちで、二人はそれを迎え撃った。
     クロイヌそれ自体の脅威度は先程と変わらない。だが、後ろに控えている大物を意識しなければならないため立ち回りは変わってくる。路太が何体目かのクロイヌを斬り飛ばし一息吐いた瞬間、ぞっと粟立つ背筋に急かされ飛び退いたところへ巨大な影が飛び込み地面を抉った。その大型のクロイヌ──便宜上オオクロイヌと呼称することにする──は、見た目よりもはるかに素早く動けるようだった。
     富嶽はそれを見て舌打ちをした。どうやら相手は路太に目をつけたらしく、それは概ね正解の行動である。路太は高アベレージこそ出せるタイプだが爆発力はなく、力押しをあしらう力量こそあるものの相手の“力”が圧倒的すぎれば押しきられる可能性もあった。フォローに入ろうにも、こちらはこちらでクロイヌに囲まれている。
     路太は静かな目で相手を見ていた。不気味な赤い目が路太を睥睨している。握った刀の切っ先は揺れず、下がらず、ただ相手に向けられている。
     ──生気にはまだ余裕はある。
     路太は冷静に状況を整理していた。彼は生気の潤沢さが売りの一つでもあり、天然の妖刀に比べはるかに燃費の悪い豊和を使ってもそれなりに戦闘を継続することが出来る。この大物とどれほど渡り合えるかは未知数だが、それでも一瞬で叩きのめされるということはあるまい。周囲のクロイヌを富嶽が始末するまでの間くらいならなんとかなるだろう。
     オオクロイヌが地面を前足で引っ掻く。何らかの威嚇か、予備動作か。小さく深呼吸した路太へ、再びオオクロイヌが襲い掛かってきた。その巨大で鋭い爪を刀で受け、あるいは流し、攻撃のチャンスを窺う路太。常であれば眠たげな眼差しは、今ばかりは真剣に光っている。
     一方の富嶽は路太の意図通り、周囲のクロイヌを散らしていた。こちらは速さと力を兼ね備えた破壊力の高い動きで、的確に一撃でクロイヌを斬り伏せている。“示現流の初太刀は受けるな”。与太とも言われがちな言葉だが、実際富嶽の初太刀は常人が受ければまず間違いなく一撃で打ち倒されるほどの威力を誇っている。
     クロイヌの最後の一体を一撃で両断した富嶽は、即座に踵を返し路太の方へと向かう。ちらと路太の目がそちらを見た。次いでオオクロイヌも増援に気付いたらしく、ぎょろりと目玉が動いた。四肢を踏ん張り、威嚇するように咆哮をあげる。二人は互いの構えをカバーしあうような位置に立ち、その大型妖魔へと改めて相対した。
     正面から尋常でない速度で切り込むのは富嶽である。角度の浅い袈裟、ほぼ縦一文字に振り下ろされた刀がオオクロイヌの顔面を断つ。が、核には至らなかったらしく漆黒の体液のようなものが飛び散り富嶽の顔を汚した。その富嶽へ向かって前足が薙ぎ払われようとしたが、即座に割って入った路太の牽制がその爪を弾き返す。……富嶽が得意とする示現流の太刀は縦の動きが多く、集団戦においてこれはメリットであると言えた。横の動きは互いに邪魔になりやすい。一方路太は特に修めている流派のない人間ではあるが、他人のフォローが得意なたちであり、防御の技がほとんど無い九角富嶽という男の防御を引き受け、路太自身が富嶽の“防御の技”であるようにさえ見える。
     兎に角爆発力がある、攻撃力が高い、相手を破壊するための攻撃を繰り出す富嶽と、その攻撃が何に妨げられることもなく打ち込めるようにフォローする路太。相手の傷がどんどん増え、動きは精彩を欠き、そして最後に富嶽が逆袈裟に切り上げた喉元に確かにあった手応え。霊核が砕ける感触。一瞬の間を置いたあと、オオクロイヌは霧散した。
    「……は、っ」
     富嶽が刀を納め、呼吸を整える。疲労の色が濃くなりつつある。豊和は容赦なく使い手の生気を吸い上げていた。路太も額に浮いた汗を拭い、溜め息を吐いたところであった。
    「一旦退くか、」
     と路太が言いかけたところで、突如周囲の街灯がバチバチと音をたて明滅した。何かが、来る。危機察知能力が高い路太は本能的に腰の刀へと手を伸ばしながら鋭い声で「九角!」と呼びかける。遅れて気付いた富嶽も刀に手をかけたが、次の瞬間、目の前の空間がばくりと“割れた”。
     衝撃音。
     富嶽の体が後方に吹っ飛んだ。そのまま木に叩き付けられ、崩れ落ちる。路太はなすすべなくそれを見ていた、一秒にも満たない間の出来事だった。総毛立つような感覚を覚えながら刀を握っている路太の前で、空間の割れ目から巨大な影がぬうっと現れる。
     これもやはり大型のクロイヌに見えなくもない。……足が六本、目が五つあり、たてがみのような触手のようなものが後頭部から背にかけて波打っている他は。路太は直感的に察する、“これ”が本当のリーダー格だ。そして路太の鋭い──鋭すぎる──感覚が、これは明らかに自分一人では手に負えない相手であると訴えている。平時の路太であれば戦意を喪失し一時撤退、状況の整理や救援要請を選ぶような相手である。だが現状救援要請を出せる先はなく──皆自分で手一杯だろう──、なにより、
    「九角! 起きろ九角!!」
     木の根元に崩れ落ちている富嶽の体がぴくりとも動かない。意識を失っているだけだろうが、戦場で意識を失っているのはほぼ死と等しい。路太は妖魔から目を逸らさぬまま腰のポーチから自己注射用の筒のような形状の道具を取り出し太股へ押し当て薬剤を注入した。一時的に生気を回復させる薬である。あくまで補助にしかならないが無いよりはましだ。
     お、お。ん。
     不思議な響きの鳴き声が響き渡る。クロイヌの咆哮とは違う、音楽のようでもあり歌のようでもあり、だが極めて不快で不安な気持ちになる響きだ。
    「ああ、くそ、」
     路太は通信機の救難信号をオンにした。誰かが受信してくれるのを祈るしかない。そして刀を握り、鼻を高く上げ周囲の様子を探っている妖魔へ向かって声を張り上げる。
    「おい、こっちだ! 活きのいい餌がこっちにあるぞ!」
     富嶽の方へ意識を向けかけていた妖魔が、路太の方を見る。五つの目が不気味に輝いている。恐怖とも諦念ともつかない寒気が路太を震わせ──武者震いであってくれればよかったがそうではない──、戦意を根こそぎ持って行こうとする。だが、退けない。退くわけにはいかない。深く息を吸って、吐く。ゆっくりとした動きで路太へと向き直り、首を傾げる妖魔。その口から舌のようなものが出入りする。
     ──勝てない。逃げるべきだ。
     ──勝たねば。逃げられない。
     本能的な訴えに逆らって、路太はそこに立つ。それは自暴自棄から来るものか、それとも自分を鼓舞するためか、口角が僅かに持ち上げられた。


     葵台路太という青年は執着心に欠けていた。執着心に欠けるということは欲がなく、よって情もなく、いつもどこか空虚だった。特にやりたいこともないため他人の助けになる仕事をしようと考え、刀を握ったのはただ適性があったからというだけだった。……少なくとも彼はそう自認していた。実際のところは、恐らく違うのだが。
     だって、今の路太ときたらどうだ。強大な妖魔を前に必死の表情で立ち回っている。
     一撃でも受ければ終わりだということは理解できていた。通常のクロイヌの何倍もある体躯から繰り出される突進を転がって避け、背の触手めいたたてがみが伸びてこちらを貫こうとしてくるのを刀で切り払い、鋭い爪による斬撃は一度受けてみたところ刀がもたなさそうだったため掻い潜るしかない。
     わずかな隙を狙っては攻撃を試みるものの、防御を優先しているため浅い。捨て身になるわけにはいかないのだ、もし路太が行動不能に陥ったなら、死ぬのは彼だけではない。……地面に倒れている富嶽はまだ動かない。交戦の合間に呼びかけてみても反応はない。路太は己の足を引っ張ろうとする弱気──恐怖、嫌気、その他諸々──を懸命に振り払いながら戦い続ける。まだ戦える。まだ俺は、戦える。
     実際のところ、富嶽の意識は浮上しつつあった。ぼやけた視界に、誰かの背中が見える。音はまだ遠く、幕を一枚隔てたように聞こえる。
     ──富嶽!
     女性の声が富嶽の脳裏に甦る。妖魔の前に立ち塞がる大きな背。
     ──泣くんじゃねぞ、兄ちゃんなんじゃっで。
     ああ。また。己が弱いから、誰かが代わりに死んでゆく。強くなれた筈なのに。己はもう大人で、この手で届く範囲のものならなんだって殺せるし守れる筈なのに。……富嶽の体は地面に縫い付けられたように動かない。刀が目の前にぽつんと転がっている。
     ──富嶽。
     あの時、姉はなんと言っていた。ぐるぐると頭の中で声が巡る。意識が再び沈んでいく。体から力が抜けていく。目を閉じようとした富嶽は、再び誰かの声を聞いた。
     ──九角!
     男の声だ。聞き慣れた、青年の声だ。
     ──起きろ、九角!
     ……あの時のようにまた見殺しにするのか。何も変わっていないのか、また己の弱さで大事な者を殺すのか。そうならないよう大事な者を作るのは避けてきた癖に、懐に入れてしまったあの青年を。
     ぴくりと指先が動く。目が焦点を結んでゆき、腕の筋肉に力が入る。重たい体を持ち上げるべく地面に手をつく。砂利が食い込んだが痛くはない。己は誰だ? 九角富嶽だ! けして退かないと決めたのだ、もう失わないと決めたのだ、こんなところで終わらせない。地面に転がっている刀に手を伸ばす。握ったそれは重たいが、手には馴染んだ。まだ己は戦える。戦える!
     高い音が周囲に響いた。
     路太の刀が妖魔に弾かれ、刀を取り落としこそしていないものの、大きく上段に構えた状態で体が仰け反る。胴が無防備に晒される。そこへ太い前足が横殴りに襲い掛かる、防御は間に合わない。
     赤黒い液体が飛び散る。
     妖魔の前足が斬り飛ばされ宙を舞っていた。凄まじい速さで後方から飛び出して刀を振り抜いたその男を見た路太は、一瞬目を見開いた後、
    「遅い」
     とだけ言って妖魔へと向き直った。
     足を一本失い怒り狂った妖魔は、バランスを崩しながらも戦意は失っていないらしく、その背にある触手を操り広い範囲に突き立てようとした。……路太一人であれば回避と斬り払うだけで精一杯だっただろう。だが、今は“もう一人”いる。路太が払い落としたそれの間をすり抜けるようにして、富嶽の繰り出した突きが妖魔の目を一つ潰した。妖魔が仰け反る。
     強大な妖魔に立ち向かう二人は、“二人”になった途端その能力を一気に跳ね上げた。富嶽が妖魔を圧倒し、路太は防御とサポートに集中する。剛の富嶽と柔の路太。少しずつ妖魔が怯む頻度が上がり、腹立ち紛れに振り回された触手を何本かまとめて富嶽が切り飛ばした。体液が雨のように降る。その雨の中怯まず路太が切り込み、妖魔の喉元から胸へかけてを切り裂いたが、浅い。だがぱくりと開いた傷口の奥に何かが光り、それを見た富嶽が妖魔の反撃が来るより早く刀を閃かせた。
     霊核が砕ける感触。妖魔は一度もがいた後、周囲の闇に溶けるように霧散した。
     二人はしばらくの間警戒したままだったが、少しの間を置いた後そのまとう空気がようやく落ち着いた。刀を納める手はどこか力ない。特に路太の顔色ときたら死人のようなそれである。生気がほとんど切れかけているのだ。薬剤を投与したとはいえ、あれは一時的な対処にしかならない。とはいえ路太は、生きている。満身創痍ではあるが、生きている。
    「……よかった」
     じっと路太の横顔を眺めていた富嶽が、ぽつりと呟く。そちらを見た路太は、富嶽の目が濡れているように一瞬見えたが、すぐに顔が背けられて確認出来なくなった。
    「君が無事でよかったです」
    「ああ……うん、今回はさすがに危なかったな」
     少し癖のある髪を片手でかく路太に、富嶽が振り返る。もうその目は普段と同じ鋭く光るそれだ。
    「どうして逃げなかったんです? 君ならあんなこと無謀だとわかった筈でしょう」
     路太はきょとんと瞬きをすると、少し眉を寄せて考え込むような仕草をした。確かに路太にしてはおかしな行動なのである、絶望的な彼我の戦力差を知ってなお、撤退しないなど。本人もその違和感に気付いたらしく、迷うように手を遊ばせながら口を開いた。
    「どうしてって……お前がいたから……?」
     それ以外の理由は思い付かなかったらしく、困ったような顔で富嶽を見上げる路太。ふ、と小さく笑う。
    「お前を置いていけないだろ」
     今度は富嶽がきょとんとした顔で路太を見返し、それから表情を和らげた。
    「ありがとうございます」
    「どういたしまして」
     さて一旦戻るか、と歩き出そうとした路太は一瞬ふらつき、その肩を富嶽が支える。
    「背負いましょうか?」
    「馬鹿、お前も無傷じゃないだろうが」
     冗談めかした言葉に路太は苦笑し、軽く富嶽の肩を叩いてから歩き出す。あまりしっかりはしていない足元を気遣いながら、富嶽もその後に続いた──


     夜が明ける頃、“門”は閉じた。民間人への被害はゼロ、刀遣いの死傷者は数名にとどまった。天照はまた通常の業務に戻り、数多ある記録の中にこの件も埋没するだろう。彼らもまた日常という名の非日常へ戻り、この件はこれで幕引きとなるのだ。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2021/05/12 20:27:12

    夜を駆ける

    #小説 #Twitter企画 ##企画_刀神
    とある二人のピンチと突破

    葵台路太@自キャラ
    九角富嶽@孔明さん

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