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    麺×$ 打ち上げ編お疲れ様でした、とそこここで繰り返される挨拶にもそろそろ飽きて来た。そもそも人混みは好きじゃないんだと何度言えば伝わるのか。思い切り顰めた顔のまま壁に寄りかかっていると、どん、と割と強めに肩を叩かれた。いや、殴られた。
    「いった……………なに……」
    「あんたねえ、もっとシャキッとできないの?」
    「で、できませぬ」
    「しなさいよ、こういう場で顔を売ることの大切さをそろそろ学びなさい」
    きりりと目元を釣り上げた元同級生が綺麗な顔で説教するのをイデアはうんざりと聞き流す。NRC学園芸能科時代から何かにつけてヴィルには説教をされ続けていた。卒業してもそれは変わらずか、と溜息を吐くと、それを拾った彼が更に声を荒らげる。とは言え、周りに聞こえないくらいのボリュームでだ。
    「三年ぽっち連続で出たからって安泰じゃないんだからね」
    「わ、わかってるでござる……」
    ヴィルは。在学時から自分を磨きに磨いて、美しさだけに留まらず、トークも、演技も、芸能に関わる全てに対して一切の妥協なくやって来た。それを知っている分、下手に言い訳はできない。だって、イデアがこんな場違いのようなところにいられるのはイデアの代わりに外交をやってくれるメンバーがいてこそだ。ギターを弾くことしかできない自分ひとりではここまで来られないと知っている。
    そもそも、コミュ障で単なるオタクだったイデアがたまたまギターやらないかと誘われたバンドで一花咲かせて、人前でしゃべりたくない一心でMC等も断り続けていたら「寡黙」だの「クール」だのと言われて勝手に勘違いされ、勝手にキャラクターを作り上げられて人気が出てしまっただけなのだ。こんな事を言ったら努力している人に失礼だと更に叱られるだけなので言わないけれど。
    まったく、と言い置いてぷりぷり社交場に帰って行く背中を見送って、左手のコップに視線を落とした。早く帰りたい。再び溜息を落として、ビールを飲み干す。
    「イデア、大丈夫か?」
    滑らかな低音が滑り込んで顔を上げると、ベーシストでバンドリーダーのトレイが少し困ったような顔で笑っていた。イデアの心境を正しく理解しているのだろう。
    「帰りたいでござる」
    打ち上げはまだ始まったばかりだ。優にあと一、二時間は終わらないことはわかっているけれど、つい口から本音が漏れる。
    「ま、もう少し頑張ってくれ」
    トレイの制止はひどく軽い言葉だった。どんなに言っても去年は人知れずふらっと帰ってしまったイデアが、今年はそうはできないことを知っているのだ。それだけにタチが悪いと苦い顔をする。
    そう。今年は。念願だったこの大舞台に上がれたアズール達がいる。打ち上げ会場にも当然。ちらと走らせた視線の先で、銀色の髪がふわりと頭を下げるのが見えた。正面にいるのは番組のプロデューサー。流石抜かりないなと感心する。
    「打ち上げ会場でも話すのは禁止されてるのか」
    「誰が見てるかわかりませぬゆえ〜」
    「流石だな」
    くつくつと笑うトレイに肩を竦めた。社交の場は絶好の商談の場だといつか言っていたことを思い出す。
    アイドルもアーティストも、芸能の仕事をしている以上はその身体そのものが商品です。とにかく顔を売り、次に繋げる。だから、関係者しかいないとは言え、人の多い所では絶対に理由なく近付きません。何と書かれるかわかったものじゃない。
    そう言った横顔はひどく思い詰めたそれで、何だか妙に寂しいなと思ったことを覚えている。アイドルとして登り詰めるのが彼女の夢だ。半ば無理を言って恋人になってもらったのだから、これ以上彼女の夢の邪魔をするわけには行かない。それに。
    「ではこの先は僕らが是非」
    「スケジュールは俺達の管轄だからあ」
    アズールに不埒な手が伸びようものなら、彼女らの優秀なマネージャーが即座に排除する。地下アイドル界隈で有名な双子のマネージャーはアズールの幼馴染だ。彼らに任せておいたら安全は間違いないだろうと相変わらずの鉄壁に苦笑する。本当は、自分がそうしてやれたら一番いいのに。そんな本音をどうにか押し込んで、「飲み物」とだけ言い残してドリンクカウンターに足を向けた。

    普段は食堂として使われているそこは全てのテーブルセットを取り払われ、大きなホールのようになっている。南北二ヵ所の出入り口と、南側は床から天井までの大きな窓。北側に各種ドリンクを取り揃えたカウンターがあり、客人達が自由に注文をし、中央に並べられた料理をビュッフェスタイルで楽しめるようになっていた。
    ここに来るのは三度目。最初の年は仕方なしに最後までいたけれど、翌年は途中で姿を消し、今年はもう最初から出ないと決めていたのに。アズールが来ると言うのだから仕方がない。いくら名物双子がついているからと言っても、やはり気になるものは気になるのだ。大勢の中に視線を走らせて銀糸を探す。先刻までは中央で年配のスタッフに挨拶をしていたけれど、今度は部屋の奥側窓の前で気難しいと噂の大物女性アーティストと談笑していた。
    こういう時、中心になって話をするのはカリムの役目だ。愛嬌担当と言うべきか。大物タレント相手でも物怖じせずに愛嬌を振り撒けるのは彼女の才能だとアズールは言っていた。基本外交はリドルが行うが、お偉方と話すのはアズール、大御所と話すのはカリムとだけ役割が決まっているらしい。
    「適材適所ね」
    カウンターでカクテルを注文しながら、いつか得意げに話して聞かされたそれを思い出して少しだけ笑った。その言葉を借りるのであれば、イデアとマレウスはイマイチこういう場には馴染まない。疲れたなとふと息を抜いて、差し出されたグラスを受け取った。
    「イデアさん?」
    高い声がイデアを呼ぶ。聞いたことのない声に振り向くと、絵に描いたような上目遣いがイデアを見上げていた。否、随分と小柄なその娘がイデアに対して上目遣いになるのは仕方がない。物理的に高低差があり過ぎる。けれどそれを差し引いても、計算されつくした角度に眉を寄せた。
    「……は、はい……」
    誰、とは流石に言えない。国民的アイドルグループのメインメンバーのひとりだ。そもそも、バンドが売れる前も後も、アニメオタクでアイドルオタクでもあるイデアが、そんな人物を知らないはずがない。但し、アズールに出会うまで、の話だけれど。
    「お会いできてよかったです~! 実はずっとお話する機会を窺っててぇ」
    「へぁ、は、はぁ……」
    一流アイドルは話し方も見せ方も桁違いだ。正直めちゃくちゃ可愛いけれど、それより何よりも、ものすごい圧を感じる。こう、決して逃さぬと言う、捕食者のような勢いというか。これはまさか、ロックオンされたのかと背中に冷汗が垂れた。
    アイドルグループの中には、それぞれギャルからアニメオタク、スポーツ好きやバンド好きと言った女の子たちが一定数所属している。恐らく彼女はバンドマンをターゲットにしている“ハンター”なのだろう。ファンの女の子にもそういったタイプはいたけれど、みんな物好きだなと思う。マレウスみたいな見るからに雰囲気があるイケメンのところに行けばいいのに、なんて考えている間も、彼女はあれこれと話しかけて来ていた。上手く切り抜けられる気がしなくて、思わずトレイを探してみるけれど、残念ながら番組スタッフと雑談しているようでこちらに気付く様子もない。
    (「彼女がいるんで」って言っちゃったらアズール怒るかな……)
    誰と言わなければいいだろうか。否、誰かにそう言ってしまって、それが週刊誌にまで回ってしまったら厄介だ。きっと相手を突き止めるまで追いかけ回されることになるだろうし、そうなったらアズールはきっと会ってもくれなくなる。それだけはダメだ。こうなったら電話がかかって来た振りをして切り抜けるか。そう思って、ポケットの中に手を入れたとき。
    「いっ……シュラウド先輩じゃないですか」
    冷汗まみれの顔を上げると、同じく冷汗をかいたアズールと目が合った。会話に入って来られたアイドルは僅かにむっと表情を歪める。自分よりも格下の女性アイドルが空気を読まずに割って入って来たのが気に入らないというのが見て取れた。
    「先輩の卒業式ぶりですね、お元気でしたか?」
    こほんとひとつ咳払いをしたアズールは、一瞬で普段通りの飄々とした態度に戻り、にっこりとイデアに笑いかける。社交の場で話しかけるなと言っていたはずなのに、これには応えていいのだろうか。返答に窮していると、イデアに話しかけて来ていたアイドルがアズールから視線を外した一瞬の隙にものすごい顔で睨まれた。合わせろと言う事らしい。
    「あ、はは、うん、そう、卒業式、ぶり……ですね……」
    右には国民的アイドル兼ハンター(美少女)、左には地下アイドル兼恋人(美少女)。一体どういう状況なのか。もう帰りたい。一ミリも中身の減っていないコップを両手で包むようにして肩を縮ませる。いっそ半べそをかきかけたところで、あっと大きな声がした。
    「イデアじゃないか! 久し振り!」
    「お久し振りです、先輩」
    「あ、ああ、うん……久し振り……」
    カリムとリドルまで合流したとなると、分が悪くなったと感じたらしいハンターが僅かに右目の下側を痙攣させる。それから再び笑顔を繕って、イデアを見上げた。
    「わたしお邪魔みたいなので、今日は失礼しますね!」
    そう言った彼女はぺこりと頭を下げ、仲間たちの方へと戻って行く。私服だろうに、アイドル衣装のように可愛らしいスカートの端が揺れていた。去り際まで見事な笑顔だったなとその背中を見送っていると、背後からものすごい殺気が流れて来るのを感じる。恐る恐るそちらを振り向こうとした、その前に。
    「あっれ~~、ホタルイカ先輩~浮気~~?」
    「浮気なんてしてないけど!?」
    のしりと背中に乗せられた体重と左肩から聞こえたその声に慌てて頭を振った。
    「いけませんねぇ、今日はアズールも来ていること、ご存知だったのでは?」
    「ご存知ですが!?」
    今度は右肩から声がする。完全にホールドされてしまっては振り向くこともままならない。面白半分の双子に青褪めながら応戦していると、コツコツとヒールを鳴らしたアズールがイデアの前を通り過ぎた。完全に通り過ぎる前に一度。
    「イデアさんのバカ」
    膨れっ面でそれだけ言い捨て、社交の場へと戻って行く。笑いながらカリムとリドルもその背中を追いかけて三人娘は再び作戦通りの布陣で各方面への挨拶周りを始めた。
    「あーらら。怒っちゃった」
    「仕方ないですねえ」
    「ホタルイカ先輩大丈夫~?」
    へらりと笑ったフロイドがイデアを覗き込み、げぇ、と思い切り顔を歪める。それを見てから、ジェイドも同じようにイデアを見て、眉を寄せた。
    「……イデアさんその顔はどう言う感情ですか?」
    「……ジェイド氏、フロイド氏、今の聞きました? 『バカ』だって……神か? 可愛いが過ぎる……ハァ~~やっぱ最高……アズにゃんしか勝たん……ヒヒッ」
    双子は揃って静かにイデアの側を離れ、お互い、何も見なかったとアイコンタクトを交わしてアズール達の後を追いかけて行く。
    残されたイデアは先刻のセリフを何度もリフレインしながら、早速弁明すべくスマホを取り出した。あわよくば、今日この後、朝になってもいいから二人きりになりたい、なんてメッセージを送って、仕方ないですね、なんて返事をもらえたら。ちゃんと誤解を解いて、明日の昼と言わず夕方までベッドに潜って、幸せなお正月を迎えよう。
    送信したメッセージは、すぐにイデアのスマホに返信が来たことを告げた。余りの早さにディスプレイを確認して、絶望する。
    「……ブロックされたままだった……」
    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/04/07 0:25:47

    麺×$ 打ち上げ編

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