Hallo Some(Any)one Help me.1.ある青年の厚意
足が動かせないとなると特に出来ることもなく、本を読んでいたトラヴィスはノックの音に顔を上げた。傍らの松葉杖を手に取り、玄関の方へ誰何の声をあげる。
「どちら様ですか?」
「バートンだよ、今大丈夫かい?」
聞こえたのは友人である青年の声で、トラヴィスは立ち上がりながら松葉杖に体重を乗せた。
「大丈夫です、開いているので入って頂いて構いませんよ」
何かあったのだろうか、と思ったのは青年が役場の人間だからである。モンスターが出ただとかそういった類いの報せなら、申し訳ないが断らねばならない。玄関から中に入るなり足を引きずりこちらへと向かってくるトラヴィスを見ることになった青年は、慌てて頭を振った。
「いいよ、座ってて。捻挫したって聞いたから様子を見に来たんだけど、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。お医者さんによると一月ほどで治るそうですから、しばらく大人しくしていようと思います」
青年の言葉に甘えて椅子に座ったトラヴィスは松葉杖を持ったまま小さく苦笑した。それを見て少し考えるような様子をみせた青年は、提案なんだけど、と前置きをする。
「ここ、役場から近いだろう? 俺の昼食を買いに行くついでに、貴方の分も買ってこようか?」
トラヴィスはぱちぱちと瞬きをし、それから少し眉を下げた。少し頭を振る。
「いえ、そこまでして頂くわけには……近いといっても真隣というわけではないですし」
「少し歩くだけだし、食事の誘いだとでも思ってくれれば嬉しいんだけど」
そう重ねて言われてしまうと、その厚意を拒絶することはトラヴィスには難しかった。笑いながら頷く。
「ではお誘いに乗らせて頂きます。いつおいでになりますか?」
こうしてトラヴィスは、役場が忙しくない日に昼食を持ってきてもらうことになったのだった。
2.気まぐれな返礼
少し遅めの昼食を終え、暇をもて余していたトラヴィスは窓辺でうとうととしていた。膝の上に置いてある本が滑り落ちそうで落ちない微妙な位置にある。
ふと響いたノックの音にびくりと肩を跳ねさせたトラヴィスの膝から本が落下し床に伏せた。それを拾いながら、どなたですかと玄関に向かって言うと、
「ルナクだよ、入っていいかな?」
と、珍しい声がした。
「どうぞ、開いていますよ」
家まで訪ねてくるような用事があっただろうかと首を捻りながら立ち上がったトラヴィスであったが、入ってきた青年に押し止められまた椅子へと座る。
「少し暇だったから来てみたんだけど、話し相手は必要じゃない? 家にひとりは退屈でしょ? あ、もちろん何か必要なものがあれば手伝うけど」
軽い調子で言う青年に、トラヴィスは少し笑った。元々体を動かすことが気質に合っているトラヴィスである、家にある本も読み尽くしてしまったし、確かに退屈している。
「ちょうど暇をもて余していたところですよ、ありがとうございます。そういえば森でもお世話になりましたね、お世話になりどおしで申し訳ない」
トラヴィスの言に、青年は少し無言になってから小さく肩を竦めた。
「先日は私の方こそ助けられたんだから、何か頼まれたらそれの借りを返したってことにしようと思ったんだけど……まあなんでもいっか」
座っていいかい?ともう一つの椅子を引いて座った青年は、いつものように淀みのない──あるいは深刻さのない──調子で語り始める。会話の内容はアッシュバレーのありふれた愛しい日常のことだったかもしれないし、先の森での出来事についてだったかもしれないし、あるいは帽子やベリーについての話だったかもしれない。
3.不格好な包帯
トラヴィスという青年はひどく不器用である。医者にかかった時に丁寧に教わったしやり方を書いたメモも貰ってきたというのに、包帯を巻き直すのに毎回手間取っていた。もたもたと足首に包帯を巻き付けながら眉を寄せているトラヴィスの耳に、ノックの音が届く。立ち上がることが出来ないため、開いているので入って下さいとだけ言うと、玄関から姿を現したのは年上の友人だった。わずかに首を傾げると、ゆるりと髪が揺れる。
「こんにちは、足を挫いたと聞いたのですが……大丈夫ですか?」
惨憺たる有様の包帯を見て眉を下げたその男性は、持ってきた荷物を近くのテーブルの上に置く。
「……私が巻き直しましょうか?」
「いえっ、大丈夫です……! その、何かご用ですか?」
悪戦苦闘しながら答えるトラヴィスに少し困ったように顎を引いた男性だったが、トラヴィスの意思を尊重することに決めたらしく、気を取り直すと荷物の中からいくつかの品物を取り出し机に並べていった。何か入っている小壺、保存のきく乾物に、りんごやパン。
「よく効く軟膏を持ってきたんですよ。それから……これはご近所の皆さんから」
こちらはターニャさん、こちらはジョッシュさん、とひとつひとつ送り主を告げる男性にトラヴィスは瞬きをし、少し困ったような、はにかむような、曖昧な笑みを浮かべた。それを見て、男性も静かに微笑む。
「朝走り回るあなたがいないと、皆寂しいみたいです」
「ご心配をおかけして申し訳ないです……森へもお付き合い出来ないですし」
「最近は春を迎えて森も騒がしいですから、少し探索は控えるつもりですよ。ですから、気になさらずにしっかり養生して下さいね」
ありがとうございます、と目を伏せたトラヴィスはまだ包帯を巻いている。とうとう見かねた男性が、手は出さないまでも口を出した。足首と甲に交互に巻き付けて、あまりきつく巻きすぎないように……次はこちらに通して、そう、そのままぐるっと……。
4.おいしいご飯の配達人
一人暮らしだと食事には無頓着になりがちである。普段であれば外へ食べに行くところだが、この足ではそうもいかない。適当にパンでも食べるかと立ち上がりかけたトラヴィスは、来客の気配にそちらを見た。次いでノックの音。
「どうぞお入り下さい」
扉を開いて入ってきたのは、若い娘である。明るい花色の髪が部屋の雰囲気すら明るくするようだった。その腕にはバスケットが抱えられている。
「ハロー!」
元気な声にトラヴィスはぱちくりと瞬きをしてから笑った。
「ハロー、どうしました?」
「ラタトスクを見たんだ、足は大丈夫?」
……本当に自分は恵まれている、とトラヴィスはしみじみ思った。ラタトスクに募集を貼り出してからというもの、入れ替わり立ち替わり人々が見舞いに訪れてくれる。アッシュバレーという町の優しさは承知していたつもりだったが、彼らの優しさは想像以上だった。今訪れたこの娘もきっと、「そう」なのだ。
「残り物でごめんだけど、よかったら夕食にして! いっつもこっちが手伝ってもらってばかりだからさ~」
テーブルに置く前にバスケットの中身を見せられる。小さな鍋が入っていて、その蓋を開けると何かの煮込みが入っていた。
「温め直して食べるといいよ」
「ありがとうございます。家にいながらポルティの美味しいご飯が食べられるなんて、役得ですね」
その言葉に少し嬉しげにはにかんだ娘は、バスケットを置いてから腰に手を当て首を傾げトラヴィスの顔を覗き込んだ。
「それはともかく、あんまり無理に動いたらだめなんだからな? 何か食べたいのがあればまた見繕ってくるよ」
「ええ、大人しくしておきます。……そんな、食事を差し入れてもらう上にリクエストだなんてとんでもない。そのお気持ちだけで十分ですよ」
「そう? 買い出しだって手伝えるけど」
「それこそもっととんでもないです、女性にそんなことをさせるわけにはいきませんよ」
娘はきょとんと瞬きをしてから、トラヴィスらしい発言に小さく笑った。