妖刀返却までが任務です 葵台路太は眠たげな眼をまたたかせ、その美丈夫を見上げた。艶めく長い黒髪と、額の両脇から生える大きな角、背後で揺れる竜のような尾。泰然と微笑まれてはっと息を飲んでから、軽く頭を下げる。美しい刀神と、その使い手に向かって。
「今日はよろしくお願いします、小鳥遊さん」
「ああ、よろしく頼むよ」
小鳥遊玉緒、肆段。あまりいい評判は聞かない。彼がよく組んでいる鳳雷切という刀神についてはその雷の苛烈さなど聞き及んでいるが、玉緒についてはその実力は肆段相応、何なら態度が良くないため評価はもう少し落ちるかもしれないくらいである。強い刀神に愛されたがため危険な
任務に連れてこられてしまった男、そういう風に路太は玉緒を認識していた。
路太は今回の任務には何度か組んだことのある幻舞殿直成という刀神を伴っており、若々しい武人然としたその神は鳳雷切と何やら言葉を交わしていた。。
「あまり無茶はしないように。自分の命はもちろん、刀もきちんと無傷で持ち帰るようにして下さい」
「はいはい」
やる気の見えない様子に路太は少し眉を下げたがそれ以上なにも言わず、妖魔討伐作戦が幕を開けた。
今回の作戦では大型の妖魔が一体、小型の妖魔が二体確認されていた。大型についてはこれでも弐段である路太が引き受け、小型を玉緒が引き受けることとなった。鳳雷切の異能であれば問題なく処理できるとふんだからではあったが一応相手は複数だ、注意するようにと重ねて述べてから路太は玉緒と別れた。
その後、目的の妖魔を危なげなく倒した路太は玉緒と合流するべく急いだ。“そこ”へ到着した瞬間、目の前で稲光が弾けたように目が眩んだ。目を擦ると刀を納める玉緒の姿が見え、先ほどのあれは……鳳雷切の稲妻の向こうで動いたように見えたものはなんだったのかと困惑する路太に、玉緒がへらりと笑いかける。
「いや~、なんとかなるもんだ。鳳雷切様々だな」
玉緒の背後に佇んでいる鳳雷切はゆるりと瞬きをしてから首を傾げ、
「我は、」
「ご苦労さん、鳳雷切。帰ったら飲むか?」
「……うむ」
何かを言いかけ、やめる。路太は何だか煙に巻かれたような気分でそれを見ていた。何かを誤魔化されたような、目の前になにかが通りすぎたのを掴み損ねたような、そんな気分だった。
※ ※ ※
「路太」
「うん?」
天照への帰還後、妖刀の返却手続きをしている路太に幻舞殿直成が話しかける。少し迷うような口ぶりである。
「仲間のことは大事か?」
「そりゃまあ、普通に大事ですよ」
「そうか」
葵台路太という男の気質をある程度知っている幻舞殿直成は、彼が妖刀に比べて刀遣いの命を軽く見積りがちなことも知っていた。今日の任務でも、あからさまでこそなかったがそれは滲み出ていた。「刀もきちんと無傷で持ち帰るように」。だが路太は妖刀を気遣いながらも仲間のことも気にかけているように見えたし、その思想が仲間を粗末に扱う方向に発露していなかったのは幸いと言える。無論、だからといって、彼が彼自身の命を軽視することが許されるわけではないが。
「代わりのあるなし関係なく、知り合いが死んだら嫌だし、悲しいですよ。俺たちは殉職率高いですけど……だからって慣れたりしない」
「そうか……そうだな、当たり前だ。つまらないことを訊いた、すまん」
少し消沈した様子の幻舞殿直成に、路太は小さく笑って頭を振った。それから腰の刀を外し、そっと両手で握る。その手付きは丁寧で優しい。
「お疲れ様でした、幻舞殿直成どの」
そのまま捧げ持つようにして刀を渡し、返却は終了する。生気の繋がりが切れ、路太は細く息を吐いた。……葵台路太の生気の味を知る刀神は多いが、その感想についてはまちまちだ。美味いと言う者もいれば不味いと言う者もいる。ただ共通するのはその供給量が安定していて“食しやすい”という点のみ。路太の生気量は、彼が己をバッテリーなどと嘯くのもわかる程度には安定している。
「また次があればよろしくお願いします」
「ああ。次が来るまで死なないでくれよ」
「善処します」
軽く頭を下げてから立ち去る路太。窓から差す日は傾き始めており、廊下に伸びる影はいつもより更に長かった。