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    【Web再録】私の歳時記⑤   終章



    「うん……これでいいんじゃないかな。問題ないと思う」
    「ありがとうございます」
     予算を作るのに松井に手伝いを頼んでよかった。五月雨は安堵して会釈する。数字は畑が違うので難しい。だから毎月この作業には時間を取られてしまっているのだ。けれど今日はすんなり終わったので、万々歳である。
     そしてこれで今日の業務も終わりだ。それがわかっているのでいつものように五枚の札を出すため懐に手を突っ込むふりをして……五月雨はそれをやめる。五月雨の記入した書類に判を押した彼女がこちらを見た。
    「今日の札はお休みです。この後予定がありますので」
    「予定?」
     彼女が首を傾げたので、五月雨は「はい」と一つ頷く。彼女は不思議そうにしていたので、五月雨はふふふと笑いながら答えた。
    「頭の就任記念を長らく祝っていないと聞きましたので、加州と話し合って今日溜めていた分を全て祝うことにしました」
    「今日っ? なんで」
    「善は急げと言いますから」
     積み重なる年月を数えるのを憚って、暫く皆で祝うのを控えていたと加州から聞いた。だが考え直してみれば、こういうものは長ければ長いほどいいのである。だから改めて祝うことにした。少し遠くで、加州の威勢のいい声が聞こえる。きっと広間を飾ってくれているのだ。
    「……気にしなくていいのに。私も気にしないようにしていたんだから」
     照れ隠しなのか、そう言って再び文机に彼女は向き直る。やれやれと言わんばかりに首を左右に振っていたので、五月雨は少しそれを覗き込むように上体を倒した。
    「おや、年齢を気にしておいでですか」
     それを聞いて、彼女はやや肩を震わせる。それからじっとりとした視線で首だけこちらに向けた。五月雨は思わず笑いそうになってしまったが、それは我慢する。もし笑ったりしたら、彼女はきっと怒るだろう。そういうところが愛らしいと五月雨は思っているけれど。
    「……だって、一応ね。見かけは変わらなくても、そんな可愛い年じゃないんだから」
    「ですが恋をしていれば心はいつまでも若々しいとどこかで聞きました。頭は私と恋をしていますから、そうなのでは」
     ぎょっとして彼女は目を見開いた。驚嘆と、それからやや引いた様子で彼女は体を左右に揺らして座り直す。五月雨はそれをじっとつぶさに観察していた。面白いなんて言ったら彼女は怒るのだろうが、興味深い。近頃の彼女は前よりも感情の起伏がわかりやすくて、見ていて飽きないのだ。
    「五月雨ってたまに真顔ですごいこと言うよね……」
    「ふふふ、光栄です。宴は昼過ぎからですから、空腹かもしれませんが少しだけ我慢してください」
    「はいはい」
    「それに本日の宴はこれまでの分です。これからは毎年、就任記念日にお祝いします」
     今日まで無頓着だった分は、これからいくらでも取り戻す。それは彼女に心得ておいてもらわなくては。五月雨が念を押せば、彼女は片眉を上げて肩を竦めた。やれやれと言った表情である。
     パタパタと軽やかな足音が廊下から聞こえて、五月雨が振り返れば村雲が開け放っていた襖から顔を出す。結ってあるふわふわの髪が走って来た勢いで揺れた。
    「雨さん!」
    「どうしましたか、雲さん」
     五月雨が尋ねれば、村雲は小走りで執務室に入り五月雨の隣に急いで座った。畳の上で少し衣類の擦れたような音が響く。
    「主ごめん、雨さんちょっとだけ借りていい?」
    「仕事は終わってるから大丈夫、どうかした?」
    「ううん、ちょっとでいいから!」
     それだけ言うと村雲はやや五月雨の方に体を傾け、五月雨の耳元に手を添えて囁いた。
    「江で主に贈るお祝いに添える手紙の、雨さんの分のめっせえじ? とにかくそれ、書いて」
     なるほど、それは行かなくては。五月雨は村雲の方を向き、一つ首を縦に振る。
    「わかりました、今行きます」
    「俺、厨に手伝いに行ってる篭手切も呼んでくるから雨さんは部屋に戻って。じゃあ主、あとでね」
    「うん、行ってらっしゃい」
     彼女に手を振り、村雲はまたパタパタと走って執務室を出ていく。彼女もまた微笑ましそうに村雲の揺れる桃色の尻尾を見つめていた。五月雨は腰を上げて、膝をついた状態で一度彼女に礼をする。
    「では少々席を外します。宴には呼びに参りますから、こちらにいてくださいね」
    「わかった」
    「それまで中庭の季語でもお探しください」
     札がないからと言って、季語を探さないのは良くない。そう思って五月雨が付け加えれば、彼女は口に手をやってクスクスと小さく笑った。最近気づいたのだが、手の甲を口元に当てるようにして笑うのはどうやら彼女の癖らしい。あれをしているときは楽しいようだ。
    「じゃあ庭でも眺めて待ってる。五月雨ほどうまく見つけられないかもしれないけど」
    「わかりました。頭がいくら年を重ねられても季語に関しては私が先輩ですから。何でも聞いてください」
     たとえ何も見つけられなかったと彼女が言っても、いくらでも季語を探し当ててきて並べて見せる。五月雨は鼻も効くし目もいいのだ、犬なので。
     もう一度一礼して、五月雨は立ち上がった。では一度江の部屋に帰って、めっせえじかあどを書いて……広間の様子も見に行こう。飾りつけは自分がやると加州が言っていたので、手を出すと怒られてしまうかもしれないが。
     そんなことを考えながら執務室から一歩踏み出そうとしたそのとき、密やかな声が五月雨の耳に届いた。
    「……じゃあ、五月雨江って季語の季節、教えてくれる?」
     遠くで、鳥が鳴いている。それに五月雨は気づいていた。しかし青い空から、庭に植わっている青々とした松から、視線を逸らして振り返った。
     彼女の瞳が真っ直ぐ、五月雨を見つめている。柔らかい笑みを浮かべて。
    「……それは難しいです。四六時中、頭の傍にいますから」
    「そっか。じゃあいつでもいいんだね」
     その問いに、五月雨は大きく頷いた。
    「はい、いつでも」
     そして、いつまでも。
     五月雨江の歳時記は、愛しいひとの形をしている。


    micm1ckey Link Message Mute
    2023/09/19 23:21:25

    【Web再録】私の歳時記⑤

    #雨さに #さみさに #刀剣乱夢 #女審神者
    死なない審神者と季語を探す五月雨江の話。

    2023年1月に発行した本の再録です。

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