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    にせもののサクラメント その町は平和だった。多少の揉め事くらいは起きることもあったが、教会につとめている司祭がとても聡明な人格者で、大抵の問題を解決に導いていた。彼は人々に信頼され、愛されていた。
     そんな彼がある日突然姿を消した。教会には手紙が残されており、どうしても都へ戻らなければならなくなったこと、直接挨拶できない不義理を申し訳なく思っていること、次に赴任してくるであろう司祭ともうまくやってほしいということ等が書かれていた。人々は悲しんだが、次にやって来た司祭も若くはあったが真面目で勤勉であったため、混乱はじきにおさまった。
     こうしてその町はまた平和になった。


     ……表向きに伝わっているのはこれだけ。けれども実際には何があったかを、今から語ろう。


     とある町へ向かう馬が二頭。その背に乗っているのは、壮年の男と若々しい少年である。身形はきちんとしており、似たようなつくりの外套をはおって手綱を操っていた。二人とも馬の操縦に問題はなかったが、少年の方はやや不慣れであるようだった。
     不意に男が口を開く。
    「お前、俺を『父さん』って呼ぶのと『叔父さん』って呼ぶの、どっちが良い?」
    「はい?」
    「似てないから『叔父さん』の方が自然かな……よし、『叔父さん』でいこう」
     困惑した様子で己を見た少年に、男は首を傾げてみせた。いかにも穏和そうなたれ目に地味な顔立ちをしている。名はヘルムート・チェルハ、無邪気にすら見えるしぐさをするこの壮年の男が勤続年数二十年を越える熟練の騎士であるとは、そうと知らなければわからないだろう。
     一方の少年は男の子供であってもおかしくない年頃で、男の後輩にあたる見習いの騎士、ルーカス・バイロンであった。まだ幼さが消えきらない顔立ちには発展途上の美しさがあり、平時はどこか涼しげな印象を与えるが、今はそこに浮かべられた年相応の表情が冷たさを隠していた。
    「ヘルムート卿、それはどういう……」
    「お前、向こうでもそうやって俺を『ヘルムート卿』って呼ぶつもりか? 目立って仕方ないだろう」
    「それは……そうですが」
     今回この二人は周囲に身分を隠しての任務にのぞむことになっていた。目的地である町は平和で、魔物や盗賊の危険にさらされているわけではなく、騎士として武勇を振るいにいくわけではない。彼らは今回、聖教会からの依頼で動いていた。
     エレイーネにおいても教会というものの影響力は大きい。祈りは多くの人間にとって必要不可欠なものだ。よほど小さな集落でもない限りはどこにだって教会はあり、人々の信頼を集めている。その教会をとりまとめているのが王都にある聖教会であり、そこと友好な関係を築くことは騎士団にとっても避けて通れぬ処世の術であった。
     ……とある町の司祭を調査し、捕縛して聖教会まで連れてくること。それが今回の任務である。
    「俺は何の変哲もない巡礼者、お前は俺の甥で巡礼に同行している……という設定でいこうと思うが他に案は?」
    「ありません、……叔父さん」
     ぎこちない呼びかけにヘルムートは眉を上げ、短く息を吐く。
    「……まあいいか。向こうについたら気を抜くなよ」
    「はいっ」
     どこか緊張しているような張り切っているような返事をするのは、戦場での援護ではなく独立した任務を遂行するのが初めてに近いからだろうか。先輩であるヘルムートと二人きりというのも影響しているかもしれない。……当初この任務はヘルムートが単独で行う筈だったが、見習いに経験を積ませるためという名目で同行者にルーカスが指名されたことを彼は知らない。
     まだ日は高い。日が暮れるまでには町に到着する予定である。




    「教会の扉は誰にでも開かれていますとも。たいしたおもてなしは出来ませんが」
    「いえ、お気遣いなく。二晩の寝床さえあればそれで」
     町へと到着した二人は軽く村の様子を見た後に教会へと向かい、問題なく宿泊の許可を得た。司祭は初対面の巡礼者にも礼儀正しく穏やかで、とても聖教会から捕縛命令が下っている人間だとは思えない。……とはいえ優しげな顔の悪魔などいくらでもいることは見習いであるルーカスですら──実感があるかどうかはさておき──承知のことであり、彼らは慎重に司祭と接した。
     既に日は傾いていたため今日のところは町で食事など済ませてから休むかと目算をつけていた二人であったが、その日は町で唯一の食事処の主人が体調を崩しているだとかで店は閉まっており、司祭の申し出によって教会で夕食をとることとなった。食事は聖職者らしく質素なもので、食べ盛りのルーカスにとっては少々物足りなかったが味は悪くなかった。
     借り受けた部屋へ入った二人は、あまり使われている様子こそないもののきちんと掃除の行き届いた様子に安堵し、荷物をベッドの近くへ置いた。服の襟元に指をかけてぐいと緩めるヘルムートに、ルーカスはそっと声をかける。
    「特におかしな様子はありませんでしたね」
    「ああ。……だがあの男は叙聖されていない。司祭として祝福を受けていない。……にせものだ」
     ……彼らがここへ来たのはそのためである。正式に認められていない人間が司祭として人々を導いているなど、聖教会としては看過するわけにはいかないのだ。今までなんの咎めもなかったのは単純にこの町が王都から離れた位置にあったため最近まで気付かれていなかったのと、特に問題行動を起こしていたわけではなかったからだが……今回こうして取り締まることになった。そこになにかしらの意図が働いているかどうかは、騎士たちの知るところではないが。
    「明日一杯町で聞き込みをして、それから司祭に同行を求める」
    「わかりました」
     神妙な様子で頷いたルーカスに、ヘルムートは眉を下げて困ったように笑った。


     次の日、町に出た二人はそれとなく町の人々に探りを入れた。見知らぬ巡礼者に戸惑いを見せる者も多かったが、二人が教会で世話になっていることを知ると態度を軟化させた。司祭が人々に信頼されていることがよくわかる。悪い噂もなく、かといってまったく隙のない堅物というわけでもなさそうであった──彼の収穫祭での失敗談などを楽しそうに話す婦人もいた──。
     今回、基本的には「好奇心旺盛な少年」を装ったルーカスに聞き込みは任せられていた。とはいえ単独で行動させることはなく、ヘルムートが時折助け船を出すこともあった。最初のうちこそヘルムートの様子を窺いながら少し落ち着きのない態度を見せていたルーカスであったが、そのうち慣れたのか堂々と人々の間に入っていくようになった。本来彼はよく機転の利く人物であり、でなければヘルムートもここまで放任しない。
     ルーカスが聞き込みをしている間、ヘルムートはその周囲の様子を観察していた。特におかしな様子はない。誰かがこちらを見張っているだとか、そういったこともない。異常な警戒や、拒絶、悪意なども感じられない。ここはごく普通の村で、司祭や教会についての話をしていても誰かが過敏に反応したりはしない。これ以上叩いても埃が出るとはヘルムートには思えなかった。
     適当なところで切り上げ、二人は教会へと戻った。司祭はなにやら村人と話しており、会釈だけして通り過ぎる。部屋で一息ついた二人は、声を潜めて話し合う。
    「……悪い噂、全然ありませんね」
    「そうだな。無資格でさえなければまっとうな司祭なんだろうが」
     ヘルムートは困ったように頭を掻き、ルーカスは真面目な顔でそれを見ている。
    「今夜、本人に話をするんですよね。それでもし同行に応じなければ……力ずくで」
     その言葉に頷いたヘルムートであったが、表情は浮かない。重たげに瞬きをする。
    「でもなあ……実際あの男は皆に信頼されてるわけだし、働きにも問題はない。無理に連れて行くのもなんだか……」
     乗り気でない様子のヘルムートにルーカスは少し口ごもったが、意を決したように顔を上げるとその澄んだ目で相手を見た。
    「ですがヘルムート卿、決まりは決まりですし、役割の授与は大事です。能力があれば身元の保証は必要ないとしてしまうと、秩序もなにもなくなってしまう。……領主として任じられたわけでもない人間が各々勝手に統治を始めたら、いくら統治能力が高くとも国がめちゃくちゃになってしまうのと同じだ」
     ヘルムートは黙ってルーカスの言葉を聞いていた。葡萄酒色の目は暗く、何かを底に飲み込んでいるような色をしている。が、その目はすぐに柔らかく細められた。無造作に伸ばされた手が軽くルーカスの肩を叩く。
    「いや、そうだな、その通りだ。俺はこういうとき不真面目だからよくない」
    「そんなことは、」
     ぐしゃりと乱暴に頭を撫でられたルーカスは、戸惑うような少し照れるような顔をして言葉を途切れさせた。ヘルムートは不思議とどこか機嫌良さげで、先ほどまでのやる気のなさが嘘のようである。
    「仕事はきっちりしないとな」


     ……夜、司祭の部屋にて。司祭は騎士たちの同行要請に応じ、村人宛の手紙を書かされ──当然それはヘルムートが検閲した──、逃走防止のため二人と同じ部屋で休むこととなった。が、移動中、ちりんと小さな鐘の音がした。司祭がぴくりと反応する。……「ゆるしの部屋」へ誰かが入ったしらせだ。
     司祭はなにかを訴えるような顔をしたが、この状況で第三者と会話をさせるわけにはいかない。だがこの時間に司祭が応じないというのも不自然である。村人に不信感を抱かせるわけにはいかない。ヘルムートは溜め息を吐くと、ルーカスに司祭の体を預け、ゆるしの部屋へと続く扉を開けた。司祭がぎょっとした様子で口を開いたが、慌ててそれをルーカスが塞ぐ。
     ついたてで仕切られたその小部屋には灯りがなく、来客が持ち込んだらしいランプの火がちらちらと揺れるのがよくわかった。こちらにいるのが司祭ではなくあの巡礼者であることに相手は気付いていないようだったが、下手に口を開けば司祭ではないことなどすぐに露呈してしまう。しかし、ヘルムートはまったく動揺していない様子で、おもむろに口を開いた。
    「神の声に心を開き、神の慈しみに信頼して貴方の罪を告白して下さい」
     ルーカスはぱちぱちと面食らったように瞬きをした。ヘルムートの声色が変わったからではない──多少の声帯模写くらいなら出来る黒騎士は少なくはないのだ──。その文言が、歌うように滑らかで耳に心地良いものだったからである。ついたての向こうにいる人物はまったく疑っている様子もなかったし、ぽつりぽつりと告白を続けている。その内容を聞くことに少し気まずさを覚えたルーカスであったが耳を塞ぐわけにもいかず、とりあえずは司祭をしっかり取り押さえておくことにした。
    「……神が務めを通して貴方にゆるしと平和を与えてくださいますように」
     罪の告白と償いとゆるしの儀式。それは本来司祭などにだけ許された権能であるが、それをおこなうヘルムートの態度は堂々としており、落ち着きと慈悲を相手に感じさせるには十分だった。
    「私は聖霊の御名によって、貴方の罪を許します」
     最後の文言を終え、相手が礼を述べて立ち去った後ヘルムートはほっとしたような顔で部屋から出てきた。非難するような顔をしている司祭に肩を竦めてみせる。お前だって同じ事をしていただろうが。俺もお前も資格がないことに変わりはないぞ。
     部屋へ移動した後、司祭をどこに寝かせるかで少し手間取りはしたものの問題なく休む準備を終えたルーカスにヘルムートが声をかけた。
    「ルーク」
    「はい」
     ルーカスが振り返ると、ヘルムートは自分の唇の前に人差し指を立てて片目を閉じていた。
    「さっきのは秘密にしておいてくれよ。司祭でもないのに告白を受けただなんて、怒られるじゃすまないからなあ」
     ルーカスは頷きながらもなんとなく釈然としないような顔をしていた。……ヘルムート・チェルハは平民出の騎士だ。当然のことながら司祭ではない。信心深いという話も聞いたことがない。墓地へ向かう姿は何度か見たことがあるが、教会へ入るところなど見たことがない。だというのに先ほどの態度には一切の迷いがなかった。知識として、技術として身に着けていたのだとしても堂に入りすぎていた。
    「……どうした?」
     考え込んでいるルーカスに怪訝そうに声をかけたヘルムートに、なんでもありません、とルーカスは答えた。ヘルムートは少し黙り込んだものの追求はせず、司祭の方へと向かった。……ルーカスは結局そのもやもやとした疑問を解消出来ないままその夜をすごすこととなり、翌日の朝はあくびを噛み殺しながら出立の準備をすることとなった。




     王都へ戻って聖教会と騎士団の両方に報告を終えた後、ようやく気が抜けた様子のルーカスをヘルムートは労い、その夜は酒場で少し値の張る酒を振る舞った。美味い酒と美味い食事を供にして、今回の任務で不足だった点を指摘し、それ以上に良かった点を褒める。後進を健やかに立派に育てることこそがヘルムートの信仰であり、信念である。若い者、まだ一人前ではない者との任務の後は毎回このくだりが行われていた。
     深酒にならない程度に解散し、各々の部屋へと戻った後、ヘルムートはランプに火を入れ机へと向かった。大きな手帳を取り出し、ページを捲っていく。中にはびっしりと文字が書き込まれていたり小さい紙が貼り付けられている。その後半のページを開くとペンを走らせていくヘルムートの表情はちらつく火のせいで読み取れない。
     そのページの上部には、「ルーカス・バイロン」という記述がある。
    新矢 晋 Link Message Mute
    2019/09/23 16:37:47

    にせもののサクラメント

    #小説 #Twitter企画 ##企画_オルナイ
    黒騎士の少し変わった仕事の話。

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