「愛してる」 まだ冬には遠い、秋の朝である。町にある宿の一室で夜を明かした男女はつまるところそういう関係で、昨晩もたっぷり愛し合った後寄り添うように眠りについていた。二人は騎士でもあり、騎士としても強い信頼関係で結ばれていた。周囲からは彼らが組めば落とせない砦は無いだろうと目されている──方法はさておき──。
この日は珍しく女の方が男より先にベッドを出ていた。窓辺で髪を束ねなおしている女は、薄手の肌着一枚だけを身に纏っている。整っている顔立ちはまだ眠たげではあったが、それでもどこか冷たい印象がある。
ベッドの中からその女を眺める男は感情の見えない表情をしていた。暗い葡萄酒色の目は凪いでいて、静かに女の横顔を見詰めていた。そして音もなく立ち上がると女に歩み寄り、背後から腕を回して抱き締めた。
「ん? どうしたヘルムート」
振り返ろうにも、男の腕の力が思いの外強くて身動きが取れない。頭を擦り寄せられてくすぐったげに笑った女の耳に、男の低い声が降ってきた。
「死なないでくれ」
唐突な言葉に、女はきょとんとしたのち苦笑する。
「どうしたんだ急に、怖い夢でも見たのか?」
更に男の腕に力がこめられる。
「……死ぬなよ、ベラドンナ」
静かな声にはいつもとは違う響きがあった。言葉選びの強さとは裏腹に、その声はどこか不安げに揺れていた。そのくせ熱を抱くような切実さもあった。
──この熱を、よく知っている気がする。
「ベラドンナ、……死ぬな……」
女は気が付いた。これは、この響きは。そうか、この男の「死ぬな」は言葉通りの意味ではない。
女は眉を下げるとなんとか体の向きを変え、男に向き直った。男は感情をどこかに落としてきてしまったような表情をしていたが、女は気にせず男の頭を抱き寄せ己の肩に乗せさせた。
「うん、大丈夫だ、死なないから……死なないから、お前も勝手にくたばるんじゃないぞ」
男の頭を撫でる手付きはどこまでも優しい。
「大事な言葉が足りないだろう、もう、大きな子供だな……」
男は女のなすがまま撫でられ、抱き締められ、愛されている。目を閉じて動かないままだった男は、しばらくすると目を開け女の肩から頭を持ち上げた。大きな手がそっと女の頬に触れ、指先で輪郭をなぞるように降りていき、おとがいにかかる。女が予感に目を閉じると、啄むようなキスが降らされた。何度か繰り返されるうち徐々に吐息ごと食べるようなそれになり、はあ、と女が息継ぎをした隙をついて舌を吸いねっとりと絡み合うようなキスへと移行した。
「んっ、……ふ、ぁ」
甘えるような鼻にかかった声が女から漏れ、男は女の腰をさすりながら強く引き寄せ口付けを続ける。表情は相変わらずあまり動かないが、どこかうっとりと熱を帯びたような目をしている。
気付けば女はベッドに座らせられ、両腕で囲い込まれながら唇を貪られていた。押し倒され背がベッドに沈んだところで、やんわりと男の胸を押し返しながら困ったような顔をする。
「待って、……するのか……?」
「駄目か?」
「だ、だって昨日あんなにしたのに」
女の手を取り、その手のひらに口付けてから男は真っ直ぐ女を見た。葡萄酒色の目が濡れたように光っている。
「今すぐお前を抱きたい」
ぐう、と女の喉からおかしな音が漏れる。目を泳がせた後、上気しわずかに染まっている顔のまま小さく頷く。
「……わかった……いいよ」
その返事に男は目を細め、また女へ口付けた。唇を啄みながら手は下着の中へ差し入れられ、肌を探り始める。ベッドの中央の方へ女の体が押しやられ、男も完全にベッドへ上がって女の上に覆い被さった。
外では人々が活動を始める音がし始めていたが、二人の耳には届いていなかった。