ヤクザ立さんとボス島さん_2side:D
これはまだ、俺がヤソイナファミリーのボスとなっておらず、とある刑事でしかなかった頃の話だ。
俺は子供のころからテレビなどで憧れた警察官…刑事になるのが夢だった。
そのために文武両道を極めていったが、特にコネクションを持っていたわけでもなく。
俗にいうたたきあげの現場刑事となっていった。
それでも、少しでも世の中のため、街のためになることであれば、何でも嬉しかった。
そんなとき、連続殺人事件がこのヤソイナバで発生していた。
犯人は女性ばかりを狙う殺人鬼で、決まって壊れた時計を胸元に置いていくのだった。
…さながら何かのカウントダウンかのように、12から1時間ずつ刻んでいたのだ。
時計を使ったカウントダウンだったので、最高で人が12人死ぬことになる。
既にこのとき3人死んでいたので、捜査も大掛かりなものになっていた。
その捜査本部として、本庁のエリートが何人か導入されることとなり、
その中の一人に俺と同期出会ったエリート、「幾月修司」だった。
彼とはそりが合わないことが多かったが、観察力は群を抜いており、尊敬できる点もあった。
その彼とバディを組んで捜査をすることになった。
当時の俺はかなり尖っており、
本部の命令は無視が日常茶飯事、現場での聞き込みがすべてだと考えていた。
だからこそ、バディを組んだ幾月ともそりが合わず、一人で捜査をすることが多かった。
そんなとき、事件が起きた。
珍しく、幾月も俺のあとをついてきた時があった。
俺はいつも通りそれを無視して捜査をしていたのだが、
背後から犯人グループの一人が近づいているのに気がつかなかったのだ。
咄嗟に幾月は受け身を取れず、コンクリートの角に頭をぶつけて出血多量。
同時にもう一人から足を鉄バットで殴られ、足も変な風に曲がってしまった。
俺は即行で犯人をはっ倒して全員逮捕に持ち込めたのだが、
幾月の怪我は思った以上にひどく、現場には二度と出られない体となってしまった。
当時の俺は、「どうせえらいもんは現場に出る必要ないのだろう」そう考えていたのだが、
幾月はそう簡単に考えられるほどではなかったらしく、数か月後、警察を辞めていた。
事件自体も、何人かそれから犠牲は続いてしまったのだが、犯人逮捕にまでこぎつけることができた。
その後、千里を失うあの事件まで、俺は幾月のことはあまり気にしないでいたのだが、
最近やつがこのヤソイナバへ戻ってきているという噂を耳にしたのだ。
やつもまた、仲介人として裏社会の中で生きる道を選んでいたらしい。
とてもやり手で、俺のところにも噂が届いていた。
だが裏切りは許さず、発見したら残虐殺人のように跡形もなくその人は消されてしまうという。
やつがなぜヤソイナバに戻ってきたのか。
…おそらくそれは、俺への復讐のためだろう。
このことに気づいているのは恐らく俺だけだ。
やり口などから、あの事件を彷彿させるようなことばかりだったのだ。
(実は俺のもとに届いた手紙のやり口も、あのときと似たものだった。)
このことに気づくとしたら足立なのだろうが、今回あいつだけは巻き込みたくないのだ。
…そう、千里のときのようなことを二度と起こさないために。
(だからじっとしていてくれよ、足立。)
俺はふぅ、とため息をつきこめかみを揉んだあと、もうひと仕事すべく立ち上がった。
まずはやつの根城を探さなくてはならない。
俺は当時の事件現場を一つずつ訪ねていた。
考えは外れてはいないようで、そこには手紙がどこかしらで見つかり、
続きが綴られていた。
それを少しずつ読みながら進めていく。
今日でようやく半分回りきった。
今日最後に回ったビルの屋上の片隅で休憩がてら煙草を取り出す。
火をつけようとポケットを漁っていると、ふと火が差し出された。
差し出された方をみると、そこには足立がいた。
「お疲れ様です、ボス。」
足立は出会った頃のような冷たい目線で俺を見つめていた。
「お前…。」
差し出された火を引っ込ませるためにとりあえず煙草に火を着けて一服する。
その間、足立は静かに黙ってとなりにいた。
不気味なくらいの沈黙のあと、俺は足立がここにいる理由を尋ねた。
「僕はね、堂島さん。やっとあなたと肩を並べて、隣に立てたと。
そう、思っていたんです。
…でもやっぱり違ったんですよね。あなたの深いところまでは踏み込めない。
…その程度だったってわけでしょう。」
「いきなり何を言い出すんだ、お前は。」
冷たい声で放たれた発言は、諦めたような口調だった。
何をどうしてそう考えたのかわからない俺は、驚きを隠せなかった。
「今だって、あなたは一人でなにかと戦っている。
僕には『じっとしてろ』と言って。
それじゃあ僕はなんのためにあなたの隣にいるんですか…?」
「それは、共に生きるためだ。お前と一緒に日々を重ねていきたいと思ったからだ。」
「だったら!あなたの辛いことも半分背負わせてくれてもいいでしょう!」
「!!?!」
恐らく初めてだ。
足立がこんなに声を荒げて叫んできたのは。
そして、言われたことは至極まっとうな言い分だった。
確かに対等であろうと、そう言ったのに、俺の要望ばかりぶつけていた。
危ない橋を渡ってまで一人で何とかするなと日頃から言っておきながら、
俺は同じ事を今しているのだ。
足立が怒るのも無理のないことだった。
(しかし、それでも俺は…)
「だったら、お前はどうするって言うんだ。」
「僕は僕で、ボスを守るために動きますよ。『どんな手を使ってでも』。」
やはりそうきたか。
こいつの言う『どんな手でも』というのは、本当に容赦ない。
自分の体は顧みないのだ。
「わかった。お前のそれは、本当に自分を蔑ろにするやり方もとりかねんからな。
そこまでしてお前と袂を分かちたくはない。」
お手上げのポーズをとると、足立はようやく少しだけ表情を取り戻していた。
「言っときますけど、すぐには許しませんからね?」
「わかってるよ。反省はしている。」
頭を軽く撫でると、少しだけ嬉しそうにしながらも、むくれる表情をとってくれたので、
いったんは落ち着いたと判断した。
新しい煙草を取り出して火をつけ、一息すると、俺は簡単に今までの調査内容を話した。
「あのとき、カウントは3まで進んでいたんだが、最近の事件を含めるとカウントは10まで進んでいる。」
「そんなに、ですか。」
「あぁ。最後のカウントは俺に使うだろうが、残り1回分がわからねぇんだ。」
「最後のカウントは使わせませんよ。」
目を鋭く吊り上げ、遠くを睨みつけるような表情の足立を見て、
俺は宥めるように頭を荒っぽく撫でた。
「安心しろ。そうやすやすとやられやしねぇ。俺を誰だと思っている。」
「僕の大好きなボスで、最期まで一緒に生きる大切な人です。」
「そうだ。だから重要なのはそこじゃねぇんだ。俺の前に誰を狙っているか、なんだ。」
そうして俺もまた、月明かりがまだ明るい夜空を見上げ、見えない糸口を探るように目を細めたのだった。