in the light of your dawn_1「足立!!」
堂島さんの叫ぶ声がどんどん離れていく。
嗚呼。僕はこのまま闇の奥へと落ちていくのか。
せっかく光を見つけたと思ったのに。
その光を頼りに少しずつ進もうと思っていたのに。
カミサマってやつは、ほんとうに残酷なやつだよね。
この世界には、近年『獣人』と呼ばれる生き物が現れるようになった。
字のごとく、人間の姿をした獣だ。
人間の姿をしながらも、理性を無くしており、人里に降りると人間を襲うのだ。
そういった被害から防ぐため、ある組織がたちあがった。
その組織が『獣人調査団』。
俺…堂島遼太郎もその組織に所属している。
この八十稲羽エリアをしきっている支部の支部長を勤めている。
今日もまた、仕事終わりに俺はある山へと向かった。
目的は、とある人物…俺の相棒だった「足立透」を探すためだ。
向かった山は獣人が多く住むといわれている山。
その山には獣人調査団しか侵入を許可されていない。
だからこそ、俺はその山へ一人で入れる。
さて、なぜ俺がこの山に入って人間の足立を探しているのか。
その背景を語るには、数ヵ月前に遡ることになる。
「獣人を奉る祠…。」
突如現れた獣人ネタ騒ぎから数年。
俺たち獣人調査団は、獣人との折り合いを模索していた。
こと、八十稲羽エリアにある高い山には獣人が多く住んでおり、
そこには獣人の長がいるという噂もあった。
そんな矢先、八十稲羽の住人が勝手に山に入ったことで逮捕し事情聴取をしていたところ、
祠のようなものを見つけたと言っていた。
真意を確かめると同時に、何かの手がかりの可能性もあり、
俺と足立と部下たち数名で探すことになった。
エリアは広いため、帝都の本部からも応援要請を呼んでの捜索となり、
支部側の指揮は俺がとっていた。
調査は数週間続き、探索範囲もだいぶ絞られてきていた。
そんな矢先、事件が起こる。
その日は雨も少し降っていて、足場も悪くなっていた。
だが、もう少しで最後のエリアに差し掛かろうともしており、
もう一踏ん張りと言って探索を続けていた。
その時だった。
大きな音と共に崖崩れが発生し、後ろをついていた足立がいたところが崩れ落ちたのだ。
「足立!!!」
咄嗟に手を伸ばすも、足立を掴むことは出来ず、雪崩と共に山奥に消えていってしまったのだ。
そのあと、1回だけ足立からメッセージが着ている。
『怪我は大したことはないのですが、落ちた場所がよくわかりません。
携帯の充電も底をつきそうです。
僕のことは気にせず、調査を続けてください。
もし生きてあなたとまた会えたなら、伝えたいことがあるので待っててくださいね。
足立』
このメッセージから既に数週間が経っていた。
一方で、満月の夜、唸り声が鳴り響くという事件も起きており、
いったんはその唸り声の正体を探る指令が出ていた。
「今日も手がかりなし、か。」
俺は単独で足立の捜索を続けているわけなのだが、今日もまた手がかりは見つからずであった。
翌日。
先ほど話した唸り声の調査の作戦をにっちゅうで練り、夜に備えていったん自宅へ帰ることになった。
「お父さん、お帰りなさい!」
「おう、ただいま。すまんが夜また出かけるから、今日は悠のところでお泊まりでもいいか。」
「お兄ちゃんちに行けるの?菜々子嬉しい!」
足立が消息不明となったとき、菜々子もだいぶ落ち込んでいたのだが、
ようやく少しずつ元気を取り戻してきていた。
男手だけでの生活で、菜々子に寂しい思いをさせてしまっているのは感じているのだが、
菜々子は聡明で、甘えずに感じられる幸せを大切にしてくれている。
「寂しくないか、菜々子。」
「足立さんが戻らないのは寂しいけど、お父さんも同じでしょう?
だから菜々子も泣いてばかりはいられないもん!」
「そうか。」
せめてもの償いとばかりに、日中の待機時間は菜々子との時間に費やし、
日頃の会話を深めるのであった。
そうして満月が輝く夜となった時間。
俺は静かに家をあとにし、山の方へと歩きだした。
なぜだが今日は足立に会えるような気もしたのだが、今日はあいにくの任務。
気を引き締めて山を登っていく。
途中で応援の調査団メンバーに挨拶を済ませ、作戦を確認したあと、
俺の班は、以前足立と調査へ向かった方角へと進み始めた。
すると、ひとつの大きな遠吠えが鳴り響いた。
少しだけ甲高くも、悲しいような鳴き声。
その声の元の方角を確認しながら奥へと進むと、大きな崖が見えてきた。
崖の上には満月が昇ってきており、綺麗な夜空と崖を照らしていた。
するとそこへ、人影らしきものが現れた。
俺はすぐさま隊員たちを下がらせ、静止の指示を出したあと、一人少しずつ影のほうへと向かった。
自身の鼓動が五月蝿いくらいに脈打ち、緊張が走り続ける。
ようやく影の正体が掴めるほどの距離に詰め寄ったとき、俺は息を飲んだ。
そこには白くて綺麗な人豹が涙を流しながら立っていた。
目は真っ赤に染まっており、涙で一層宝石のような輝きをもっていた。
「綺麗だ…。」
思わず呟いてしまい、人豹が驚いてこちらを見た。
「すまん!お前を襲うわけではないんだ。…俺は人間。人間の堂島遼太郎だ。言葉、わかるか?」
焦らず害がないと知らしめ名乗ったのだが、人豹は後退りして怯えきっていた。
あの吸い込まれるような綺麗な赤目。
そして寂しげな面持ち。
俺はこの目を知っているような気がした。
この人獣と会話がしてみたい。
触れてみたい。
そんな衝動にも駆られた俺は、ゆっくり、一歩ずつその白豹の人獣に近づいた。
人獣は怯えたまま縮こまっていたが、崖の先端まで下がってしまったため、
動けない状態になってしまった。
「大丈夫。俺は何も危害を加えない。」
両手を広げて証明しつつ、目線を合わせるため少し屈みこむ。
どうやらこの白豹は言葉を理解しているようで、俺の目線をしっかりと合わせ、
様子を伺い続けていた。
そうしてようやく手が伸ばせるところに辿り着いたとき、俺はゆっくりと頭を撫でていた。
「触らさせてくれて、ありがとう。お前のことをもっと知りたい。
教えてくれないか、俺に。」
すると、白豹は爪を立てないようにしながら頭の上に添えていた俺の手を取ると、
ざらざらとした舌で舐め、指先に口づけをした。
「触れることを許してくれたのか。」
その返答とばかりに、ふわりと微笑んだ白豹は、月の光に照らされながら掠れた声で一言だけ呟いた。
「あなたは、僕を、愛せますか。」