瞳に映るは番の心_2「失礼な。僕は人間ですけど。」
むっとしながらそう答えたが、この邪眼をもった自分は、人間ではないかもしれない。
そんなふうにも思っていた。
「こいつは失敬。人間らしくない気配がしてな。えぇっと、飯屋を探しているんだったか。
大衆のところでいいだろうか。」
髭を少し生やした年上の男は、そう言いながら、辺りを見回していた。
どうやら邪眼の力は効いていないようだ。
(だが、僕の力を読み取っていたのか、こいつ。)
少々疑問は残るがためしで声掛けした内容を真に受けた空いては、
僕を飯屋へと連れていったのだ。
「ちょうど俺も飯にしようとしていたところでな。相席しても?」
「あ、はい。」
たどり着いたのは本当に大衆居酒屋のようなところだった。
適当に頼もうかと品書きを見たが、どれも料理の想像がつかず、お相手に注文を任せてしまった。
「あんた、普段はどちらに?」
「片田舎の山奥に住んでまして。殆ど麓には降りないんです。」
「へぇ。なんでまたこっちに?」
「…ちょいと野暮用があって。」
「ふぅん。ほら、きたぞ。冷めないうちに食おう。」
運ばれてきた食事は、どれも和風の優しい味のするもので、とても食べやすかった。
おそらくこの人なりの気遣いをしてくれたのだろう。
「酒もやらねぇのか?」
「嗜む程度には。」
「お、じゃあ頼むか。」
つまみと酒も注文されて待っている間、お相手さんはずっと僕を見て不思議そうにしていた。
「なんだろうな…不思議な気配なんだが、知っているような気もするんだよな。」
「初対面ですけどね。」
「そうなんだよなぁ。」
うなりながら、僕との過去の出会い歴を頭のなかで検索しているようだったが、
少しして考えるのをやめたのか、つまみを豪快に食べ始めた。
「まぁ、いまのお前さんのことを知られたらそれでいいか。
そういや、ここへは何しにきてたんだ。」
「ちょっとばかり実験に。」
「実験…。研究者、ではないのにか?さっき山奥に住んでいると言っていたよな。」
ますますわからん、といった表情で僕を見つめる彼は、どうしても僕の事情を探りたいらしい。
人間、ひとつやふたつ、知られたくないこともあるのだ。
まして、今日初めて会った相手に、ぺらぺらと自身のことを話す輩がいるものか。
「ほぉ~ん。お前あれだな、交流下手か?商売やってるなら、交流は大事だぞ?」
「…なぜ僕が商売をやっていると?」
何も伝えていないはずなのに、この人は僕が人に何かを売っていると気づいた。
「その手。手荒れがちらちら見えるところと、爪が綺麗に揃っているところ。
手を使った何かをしているってことだ。
そんなんじゃなきゃ、男でここまで手入れが行き届いているやつはいねぇよ。…違うか?」
見事な観察眼だ。
確かに僕は薬の調合で、水回りは勿論使うし、手からのばい菌が混じらないようにしている。
「正解なので明かしましょう。僕はちょっと風変わりな薬師をしています。」
「だから山奥か。なるほどな。」
酒もご飯も進み、腹も満たされたところで、僕もまたこの男に尋ねることにした。
「もしご存じでしたら、この辺りで魔除け、邪除けを売っているかたを教えてくださいませんか。」
「ん?あんた、なんか厄でもついてるようには見えないが…。
まぁなんだ。俺はその商売をしているぞ。」
なんとこの男がらびりすが持ってきた魔除けを作っていた本人だったのだ。
道理で僕の異質な気配を感じたわけだ。
(もしかしたら…)
もしかしたらこの人は、僕が昔から探していた人なのかもしれない。
「あの、失礼を承知でなのですが、お名前をうかがっても?」
「おう、俺は堂島遼太郎。この街でまぁ、何でも屋みたいなのもやっているが、本業は飾り職人だ。
わりと評判は良いと思うぞ。」
「どう、じま、さん…。」
「お前は?そろそろ教えてもらってもいいか。」
覗き込むように僕を見る堂島さん。
きっと聞ける機会を伺っていたのだろう。
まぁ、名乗る程度なら問題ないだろう。この魔除けの作者には興味もある。
「僕は足立透と言います。」
「足立、か。ありがとうな。また、街に降りたりするときは文でもくれよ。馳走してやるからよ!」
そうしてたらふく食べた僕と堂島さんはお店の前で別れた。
らびりす以外のヒトとこんなに話すのはいつ以来だろうか。
少し疲れたので今日の実験は終わりにして、家へと帰ることにした。
明くる朝、らびりすがいつものように薬をとりにきた。
「その作者さんに会うたん、足立さん!というかそんな人混みにいても平気だったんか!」
「あぁ、うん。あの人の力は本物だよ。」
僕はたんたんと報告するように話していたのだが、らびりすには驚きの連続だったらしい。
らびりすはころころと表情を変えながら僕の話を聞いていた。
「足立さんがまさかヒトと交流するとはねぇ…。その、堂島さんて人、また会うん?」
「そうだね…機会があれば、ね。」
「なんや、寂しい顔して。会いたいなら会いに行きなはれ。」
「別に、会わなくても生活はできるし。」
そこまでやりとりしたところで、らびりすは盛大なため息をついた。
「まぁ、足立さんがそれでえぇんならかまへんけど…。」
「なによ、そのため息は。」
ちらりとらびりすの方を見やると、らびりすはまた小さなため息をつき、
こうつぶやいた。
「足立さん、その、堂島さんって人の話をしているとき、めっちゃ生き生きしてたんよ?
自覚はないみたいだけど、結構その人のこと、好きなんちゃう?」
「す、き…?僕が?」
「そう。まぁ、『今は』人として、だろうけど。」
確かに、僕は人間が嫌いだ。
散々な目に遭い、関わりを持ちたいとも思わない。
だが、堂島さんと会話した時はどうだっただろうか。
最初は警戒もしていたが、気が付くと自然と会話を交わしていたように思う。
ぽつりぽつりとした会話だったかもしれないが、あのひとときは、
僕にとって心地よい時間だった。
「ちょっと考えてみるよ。あの人のこと。」
「そうやな。また何か噂聞いたら伝えるんよ。」
「うんありがとう。」
こうして、僕と堂島さんの縁は繋がった。
その縁の深さは、これから知ることとなるのだが、それはもう少し後の話となる。