【番外】Hello,shining!6酔っ払いの話(n年後時空)
新年会のように大々的に行うイベントでは信用できる店を貸し切ることもあるが、小規模のものだと事務所に酒とつまみを持ち込んで飲み会場にすることが少なくない。
K・Kの絡み酒から逃げるべくレオを生贄に押し付けたザップは、騒ぎの中心から離れたところにいる水希に気づき、そちらに歩み寄った。今月成人したというレオは酒デビューしK・Kたちに飲まされているが、水希はまだノンアル一択だ。
「まーだお子ちゃまドリンクかよ」
飲むか? と手に持つボトルを見せるが、首を横に振る。縦に振ったところで、ザップは彼女にあげずにラッパ飲みするつもりだったが。
地球上で断トツに治安の悪いこの街で、未成年飲酒など可愛いものだとザップは思うのだが、水希は徹底して口に入れようとしない。成人しても、あまり飲む気はないと本人の口から聞いたことがある。超能力にどんな影響が出るかわからないから、と。酔って理性をなくしたときのリスクが恐ろしいのだろう。簡単に酔わない酒豪だったら問題なさそうだが、それは彼女が飲酒してみるまではわからない。
加入した当初より飲みのような集まりに顔を出すようになったし、超能力の精度も上がったけれど。水希は未だに自分を信用しきれていないところがある。快楽主義で自由奔放に生きるザップには、いまいちわからない感覚だ。そんないつまでもうじうじせずに、吹っ切ればいいのに。
「あっち盛り上がってるのに、いいの?」
「今行ったら二日酔い確定だかんな。……お」
顔を真っ赤にしたレオが、千鳥足で中心から出てきた。皆できあがってきてるのか、今月が誕生日である構成員を祝う趣旨そっちのけになってきている。いつものことだ。
「水希!」
ふにゃふにゃといつになく力の抜けた笑みを浮かべるレオは、ほぼ躓いたような勢いで水希に抱きついた。
水希の手の中で、グラスが派手に割れる。あーあ、やっちまった。と思うものの、まあ動揺するのも無理はないだろう。こんな公衆の場で、二人がいちゃついてるところなんて、ザップは見たことがない。
「おっまえ、ハグ程度で赤くなりすぎだろがい」
念力の誤爆より、そっちの方にザップは呆れかえる。水希は言い返すことも出来ないぐらいに固まってしまっていた。
ザップが目の前で愛人とのセックスを反芻していても反応薄いくせに、なぜこんなことで照れるのか。
「恥ずかしがり屋なんれすよ~可愛いでしょ~」
「へーへー」
ザップの好みはエロくて積極的な女なので適当に流すが、酔っ払いは気にする様子もない。
「でも俺のれすからね~!? 手出しちゃらめですよ~!」
ザップの手の中で、ボトルに罅が入る。
「お、お前……」
そのへんにしとけ。そう言いかけたが、先にレオの身体から力が抜けた。ずるずると座り込み、床の上だってのに呑気そうに横たわる。
危うく羞恥が臨界点突破するところだった水希が、恨み言のように呟く。
「ふざけんなよ本当……」
猫
薄暗い路地裏で水希は立ち尽くしていた。
足元には猫。どこかの異界生物にでも襲われたのか、腹部を怪我していた。まだ息があるようだが、この出血量では助からないだろう。
しゃがみ、猫の顔に手を伸ばす。可愛らしいピンク色の鼻がぴくりと動き、水希の指先の匂いを嗅いだ。
最近、この付近で見かける野良猫だった。
黒く癖の強い毛並み。青い目。野良の癖に人懐っこく、どっかの誰かさんを彷彿とさせる。だからだろうか、水希はこの道を通るたびに猫がいないか探して、いれば少しだけ撫でていた。今日もそのつもりで、この路地裏に来たのに。
人間だって簡単に死ぬ街だ。猫だって例外じゃない。
触れる。
水希のお腹に痛みが走った。猫の痛覚だ。それでも構わず、猫を撫でる。この柔らかい癖っ毛と温もりに触れられるのは、今日が最後だから。
野良じゃなかったらこんな目に遭わなかっただろうか。
今更、考えても詮無いことだ。
拾うという選択肢は何度か頭に過ぎった。祖母が飼っていたのだから、世話の仕方は多少心得ている。
けれど踏ん切りがつかなかった。レオナルドと一緒にいるソニックみたいに知能が高い特殊な動物ならともかく、普通の動物をペットとして飼うのは楽なことじゃない。一人暮らしだから、常に面倒見れるわけでもなし。衝動的に迎え入れたって、本当に自分が可愛がれるかどうか、わかったもんじゃない。仕事柄、飼い主が帰らぬ人になる可能性もある。
そうつらつらと飼えない理由ばかり考えている間に、とうとう猫の方が先に逝ってしまったわけだ。
「……行くか」
これから事務所でミーティングがある。飼ってるわけでもない猫のために遅刻するわけにはいかない。猫でも人でも、死骸がどこかしらに転がってる街なのだから。
*
ミーティング開始ぎりぎりの時間に事務所に到着した水希は、レオの顔を見るなり深い溜息を吐いた。
「えっ、なに」
「こっちの台詞だよ。なんなの、またカツアゲに遭ったの?」
「いやあ、ははは……」
から笑いで濁しつつ、ガーゼを貼った頬を撫でた。
帰郷(n年後時空)
まだ見覚えのある景色には到達していないが、バスの窓からのぞく風景に着実に増えていく緑に、故郷が近づいていることを実感する。
かつてレオは、同じバスに乗って元紐育へと旅立った。あのときは独り座席に腰掛け、HLとはいかほどに恐ろしい街なのかと想像を膨らませていたものだ。しかし妹の目を取り戻すという決意は変わらず、引き返すという選択肢は微塵も浮かぶことはなかった。
今は、一人ではない。
水希も一緒だ。
連絡もろくに取らないダメな兄貴だが、妹の結婚式となれば行くしかない。休みを申請して、帰郷することにした。水希も同行したのは、治安最低のHL外とはいえ、義眼保有者のレオが一人ライブラから離れるのは心配が尽きず(実際、義眼を巡って故郷にいる妹たちが狙われた前例がある)、万が一の護衛のために抜擢されたのだ。同じ町で育った水希なら、一緒に帰ってもおかしなことではない。まあ、あの町にいた頃はそんなに話したことがなかったから、ご近所さんたちには多少不思議がられそうだが。
付け加えると、ミシェーラからの招待と、レオの希望でもあった。
滅多に帰ることがないのだから、この機会に一回ぐらい家族と顔を合わせても良いだろうと。
水希からはハッキリ「嫌だ」と言われてないが、進んで同行したがっていないのは目に見えて明らかだ。HLから離れて故郷に近づくにつれ、めっきり口数が減っている。元々あの町に大していい思い出はなかっただろうし、レオと一緒に帰る意味を考えれば、緊張するのも当然だ。
「水希」
「ん」
「ありがとな、一緒に来てくれて」
「うん……」
水希の祖母が老人施設に移る際に、彼女たちが住んでいた家は売られたと聞いている。レオの家に泊まるかと提案したが、町にモーテルがあったはずだと断られた。レオも記憶にあったが正直言ってショボい所だからレオの家の方が快適だと思ったが、無理強いするつもりはない。一緒に帰ってくれるだけで僥倖。宿泊先は水希の好きなようにさせることにした。
*
家族の顔合わせが終わり、泊まっていったらと言う家族の誘いを断った水希を連れて、レオは外に出た。故郷はHLとは比べ物にならないほど平和な町だし、何かあったとして一人で対処できない水希ではない。しかしもう遅い時間だ。恋人を一人で帰らせるべきではないと、モーテルまで一緒に歩いた。
「お疲れ、水希」
家を出るまでは気張っていたけど、見上げた横顔には疲れがにじみ出ている。愛想を振りまいたり、取り繕うのが苦手なのだ。緊張しただろうし、気も抜けなかったはず。
レオも、実家に帰ってきたものの、HLへ移住する前ほど心が休まらなかった。なにせ、可愛い妹が本当に嫁に行くのだと、家族に溶け込むトビーを前に今度こそ実感したのだ。レオは明日の式で泣く自信がある。
「大丈夫か?」
「いや、まあ……うん」
水希はゆるゆると首を振る。
「アタシ、やっぱりだめだ。ああいうの」
「他人ン家って、緊張するもんな」
ましてや彼氏の家だ。臆せずにいられるのは、よほどコミュ力がある陽キャだ。
「それもそうだけど……家族団欒? っていうの、あの手の雰囲気」
もうモーテルが見えてきた。けれど水希が思っていることを最後まで聞きたくて、手前で足を止める。
「嫌い?」
「嫌いっていうか……」
言い淀んだが、視線で先を促す。
「場違いな気がして。自分はここにいちゃいけないって、思っちゃうんだ」
「そんなことない。父さんも母さんもミシェーラも、あんなに歓迎してたじゃないか」
実家にいた頃はほとんど接点のない水希が恋人になったことには驚いただろうが、まだ成人にもなっていない末娘が結婚するのだ。長男に彼女ができたぐらいで動じやしない。
「それに、君だったら皆がどう思ってたかぐらい、わかるだろ?」
「……読んでない」
「あれ」
意外だ。最近ではレオやライブラの人間の脳内を好き勝手に覗くことをしなくなったが、気心知れない相手には遠慮なく力を使うのに。
「だって……読んでもし、頭の中じゃ別のことを考えてたら……」
レオの家族は、そんな人たちではない。そう反論したかったが、呑み込む。
水希の周りにいた人たちは、そうであったことを知っているから。
表向きは、娘として愛を口にし、時には抱きしめていたとしても。その胸の内は、得体のしれない力を持つ子どもへの恐怖でいっぱいだった。心を読める力は便利だけれど、時には知りたくないことまで見えてしまう。自分は両親に愛されていないと、水希は嫌でも思い知らされながら、大きくなった。
幼い頃に受けた深い傷は、今でも水希を時折苛んでいる。
「ごめん」
水希の視線が足元に落ちる。
「せっかく帰ってきたのに、こんな暗い話して。アタシの問題だから、気にしなくていいよ」
「水希」
確かに、他人の好意を疑い、恐れてしまうのは水希の中の問題だ。
けれどレオはそれに向き合いたい。水希が、戦えないレオの代わりに守ってくれるように、レオだって水希を支えたい。
「愛してるよ」
はっと水希はレオを見る。
それから、泣きそうに歪んだ顔を引き寄せ、キスをした。相も変わらず、自分が背伸びするだけじゃなくて、彼女もかがんでくれないと、ろくにキスをできない身長差を憎らしく思いながら。
ここは夜になっても暗闇を知らない都会ではない。日が落ちればそう簡単に通行人を見かけることのない田舎だ。モーテルの前で少しぐらい抱き合っても、誰の目にもとまることはない。
「アタシ……」
肩口に、水希の顔が摺り寄せられた。
「アンタの腕の中が、一番安心する」