話は前後するが 前線にほど近い補給基地に、一台のジープが到着した。物資が完全に底をつく寸前の補給に、中から飛び出してきた兵站班の兵士たちと駆け寄ってきた現場の兵士たちが全速で荷降ろしを始める。
「ここの荷受け担当は!? ああもう君でいいや、ちょっとこれ確認して!」
そして助手席から降りた一人の男が目録片手に声をはりあげ、最初に目についた顔見知りの兵士を捕まえて捲し立てた。
「取り急ぎこの便ではこれだけね。確認して。優先順位高いものから……あとは緑ケースが二十と白ケースが十八ある。残りは朝には届けさせるから、それまでこれで繋いで」
「橙はどうした。……おいなんでテメェが来てやがる」
「橙は間に合わなかった、朝の便には入ってる。……自分でもびっくりだよ、僕が死んだら事務周り全滅なのにね!」
傷ひとつない白い指が、紙の上を滑って荷の内容を相手に示す。それからペンを取り出して押し付け、葡萄色の目が、口数とは裏腹に凪いだそれが、視線をよこした。
「サインはここ。まああれだよ、他のとこに委任するより、僕の直属連れて来る方が早かったから。最後まで責任は取らないと信用に関わるし。でも正直早く帰りたいすごく帰りたい」
「大佐! 荷の受け渡し完了しました!」
「はーい! ……よし、OK、僕帰るね!」
ジープへと走って戻ろうとしてつんのめった男(その足元は運動になどまるで向いていない高級そうな革靴だ!)をその部下らしき兵が慌てて支え、助手席へと押し上げる。
最後に振り向いて持ち上げた手は敬礼などせず、ただ、ひらりと振られただけだった。
「……何なんだ、まったく」
男を……兵站班の名ばかり大佐であるラウリィ・ヒュランデルを見送って、ノア・ラーゲルブラード少佐はぐいと眉を寄せた。
その数日前。
「君の班さ、ペース配分考えてよ」
執務室、である。少佐と大佐(こちらが部屋の主だ)が机を挟んで向かい合っていた。困ったような顔をしているのが大佐で、憮然としているのが少佐である。
「対費用効果は申し分ないんだけど、回転が速すぎる。一度に割り振れる予算には限りがあるし、補給便もそんなにしょっちゅう出せないの。僕が無理矢理押さえて出させてるだけで、毎回ぎりぎりなんだから」
大佐はこめかみの辺りを指で揉みながら、頭痛でもするかのように目を閉じて溜め息を吐く。
「特にあのオーバーキルマニアね。いまどき質の良い火薬手に入れるのどれだけ苦労すると思ってるのかな……節約するように言っといて」
「直接言え」
「やだあのひと怖い」
「アンタと似た者同士だと思うがね」
呆れた様子で煙草を取り出しながら、少佐は立ち上がった。えっ、と間の抜けた声が響く。
「ちょっと、まだ話終わってないんだけど」
「毎回話がまだるっこしいんだよ。結局、俺は敵を殺して、アンタは武器を用意する、それだけの事だろうが」
「だから効率がね、」
台詞を遮るように、煙草を挟んだ指先が目の前に差し出される。
「文句があるならうちにカネ回さなきゃいい。そうしないってことはつまり、アンタは『わかってる』ってこった」
――Is it right ?
つまるところこの大佐は彼の……ラーゲルブラード班の有用性を知っているがゆえに放り出すことも出来ず、自らの判断のもとに仕事を正しく行えば行うほど苦労を背負い込んでいるのだ。
「次の作戦での補給は最速でも二週間後だからね! そこまでは物資もたせてね、わかってる!?」
振り返りもせず片手を挙げて去った少佐の背に、大佐の声がむなしく響いた。
しかし結局、物資は補給予定日より前に尽きたのである。ただそれは想定外の交戦が発生したからであり、彼らのせいではないことを付記しておく。
……そして、話は前後する。